日時 昭和二七年一〇月二二日
午前見学 午後座談会
見学場所 岐阜県土岐郡
座談会場 名古屋市東区
S中教会
穂に穂が咲いて一八俵
司会者 只今から、見学して来ました自然農法による稲作の座談会を開催いたします。では私が司会者になりまして始めさせて頂きます。どうですかIさん、今年で自然栽培は何年目ですか。
I 四年目でございます。
司会者 去年の実収高はどれ位ですか。
I 一反一六俵位です。
司会者 そうですか。今年の予想はどの位ですか。
I 一八俵とみております。近所の有肥田では平均七、八俵位です。
司会者 初めは近所の人から笑われ、また家で反対の声はありましたか。
I 相当ありました。気狂いとか何とか言われ、家でも勘当される位にありました。でも神様にお願いして、三年の間見ていて下さいと頑張りましたら素晴しい成績を挙げまして斯くの通りです。
司会者 御主人が戦地から帰ってみえてからですか、始められたのは?
I 家へ帰ってくる一年前からでございます。
司会者 あなた一人で反対を押し切ってやったわけですね。
I はい。
司会者 今ではどうですか、出来栄えは……大体分蘖はどの位ですか。
I 三〇本から四〇本ですが、三〇本平均に思って下されば間違いないと思います。
司会者 そうですか。丁度この茎は(自然農法でできた稲の一株を手に持って)ススキのようなものですね。一寸普通の藁とは違いますね。
I だから馬車引きさんなんかはこんなにコワイ藁ではいかん……もっとサクサクでないと……といってます。
司会者 これで何粒位ついていますか。
I そうですね、家で勘定したのは二八〇から九〇ありましたが……
司会者 今日はどうですか、皆さんの勘定したのはどの位でしたか。数えた人は言って下さい。
A 一九〇から二〇〇粒位ですね。
B 私の勘定したのは二六〇から二二〇粒位です。
C 二三〇粒位です。
司会者 一寸見ますと穂から枝が出ているんですがね、それにまず五〇から七〇ついている。こういうことは恐らく前代未聞なんですね。枝から枝が出て穂が付くということは今までにないと言って間違いない位で……どれもこれもこういう工合でこれは昔からいう「豊年穂に穂が咲く」というたとえ話が実現しました。もう少し経つともっと素晴しいものになると思います。
植付にも妙智
司会者 植付はどういうふうですか。
I 一本植です。そして余り苗が小さいのは二本にしたものもあります。一本のが多いです。
司会者 それから間隔はどの位にしましたか。
I 尺二寸に尺です。
司会者 去年はどの位ですか。
I 尺二寸に尺です。
司会者 今年は広くしたですね。広くしたその結果について実地にやってどんなに思いますか。
I 初年は尺に八寸に植えたら、端と真中の穂がとても違っていました。真中はマバラに付いていて、端はみっちりしているから、これは一つ勘考して広く植えたらどんなものかと思って二年目に広くした。広ければ十分に分蘖する余地があると思ってね。二七年は一寸余計間隔を広くしようと思い実行しましたね。
司会者 その方が成績がいいわけですね。
I はい。
O カビというかコウジというか、ほかでは随分付いていますね。田圃を拝見させて頂いたが、少し付いているのがあったようですが、モミには消毒されるということはないね。
I 消毒はいたしません。
司会者 カビは残存肥毒のために出ます。
I 去年よりずーっと少ないようです。
司会者 年々少なくなります。消毒すれば、その薬から虫が湧きます。
E 土に掛けなくて葉っぱや種だけならいいですか。
司会者 浄霊によって消毒の役割もできます。絶対無限の力があるから大丈夫です。だからこういう話がある。非常に虫が付いて困ったので教会へ行って先生にお聞きしたら「浄霊をしてやりなさい」と言われ、そのお百姓さんが田圃に浄霊をしたら非常に虫が少なくなった。よくそういうことを聞きます。疏菜類とか川畑の消毒は絶対にいけません。葉にでも
F 苗代には浄霊なさるんですか。
I 浄霊します。
F どの程度に?
