霊気説

前項に述べた生気説に対し、本医術は霊気説である。そうして前項にある秦西の多くの学者の説の中にも傾聴すべき幾多の説のある事は認めない訳にはゆかないのである。私はその中より注目すべき数種の説を採り上げてみよう。

先づ、ヘラクレイトスの唱へた「万物は一元にして、その化生は火の力にあり」といふ事を「生物の霊魂は火気より成立して、空間に瀰漫せる生気なるものによって体内に入りて成る。又、霊魂は火気多くして、乾燥せる程完備し、叡智高し」といひ「水分多くして火気少き程遅鈍なり」ともいひ、又、「活動を保持する為には、断えず五感及び呼吸作用によって、外界の光線及び空気中より生気を摂取せざるべからず」との説は、大体私のいふ霊魂の本質は火素より成り、浄霊は火素多く濁霊は水分多しといふ説と合致してゐるのであるが、ただ呼吸作用によって光線及び生気を摂取するといふ一事は誤りである。それは呼吸作用は肺臓の働きであるが、私の説に於ては心臓の鼓動作用によるといふのである。

次で、パラツェルズスの「万有は一の原素より成り、此元素は無形無色無声にして測るべからず、これを不可思議物といふ、此不可思議物中には、凡ゆる力が包蔵され、一種の神秘力即ち神の意志で、それによって万物は化生されるので、一切の根源は同一にして、唯その現はれる形状、様式に於て異るのみ」となし、彼は此力を、アルケウス-と名付け、又「人体は大宇宙の縮図にして小宇宙とみるべし」-と言ったのである。此時代にあって、斯の如き説は卓見ではあるが、惜しいかな、治病の神力をアルカナと名付け、これが薬物中に包有せられてゐると思った。此着眼が勿論誤りである。

次に、デカルトの生気説も、不徹底の嫌ひはあるが、兎も角、動物生気を確認した点は推称するに足るといへよう。

次に、十八世紀の初頭に出現したスタールのアニマ説である。彼は「疾病を以て、アニマが体内に侵入せる害毒を排除消滅せんが為に行ふ種々なる運動現象なり」といふのである。之は、私が発見した浄化作用の一歩手前の意味といへよう。又彼が治療法に対し、自然良能に重きを置いた事や、解剖学を以て無価値であるとした点など認むべき説である。

次に、伊太利人ガルバニが発見した動物電気説であるが、之はガルバニの意図した事よりも、其後に顕はれた幾多の学者によって、漸次発展し、畢に植物電気にまで及ぼした功績は不滅のものであらう。十九世紀初頭に動物磁気説が起り、それを治病に応用せんとし、而も人間の掌より磁気発生を知ったフランス人メスメルこそは、洵に偉大なる発見者であらう。然し、悲しい哉其後に起った唯物科学の為に抹殺されて了った事は、惜しみても余りあると思ふのである。然し乍ら、医学は実験生理学によって研究すればする程、いよいよ疑問を生ずるので新生気説なるものが生れたのであったが、未だ微々たるもので唯物科学の圧倒的な力は、尚文化民族を支配し続けて今日に到ってゐる事は周知の通りである。

右の如く、秦西に於ても十九世紀初頭の頃迄は注目すべき幾多の発見があり、正邪交錯しつつも兎も角進歩の階段を登りつつあった事は否定出来ない所であらう。右はいふ迄もなく霊と物質の両様の進歩であったからである。然るに十九世紀中葉頃より俄然として勃興し始めた機械文明のその妍爛(ケンラン)たる容相に人類は眩惑されてしまった。終に一切は唯物科学によってのみ解決せらるると固く思惟するやうになったのも亦当然の帰結であらう。其の結果として人間までも物質的に、動物的に扱はなければならなくなってしまひ、それが現代医学の構想となったのである。一言にしていへば西洋医学は本道から逸脱して邪道に踏迷ひ、猪突的に今日迄進み来ったとも謂へるであらう。

故に、これに目覚め本然の道に戻らざる限り、文化民族は畢に滅亡の運命に陥るより外はないであらう。此事に就て、最近最も好い例がある。それは左の如き昭和十八年四月十八日発行の毎日新聞記事である。

最近に於ける英国人口調査委員会の報告によれば、英国が漸減する人口増加率を食止めるばかりでなく、更に之を上昇させる適切な手段を講ぜねば、英国の中核を形成するイングランド及びウェールズの人口は、六十年後に於て、現在の四千百余万人から二千万人以下に激減するといふのである。これはウィリアム・ビヴァリッヂの如き人口問題の権威をはじめとして、英国の学界も大体右の報告を肯定してゐる。

次に、昭和十八年六月三日の読売報知紙上に左の記事があった。
「大英帝国衰亡の兆は出生率に著現してゐる」と内相ハーバート・モリソンが最近ロンドン育児学校協会の展覧会開会式席上で率直に叫んでゐる。彼のいふところはかうだ。イングランド及びウェールズの今日の人口は四千百万人であるが、そのうち子供の数は人口僅か二千四百万人に過ぎなかった一八七六年当時の子供数と同じである。ボア戦争時代においてすら前記二州の子供数は現在より百五十万人も多かった。目下の情勢がこのまゝ続けば今世紀末には英国の人口は半減し、しかもその半数は六十歳以上の老人となるであらう。かくして英国は滅亡してゆく。今にしてこの事態が改変されないならば最近喧しい長期に亙る各種の復興計画も白昼夢以上の何ものでもなくなるであらうと、出生率減退に対するモリソンの嘆きは自(ミズカ)ら自国の運命を予言したものといふべきであらう。何故なら今次大戦を媒介として、出産激減が啓示するイギリスの歴史的終焉(シュウエン)は、も早決定的事実であるからだ。此予想によってみても、本著述の序論中にある文化民族の滅亡が二三百年後といふ私の推定は誤りないやうである。

右の如く、英国に於ける人口減少は何故であらうか、いふまでもなく邪道的医学の進歩の結果である事は一点の疑ないのである。何となれば英国は輓近、文明国中最も伝染病が少いといはれてゐる。英国の学者がチフスを研究せんとしてもチフス患者がなく、黴菌の入手が頗る困難であるといひ、又結核患者の少数なる事と幼児死亡率の減少は世界無比とされてゐる。斯の如く伝染病も結核も激減したるに係はらず、危機を叫ぶ程に人口減少に直面しつつあるといふ事は何を物語ってゐるのであらうか、全く英国人の体位が低下し、浄化力が微弱になった結果でなくて何であらう。

然るに我日本が現在行ひつつある処の医療衛生の施策を見るがいい。それは全く西洋医学的なる凡ゆる方法を以て、伝染病や結核を漸減しようとしてゐる。丁度英国が採り来った方法を踏襲してゐる以外の何物でもないのである。故に此儘持続するに於ては、数十年後には今日の英国と同様に、伝染病も結核も幼児死亡率も著減するであらう事は勿論であると共に、英国と同様人口減少に悩まされる事は火を睹(ミ)るよりも瞭かである。勿論曩に述べた如く今日の日本に伝染病や結核が多数であるといふ事は、それだけ体力が強盛であるからで、それは日本が英国よりも種痘が数十年後れた為である。

嗚呼、日本をして第二の英国たらしめんと努力しつつある賢明なる人達よ、此一文を読んで如何なる感想に耽るであらうかといふ事である。

(明日の医術 第二篇 昭和十八年十月五日)