日本人に最も多い病気に胃病がある。此病気は世人も知る通り種々の症状があるが最初の発病は殆んど軽症であるに拘はらず、療法や摂生の誤謬の為、漸次慢性症状となり、一進一退の経過をとりつつ、終に、悪性に移行するといふのが大部分である。 故に、一度此病気に罹るや、軽症でも全治するのは極稀である。そうして最初は消化不良、胸焼、胃痛等の軽い症状である。以下詳細に説明してみよう。
消化不良の原因は、先天的には然毒、後天的には尿毒、薬毒及び食事の方法の不適正等によるのである。そうして初め、右の然毒又は尿毒が胃の外部に集溜し、それが漸次固結となって胃を圧迫する為、胃は萎縮して活動が遅鈍となり、消化不良となるのである。
次に、今一つの原因である食事の方法の不適正とは、近来、医学が唱へる食物の量と、食事の時間を規則正しくせよといふ事で、之が非常な誤りである。何となれば人間は機械ではないのと、食物なるものは不同であるからである。それはどういふ訳かといふと、食事と食事との間の時間中、運動をする事もあれば、運動をしない事もある。それによって食物の消化に差異が生ずるのは当然である。又、食事に於ても、其種類によって、消化に遅速あり、一時間で消化する物もあれば、三時間以上費す物もある。故に、規則正しくするに於ては、食事の時、空腹である事もあれば、未だ空腹にならない事もある。空腹ならば食欲旺盛で消化は良好であるが、未だ食欲が起らないのに、時間であるからといって無理に食物を摂れば悪いに定まってゐる。それは、前の食物が停滞して居る上に、新しく食物を入れる場合、前の食物は腐敗醗酵してゐるから、その毒素の為に、新しい食物の消化は、妨げられるのである。而もそれが又消化しきれない内に、又時間が来たといって仕方なし食ふといふ具合で、漸次消化不良となるのである。故に正しい食事の方法とは、前の食物が充分消化し尽してから食事をとるのである。そうして、前の食物が消化したか否かは、食欲といふいとも正確な指針があるから間違ひないのである。故に空腹即ち食欲があれば食ひ、なければ食はないといふやうにするのが本当である。従而、正しい食事法とは食ひたい時に食ひたいものを、食ひたい量だけ食ふ-といふ、言はば自然である。そうして食ひたいと思ふ物は、其時何等かの必要上、身体が要求してゐる為であるから、それを食へばいいのである。又量も同一の意味で、必要なだけ即ち食ひたいだけ食ふべきである。
又、食ひたくない物を薬になるとか、栄養になるとかいって我慢して食ふのも間違であると共に、食ひたい物を我慢して食はないのも不可である。又食欲があるのに喰べ過ぎるといって中止するのも不可であり、満腹して食欲がないのに、無理に詰込むのも勿論不可である。要は飽迄自然でなければならないのである。
然し、右の方法が良いからといって、境遇上、何人も行ふ訳にはゆかないので、食事時間の一定してゐる人は、其場合、量によって加減すればよい訳である。そうして食物は、空腹でさへあれば、如何なる物も美味であり美味であれば、栄養満点である。故に、右の如き食事法を実行すれば、消化不良など絶対あり得べき筈がないのである。
然るに、不自然な食事法と共に、軽症の胃病発生するや、大抵は胃薬を服用するのである。胃薬は消化薬であるから、最初は消化を援け、苦痛は解消するから治癒したと思ふのであるが、真の治癒ではないから、復(マタ)発病し復服薬、又治癒し復発病するといふやうに繰返し、終には本格的胃病となるのである。元来消化薬なるものは、重曹が主であり、食物を柔軟にするのである。所が本来、胃の腑の役目は、嚥下した食物を胃自体の活動によって柔軟にするのにあるが、其役目を消化薬が分担するから、胃の活動力は漸次退化する。退化するから不消化になる。不消化になるから消化薬を服むといふやうに、悪循環作用となって、胃は漸次弱体化するのである。加ふるに一旦吸収された薬剤は、薬毒に変化し、胃中に還元されて胃壁外へ浸潤し、凝結するので、その凝結が胃の圧迫材料となって胃はいよいよ萎縮し、鈍化し、弛緩するので之が即ち胃下垂である。又薬毒を解消すべく、自然作用は胆汁をしきりに胃に向って送入する。之が、胃酸過多症である。又胃部に溜結せる毒素の浄化作用が胃痛の原因である。然し、胃痛には二種あって、凝結毒素が胃を圧迫する痛みと、凝結毒素が溶解する痛みとある。前者は満腹時に痛むのである。それは、満腹によって胃と凝結毒素と圧迫し合ふからである。後者の場合は、溶解毒素が胃中に浸潤し胃壁の一部に滞溜してゐる。それが空腹による胃縮小の為に痛むのであるが、重に前者は強痛、後者は軽痛である。胃痙攣の激痛は、前者に属し、第一浄化作用の極点に達した時即ち毒素凝結が最も硬化し、強度に胃を圧迫する為で、医療はモヒの注射によって感覚を麻痺させ、一時無痛たらしめ、安静にして流動食を摂るのである。それが為、浄化作用が弱るから、毒素硬化は鈍り、又胃は、流動食によって弱化し、抵抗が弱まるから、一時小康を得るのである。又胸焼は、胃部の溜結毒素溶解のための局部的発熱である。
次に、胃潰瘍の原因は、大部分消化薬の連続の為である。稀には大酒の為もある。それは消化薬が食物を柔軟にすると共に、胃壁をも柔軟にするからである。柔軟化した胃壁に食物中の固結物が触れると、そこが破れて出血する。それが胃潰瘍の出血であり、痛みも伴なふのである。そうしてその多くは、最初胃壁の一部に極微小の欠陥を生じ、少量の血液が不断に滲出する。それが胃底に滞溜し、漸次増量するに従ひ、消化を妨げる事がある。又その出血が、胃壁から、外部へ浸潤し、胃以外の局所に滞溜し、又は腸の上部に滞溜する事もある。此滞溜が多量の場合、胃部より腹膜部にかけて膨満し、浄化作用によって嘔吐する場合、驚く程多量の血液を出すが其際の血液は、コーヒー色を呈し、熟視する時、多少の微粒状血液を見るのである。又此血液滞溜が幽門部を圧迫し、幽門狭窄を起す事もあって、その為嘔吐を促進するのである。是等によってみても、消化薬の害たるや、実に恐るべきものがある。大酒の為の胃潰瘍は、実は大酒家は飲酒後又は飲酒中に、胃薬を用ひる癖の人が多いので、そういふ人は、酒の為よりも、胃薬の為である。
それから極稀ではあるが、胃薬も用ひず、痛み等もなく、何等の原因もなしに吐血又は小さな血粒が痰に混って出たりする事がある。此症状は医師も診断に困るのであるが、先づ胃潰瘍に近い症状である。之は如何なる訳かといふと、胃の一部に極微な腫物を生じ、そこから血液が滲出するのであるから、一時吐血があっても放任しておけば自然に治癒するのである。
(明日の医術 第二篇 昭和十七年九月二十八日)