愛知県U・F
日々の御利益に感謝し、併せて自然栽培法の近況を御報告し御礼申上げます。憶えば子供の頃より冷たき家庭に育ち、八カ年の軍隊生活、又ビルマ戦線にて九死に一生を得て帰還しましたが、健康は
すぐれず療養して居りました。
約半年後に健康が恢復したので縁あって結婚しました。処が家庭の不和から離縁し前途に希望を失い、悲観のどん底に墜ちつつも、戦線のあの苦悩に耐え忍ぶ力を得て、 その日その日を送る内、 弟の熱烈なる勧めにより、しぶしぶ名古屋のT先生よりお守を頂いたのです。
入信して一番心を引かれた事は、自然栽培法の件でした。思い起せばビルマの戦線で敗戦後、食糧は自給自足の為現地にて農耕をやった時、不思議な点に疑問を抱いていたのです。その疑問を解いて下さった時の私の喜びは到底筆舌には表わし得ないのです。それは現地ビルマ人の農耕法と私達の農耕法の相違であります。私達は内地と同じく除草に施肥、手入等手落ちなくやって居るのにビルマ人は極く簡単な栽培法であるのに収穫は上成績である。然るに私達兵隊の農場は問題にならぬ不作で、殆ど裏成り同様の失敗続きで、少しも実収がありませんでした。これ程努力するのにどうしてこんな結果だろうと、私はビルマ人の畑地を度々視に行ったのですが更に解決し得なかったのです。入信の際先生より救世教の自然栽培法のお話を聞きましてびっくり致しました。
私は復員後ビルマで見た事、研究した事を内地でやってみようと色々考えて、入信前に実施したのです。それは残り種などを素畑にバラ蒔き試作して居りました。それが本当に不思議な位良く出来るのです。近所の人達はどうして作ったのかなどと尋ねられるので、之はビルマ式で作ったのだよと言って説明して居りました。
前述の如き事情で二月入信させて頂き、『地上天国』創刊号を拝読して、更に疑問は解かれたのであります。私の嬉しさは如何ばかりか御察し下さい。早速実行に移すべく、三月の薩摩芋の苗床より始め、馬鈴薯、玉葱、キャベツ、トマト、稲作、里芋等の自然栽培法を始めたのです。中でもトマトは味の良い事は有肥のそれと比較にならず、妹は自然耕作の物を食べてからは、有肥のを食べなかった程でした。又里芋の収穫は親芋より子芋が素晴らしく大きかった上に、非常に美味であるのです。
然し乍ら反対である父親も食する時は、ニヤニヤ笑いながら、自然栽培法の悪口を言うのです。それは「無肥料で作物が採れる筈はない。そんな馬鹿な事があるものか、取れても少しだ、肥料は作物の食べ物だ、お前も飯を食べずには仕事は出来まい。今年は今までの肥料気が残って居たから収穫があったのだ」と罵るのみであります。其上「困ったものだ、信仰気狂だ、たぼけている。だから嫁の来てがない」と言われるのです。私は一生懸命に判って貰いたいと神に念じつつ実収と味覚を見せても判って貰えないばかりか、私のお詣りに行く事まで邪魔をする様になりました。
此様な父の無理解の為稲作は非常に困惑致しました。勿論苗代を作る田は全部施肥してありました。仕方なく昨年麦の自然栽培の試作田として、父より許された悪田(毎年旱害で無収穫の多い田)を整理致し、苗代を作りました。ここへ植えた稲は現在出穂期になって居りますが、自分乍ら好成績に驚いて居ります。近所の人もこれが自然栽培か、 嘘だろうと言われる程で、 中には内緒で肥料を入れたと疑う人もあり、近在の話題の種になって居ります。私も非常に嬉しく此分では収穫期には皆驚くのではないかと想像されます。