I いつも通り道なので行く度に少しずつ畦に立って浄霊します。苗は黄色で赤サビがついて、普通の人が見ればこんな苗を植えるなんて、と言いなさるが、私達は経験上少しも心配せず植えさせて頂いています。
F 一反にどれ位籾が要りますか。
I 今まで生えぬといけないと思って少し余分にやっていましたが、あれだけで一反五畝位に二升五合位です。
G 苗代の面積はどの位ですか。
I 一反に五畝。
H Iさんにお伺いしますが、苗代の水はいつも入っていますか。
I はい、何時も入っております。
E 一寸話が逆戻りになりますが、私のうちは、苗田がないのですが、今迄陸苗並びに苗床を借りてましたが、陸苗でやるというのは自然農法に反するわけですか。どうですか。
司会者 いけませんね。そういう苗田のところは、やむを得ないから直播にされたらいいと思います。田植の手数が一回省けます。
E そうすると、苗田に籾を播く時分に直播きするというわけですか。
司会者 そうです。
J 苗代の播種は早いですか。
I 苗代は一般の人より一〇日位早くね。
A 植えるのも早いわけですね。
I 麦を播かない方は六月一〇日に植えました。それで麦を播いてある方の二毛作は二二日になりました。伸びる時は大変な違いですが、穂の出る時はみんな一緒に出ました。
J 早く植えたのと遅いのとの収穫成績はどうですか。
I とても成績が違います。
J 最後になっても違いますか。
I 違います。
自然堆肥は土を柔かにし温めるだけ
K それであの田圃には、有機質のものは今までにどれ位はいっているのですか。
I 今まで三年の間はとれた丈藁を入れたんですが、今年は余り入れない方がいいと思って半分位藁を入れました。細かく切って……。
K という理由はどうなんですか?
司会者 土が温まるのと根伸びがいいことです。ここに有肥と無肥の見本があるが、有肥は根伸びが悪いから倒れる。自然耕作のは地力で大きくなっているから根が長い。そういう関係で藁を入れます。肥料という考えでなく、土を温め土を柔かくするという目的で入れるのです。この出来栄えの悪い原因は、昔入れた肥料の部分が幾らか土の中に残っているからで言い換えると多少酸性土壌になっている。それが何年も何年も肥料をやらないで耕作して、すっかり酸性分が土壌からとれると順次増収ということになるわけです。だから田や畑の作物は、人間の労力によって作るが、根本は天地自然の恩恵によってできているわけです。肥料の力で作るわけではないのです。だから清浄にすれば土壌が力を発揮して沢山とれる訳ですね。だから堆肥を作って頂いてもいいが清浄ということを頭に入れ、風呂場の水や糞尿をかけるといけない……。昨年私の見学した時に牛が小便をしたところが一尺位伸びていて、そこに枯穂が沢山付いていた。牛の一度の小便がよく判るなあと笑ったが、これによっても作物は神様の力によって頂くということがよくわかりました。それを不浄にするからどうしても不作なのです。こういうことを主眼にすれば簡単に判って頂けると思います。
L Iさんのお宅の稲作は二毛作ですか。一毛作ですか。
I 一毛作と二毛作の両方をやっています。
司会者 どちらが成績がいいですか。
I 一毛作の方がずっといいです。
司会者 Iさんの予定では、一毛作と二毛作の差は何俵位ですか。
I 三俵位は違うかと私は思います。
司会者 大体二毛作が一五俵で、一毛作が一八俵位ですね。
I 結局二毛作をするだけ損ですね。
I 難儀してね、つまらないです(笑声)。本当に麦を播くのと播かないのとではうんと違いますからね。とても楽ですよ。
司会者 収穫時期に麦を播かねばなりませんから、どうしても慌てて刈り取るようになる。自然栽培では一毛作だと後は急ぎませんから、充分稔るまで田圃に稲たばをおいておけるわけです。それで最後の数日間のうちで何割か大きくなり、実が入るわけだから大分得です。丸味が全然違っていました。