野菜類は昨年より少しずつ試作致しましたが、本年は一番収穫の少い坂畑に父の反対を押切って実施致しました。其中で妹達に自然栽培の良い事を知ってもらえた、キャベツの御利益を御報告させて頂ます。種は買った物で御浄霊して蒔きました所、発芽したのは僅か三〇本足らずでした。それを前記の畑に移植して浄霊を度々やりましたが、虫害で度々枯れそうになりましたが、最後にあった虫害では殆んど駄目になり諦めました。それから一〇日位忘れている内に入梅となり、他家のキャベツは雨の為結球したのが割れ水が入って腐るのに、もう駄目だと思っていた私のキャベツが見事に結球しているので、私は思わず東の空を仰いで明主様に感謝の祈りを捧げました。先ず先生宅の大光明如来様へお供えし、それから隣家と弟宅へ自然栽培法にて収穫したのだと言って、試食して貰いましたが、風味がよく味は大変おいしいと喜ばれました。
それ以来、母も妹も自然栽培の良い事を喜び、協力して呉れる様になりました。無理解な父は相変らず施肥をせねばと叫び続けて居ります。一日も早く、世の人の一人も多く、自然栽培法の有利なる事に目覚められん事を祈って止みません。明主様の御霊徳に感謝し厚く御礼申上げますと共に、諸先生の陰に陽に御指導下さった事を感謝して筆を置きます。
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静岡県K・T
私共は限りなき大慈大悲の神様の御救いの御手の中に抱かれた此身の幸福、病気は浄化作用なる事も微に入り、細に亘り御教を頂き大なる御蔭を頂き、何一つ不安なく暮さして戴いて居ります。
折も折、私共農業者は如何にして食糧増産の目的達成を期するかに努力して居ります今日、 此目的の秘訣である自然栽培法の御教を賜り、此有難い御教に依りまして、私共食乏しき同胞に一大光明を与え下さいましたとは、何と有難い事ではないでしょうか。私は昨年秋実際行った稲作自然栽培の体験並びに感想を御報告させて戴きます。
実は自然栽培法の御教を戴きました瞬間、脳裡を走った事は「作物が肥料無しで」と言う、申上げるのも恐しい言葉で御座いました。実際私共は肥料は人間で申しますなら食物に相当する物で、作物の食物であると信じて居りました。然し、これも善い事と思えど悪い事でありまして、大自然即ち神様の御意志に反して居りました。
自然栽培法でありましたならば如何なる風水害にもお蔭を頂ける御教を賜りました私は、昨年約三分の二倒伏した土壌の軟かな一毛作田の所に実施致しました。品種は最も草丈の長い、病気に弱い晩生種の「大正赤穂」を選定致しました。苗代播種の季節も目前に迫り、苗床に一寸程度切った藁を入れ、種子の浄霊を致しまして、五月七日坪一合宛播種致しました。苗代も勿論水田苗代で数日後発芽致しました。然し余りにも薄く、此時早くも行末を案じられたのであります。日増しに多少は賑かになって参りましたものの、多少黄色がかり、不安の裡にも植付の時節も迫って参りました。実施田の歩積り三畝一歩で、此中に青草一〇束を打ち込みました。此仕事に従事している時、不思議にも心の晴れ晴れとしていた事は、今も記憶して居ります。
時既に梅雨の期に入り、シトシトと小雨降る植付に絶好の機も訪れて居りました時、六月二日無事植付を終了致し、御神前にひざまずき、良く御念じ申上げました。植付方法と致しまして畦巾一尺三寸、株間五寸の並木植と致し、一本植を主として植付ました。中耕は除草第一回を七月三日実施致し、此頃は隣の有肥田と変り無く、来るべき浄化の時の一大心構えの頃でありました。此第一回除草後清水で作りました堆肥(半熟で最も香りの良い頃)を反当約七〇貫程度打込みました。
七月一〇日頃より、漸次黄色を呈しまして、七月二〇日頃が最も浄化激しく苦しみの頃と思い、特に御浄霊も毎日行いました。当時の私の心も随分迷い、肥料をと思った事もありましたが、其度に、明主様と心を呼び醒まして、静かに御教を思い浮べ、肥毒の為の浄化なるを信じ、やがて稔る黄金の波を思い浮べ横道にそれず進まして戴きました。
七月二三日第二回目の除草を致しましたが、其後一週間目頃より漸次緑色を増し、赤穂本然の姿に立ち帰りました。此処で分蘖に付き記さして戴きますが、七月一八日に一〇本乃至一三本で、八月七日に一五本乃至二〇本でありました。有肥であれば遅い分蘖は無効なるを聞いて居りましたので、試みに一株を数え覚えて置きましたが、収穫の折見ますと何と少しも無効分蘖は無く良く稔って居りました。七月下旬一杯で中耕の用事も無く、稔りの秋を楽しむばかりとなりました。其後私共の地区で月例祭を実施させて頂き、I先生の御出でを願い、御祀り終了後先生を始め信者の皆様に見て頂き、倒伏の憂い有りとの方もありましたが、有肥であればとも角、自然農法である以上はと信じて居りました。
此頃より農家で最も恐れられます台風襲来の季節でありますので、又も此心配が盛んとなりましたが、予測通り見舞われ此処彼処で倒伏の憂目に遇い、悲痛な叫びも耳に致しましたが、何と有難い事に、有肥であれば当然倒伏すべき稲に拘らず、一株として倒伏致しませんでした。三尺八、九寸もありました此稲が一株も倒伏致さなかったのは、奇蹟で無くして何でありましょう。
炎熱焼くが如き真昼間に汗水流し、除草し稲葉は赤く、心身共に苦しかった時節も何時しか過ぎ去り、朝夕凉味を感ずる収穫期となり、根切の鎌を入れました折、余りにも茎が硬く恰度「かや」の様でありました。此時初めて感じました、此様な稲なれば倒伏や病虫害の心配の無い事を、
脱穀調整も無事終了し、左に実収量を記さして頂きます。一、品種大正赤穂二、苗代イ、水田苗代ロ、播種一坪当一合播ハ、反当苗代坪数一二坪三、堆肥反当七〇貫打込(清水使用堆肥)四、植付イ、並木植畦間一尺三寸株間五寸ロ、植付月日六月二〇日ハ、植付本数一本又は二本植五、中耕除草第一回七月三日第二回七月二二日六、分蘖イ、七月一八日一〇-一三本ロ、八月七日一五-二〇本七、収穫イ、坪当の籾量二升一合ロ、坪当玄米量一升二合五勺ハ、反当収穫九俵一斗五升ニ、昨年迄の最高反収穫より二俵一斗五升増収
右の如き結果となり、収量の意外だったのに驚かされまし
た。見た処より収量の出ますのは、茎が有肥より硬く、従って穂首が同じ重さでも有肥程垂れて居らず、全部が完全に稔って居ります。風水病虫の憂い無く穀の意外に出まず、此自然農法こそ真に神様の垂れさせ給うた食料増産の秘訣であります事は、強く強く信じさせられると共に、先ず理論より「体験」です、誠に有難う御座居ました。
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新潟県O・E
K中教会の会員有志も、自然農法体験三年となり、種々の奇蹟的な御守護を戴き、唯々偉大なる御力に驚歎しています。統計的な御報告は各会員から詳しくして戴くとしまして、不肖会員と共に田圃に入って、田植から刈入れ迄体験致しまして、 本教自然農法こそ行詰れる農村を打開する唯一の救の道であると堅く確信し、この体験に立脚し今こそ声を大にして本教自然農法を一人でも多くの人に知らしめ度く、拙文をも顧みず御報告させて戴きます。