F 藁ですがね、田に入れられるのは、刈り取られたらすぐ入れられるんですか。どの程度の藁になってから入れられますか。
I 私は入れる分だけ積んでおいていれますね。余りベタベタになると始末に悪いから一寸ほしておいて半腐り位にして入れております。
F 時期は何時頃ですか。
I 私は三月頃にしたのです。一番暇な雨の降り上りとか、仕事ができない時などに行っては切って、つくねておく。
F 藁も一寸腐ると切り易いですね。
I 新らしい時は湿って切り難いです。
E それまでは田を起さずにそのままですか。
I 自然に生えた草は伸ばしてある。
E 稲を刈って、株は起さずにそのまま放ったらかしにしておくのですか。
I そのままにしておく。
E 三月頃に起し返してしまうわけですね。
G 田植の時の水の深さはどの位ですか。
I 水が自由になっていますからね、ヒタヒタ程度にしております。
司会者 自然農法は水を被っても大丈夫腐らないです。
I 今日見ていただいた田は、三日間も四日間も水を被って海みたいになってしまいましたが何ともありませんでした。
成功の種明しは素直に実行する事以外にない
K 私が非常に希望を持っているのは、男の人で研究し、心魂を打込んでいても、一五俵までが大変なことですが、女の方でここまでおやりになるのは一つの神秘なものがあると思います。
司会者 ではその種を明かしましょう。それは簡単です。ただ神様にお任せするのみです。Iさんはお百姓ではなく素人なんですから、今まで農業のことがなにも判らんから、明主様の言われるままに素直にやったまでのことです。明主様の言われたことを私達がお取次ぎをして、素直にしてやっているだけです。お百姓さんが全面的に自然農法に切替えてやってますが、まだまだ親代々からやっているのが正しいと思う人が大分あり、その観念が頭にこびりついています。それで、われわれは明主様や先生方より、百姓についてはいくらか知っているのだからというので、ここのところはこういうふうにしたらいいだろうと、明主様の言われる事を素直に実行しようとしない、その為にあとで「ああしまった」ということになる。あまり賢くならず、馬鹿になって貰えば、Iさんの通りに素晴しく出来るのです。あまり自分流の研究家を私達は好みません。御教えの通りやるのです。
E 私の方で土は凍らせなければいかんと言われる、穫れぬから……。田圃を三月に起しては土は十分凍らせられないと思います。
司会者 濃尾平野でも寒い方は凍っているが暖い方は凍ってませんね。凍ってないところは米ができないという問題ではない。四、五日前の中部日本新聞に出ていたが、「寒い岐阜県なんかは、多いところは三割から五割減のところがある。虫害があった」と書いてあったがその因は肥料であり消毒剤であるから、そこから虫が自然発生する。だから肥料を全然なくしてしまえば年々歳々虫害はなくなるから、特別に凍らせるという事は必要ありませんね。ほかの話になるが、麦の畑作で凍ってた時は麦踏みをせねばならぬ。凍ってると根が上ってしまうから麦踏みをするわけで、凍ってない所なら麦を踏む必要はない。特別に稲作で凍らせねばならぬということはないのです。普通にやってゆけばよろしい。無駄な労力は使わない方がいいでしょう。
M 平均耕土はどの位ですか。
I 平均は一尺もないね。
A 大体一尺二寸位ありますね。それを半分位やっているだけですから、六寸位ではないかと思いますが……。
I 私のところは二遍掛けておりますので、みんなは一遍半分位やってね、二遍掛けでする。
N 一反で穫れた藁を全部入れる場合、一遍に入れると土によく混らないと思いますが。
I そんなことはありません。細かく切ったら足らぬ位です。五分位(本来は一分か二分)に切って入れると、どこを掘っても藁を入れたところと入れないところとくらべても判らぬようです。
司会者 俵もいりますから、必要なだけの藁は除いておいた方がいいでしょう。
N 藁を入れることによって、冷田圃はなおって来るものでしょうか。やはり、冷田圃は冷田でなおらないものでしょうか。水が差すんですが……。
司会者 それは一定の場所から水がさすのですか、又は田圃全体からですか。
N 一定の場所です。
司会者 田圃へ水を引く所は一カ所で、そこから溝をつくります。清水の湧くところは非常に冷いから、それをずっと水路をつくって、ぐるっと一廻りさせる。そして直接中へ入れぬようにしてほしい。そうすれば温水となり収穫があがるわけです。
I 田の方は二回耕作しただけで、除草機では二回位です。最初田を三方備中というがあれでひっくり返して、暫く草が腐ってしまうまでおく、そして除草機でやって、そして今度ははじめて田の草をとる。
直播について
N それから直播の場合、畝をつくった場合、やはり普通の陸稲のように直播きをするか、今の田圃のように尺二寸か三寸位に播きますか。
司会者 水が入るところなら、耕作しておいてヒタヒタに水を入れるか、乾いたところでも平地にしてやった方がいいのではないかと思います。なにか木の棒みたいなものでチョンチョンとついて、一粒一粒入れて行かれるところもあるが、大体一粒が多いと思います。大垣で今やっているがどこでも水つきですからあそこは畝をつくってその横腹にやっているが、非常に成績は良い。火箸のようなもので一寸穴をあけて一粒入れて土を薄く被せる。その方が成績が良い。Mさんの言われたように播くということは非常に無駄だと思う。
M 労力がかかります。
司会者 労力のかからないことが主眼ですから、御蔭は楽して余計貰わぬと御蔭にならんですね(笑声)。
N 所謂掘下げの場所耕土を深くする場合、その時は、二月に起す時に序に耕土を深くした方がいいか稲を刈った後ですぐした方がよいですか。
司会者 何時でも差支えありません。なるだけ暇な時に、手のあいている時でないと出来ないから、手のあいた時にやれば差支えありません。
N 直播の場合の畝を拵えて播くというような場合畝巾はどのくらいのものでしょうか。
M 一尺ですね。先程仰言ったように広い方が分蘖も良いですから。
司会者 大体尺二寸か尺位がいいでしょう。尺に尺一寸かどちらにしても太陽の光線を充分に根元に入るようにした方がいいわけです。
E 畝の高さはどの位ですか。
M 溝を掘って土を被せる普通の時と何等変りません。
種の肥毒が大いに関係する
司会者 自然栽培をしたらその種でずっとやって頂きたい。種が変るとその種を育てる丈の土質が変らねばならぬから、その一年は浄化作用があって出来難く減収するから、種を同じにすると減収せずずっとよくなる。どんな種でもいいから初め使った種で続ける方がいいです。篤農家は研究心が強く、あの種この種と集めるんですが、今迄に失敗した方がよくある。種を変えないことが原則です。そして連作することですね。
K 今日見せていただいた田圃は年々連作をなさっていますか。
司会者 そうです。種は何ですか。
I 新東海旭です。
司会者 篤農家ほど減収する。篤農家ほど沢山肥料をやっているからねえ。大都会の周辺ほど沢山肥料をやってある。その中で篤農家は余計に肥料をやっているから初年度の減収はある。山間部に行くと、肥料を持って行くにも大変だから肥料も充分やってないですからね。
J そういう場合多少なりとも減収の程度を縮める方法はありませんか。
司会者 それはありませんね。
J やはり肥料を施したその浄化をせねばいけませんか。
司会者 そうです。薬をのめばそれだけの薬毒は病気として浄化しなくてはいけないように……もっとも信仰の度合によって御蔭は違います。
E 自分のところは自然農法でやろうと思っても、水の流れる上の方の田圃で硫安やら過燐酸をどんどんやるという事によって、それが可溶性だから水に溶け、それが自分の田圃に入ってくると思いますが、そんな場合自然農法をする信念が揺がねば左程の被害はありませんか。
司会者 多少の被害はあっても、それによって左右されることはありません。どこでも全国的に自然栽培になってしまえば素晴しいでしょうね。今の人間がそれまで生きていたら腰を抜かすでしょう。
I そのことについて私の考えている点を申し上げたい。後で見て頂いた自然農法二年目の田ですが、あれは種子は四年作と同じ種子を植えたんですが、あの田圃は前のお百姓さんが非常に熱心な方で肥料を相当やったので、相当の肥毒があると諦めていたが四年目の自然栽培の種子をあそこへ持っていって植えた。その為二年であれだけに増収がありました。というところに土地の肥毒ばかりではなくして、種子の方の肥毒も非常に影響していると自分は考えています。
司会者 勿論そうですね。種子の肥毒も相当あります。それは人間にたとえると判るが、若い時分に産んだ子と比べて、年くってから産んだ子は弱い。それは人間でも年くうに従って薬をのみ過ぎるから、お父さんお母さんの薬毒を子供がもって生まれるから、年くった時の子供は弱いというのと同じで、やはり種子に肥毒が無ければ浄化は少なくて済む。私は各地でこれを話しているが、はじめて自然農法をやる場合は肥毒の抜けた種子を分譲して貰ってやって下さい、ということになりますね。
現在自然農法をやっていない方は、これで信念ができたと思いますが、どうでしょうか。一反でも二反でもやってみようという気持は起りましたか。これはまあ信仰なしでも明主様のおっしゃる通りにしてゆけば素晴しい成果を挙げてゆけるわけだから、これは絶対科学的ですから、信仰なしでも増収ができるのです。又明主様もそう言っておられるのだから是非やって頂きたい。特にそのために今度稲を刈りなさると思いますが、その後にすぐ麦を作るが自然栽培に切替える希望があったら麦をやらないでほしい。一毛作だと初年度から減収しないと思う。農村経済は国家を支配してゆくものだから大切です。皆さんでも供出された分は大抵肥料代になるんではないでしょうか。
K 大部分ということはないですが、肥料代というものを三分の二はみておかねばならない現在です。
農村経済の大革命
司会者 それが全然肥料代が要らないと、農村経済は大変なものです。一大革命です。まあ皆様が無血革命の一勇士となって、大いに宣伝して頂きたいと思います。皆さんだけのためではなく世界人類のためですからね。時間も大分経ちましたから、この辺で散会したいとおもいますが、救世教の教えは連作ということです。つまり土に馴れた方が良く出来るということです。麦は畑で穫って米は田圃で、と全然区切りをつけてやっていれば素晴しい出来栄えです。米が男になり女は麦ということになりますから、年中男を育てたり女を育てたりすると、いつも力を変えねばならぬため、充分に米の性能を発揮することができないから、これは是非一毛作にしてあとの半年は遊ばせておく、人間でも昼働いて夜寝る。やはり半分は寝て暮すから田圃でも畑でも休ませておいた方がいいわけです。そのつもりで耕作して頂いても農村経済は決して疲弊してゆかない。その方がうんと多収穫になって農村経済はこれから豊かになってゆく、というのが救世教の教えなんですから、是非そのおつもりで素直にやって頂きたいですね。どうも長らく有難うございました。これで本日の自然農法の座談会を終ります。
参考までに申し上げますが、この二八俵というのは九畝四年目の一毛作であって推定であります。というのは二反六畝の内で、その他は一反一畝が四年目で二毛作であり、五畝が二年目二毛作であって、一畝は苗代の田として作ったのを全部混ぜてしまったからで、正確には出せなかったのであります。その様な訳で総計は二三石七升でありますから、平均して反当り一二俵二升であります。従って来年はそのつもりで正確に出すことにいたします。