一信徒、新潟県西蒲原郡のY君は、完納の外に二〇俵の超過供出と言う好成績を挙げ、 其外に明主様に御献上する為、一〇俵別にして在る位です。Y君の自然耕作一年目の収穫は村の人達の下位に属していましたが、二年目は中位に属し、三年目の本年は上位になり、村一番の稲作りの名人と競作田を作りましたが、皆稲熱病に侵され誰一人相手になる者が無くなりました。村の農業技術員もY君の稲の状態を見て最も理想的な生育状態であると驚歎しました。Y君は本教教師で御浄霊が忙がしく人手不足の為、殆んど藁も使わずに三年目になっているので、初めは気狂あつかいにしていた人々も唯不思議な事だと言っています。
一信者、新潟県南魚沼郡R君は、一年目から耕作面積九反三畝、平年作六二俵(肥料代三万円)の田より、自然栽培で六六俵の収穫を挙げています(内三反は水害を蒙むる)。其外中蒲原郡I君及び、西蒲原郡S君は、反当八、九俵の収穫を挙げています。其外にも二、三反ずつ自然耕作者は沢山あり、相当の収穫を挙げていますが、御報告は全部収穫させて頂いてからさせて戴きます。色々土地の肥痩、肥毒の多寡等があり、反当石数は標準になりませんが、K中教会の体験としましては自然耕作一年目平年作-一割減〃二年目二割増-平年作〃三年目三割増-二割増(平年作を標準)右の様な結果になり、経済的には、肥料代不要、労力三分の一、及び人糞尿、馬糞等は人に与えるので、その謝礼も入り一石何鳥にもなり、金詰りも何の苦労なく実に喜んで居ります。
一信徒、新潟市のW君の細君は三年来、野菜を自然栽培して市内に売りに行っているのですが、全然何も知らない人が余りにも一般に比較して美味なので、店を開くと瞬く内に売切れ、普通朝八時頃迄に売るのを六時にはもう売り尽して帰宅します。今では一般に知れ渡り、リヤカーを引いて行くとお客は待っていて奪う様にして買って行き、それも外の人より高価に売れます。 稲作は農業協同組合の脇に作っているので、随分村中の注目の的になりましたが、収穫して見ると量もあり、特に品質も良い事で一般は四、五等米ばかりにも関らず、W君の米は一、二等米で立会いの検査官も驚き、郡でも一番だ言っていました。 此事はI尋常小学校の掲示板に出ました。
往々にして自然栽培者は供出完納を危ぶまれますが、未完納どころか全部完納又は超過供出をしています。よく一般人はお光様に迷って、貧乏になると心配して呉れますが、農村人として経済を無視して信仰は成立たんのであります以上、本教信者が二年三年と喜んで自然栽培に従事して而も超過供出している事丈でも、本教自然農法の正しい事を裏書きするに充分であります。
又毎年年中行事の如くやって来る風水害にも被害を受けず、其都度余りの有難さに感泣した事が幾度ありました事か。
次に健康方面には之又、素晴しい効果を挙げています、本教自然栽培者の健康度の向上は顕著なもので一見して、其顔色で判る程血色は好くなり、どんなに働いても決して疲労しないと言っています。それに栄養価の高い事、炊増えする事で、保有米が予定より一、二割ずつ毎年残るのであります。
噫!偉なる哉、自然農法、実に自然に従う者は栄え、自然に逆う者は亡ぶとか、大自然の儘に本教自然農法を素直に実行すれば、病無く、貧無く従って争も無く、信仰を即生活に生かし、信仰と経済共に満ち足りて、世の荒波を外に、安らかに天地と共に富み栄え行く事が出来る此喜び、唯々明主様に感謝感激報恩の念を深くするのみであります。以上ささやかな体験乍ら御報告させて戴きました。
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茨城県O・M
私は昭和一六年今次大戦に徴集されてより六年の長き間、衛生部員として支那、ビルマ、インドの戦闘に参加し、各地を転戦幾度か死線を越えて来ましたが、幸い昭和二一年六月タイ国より復員、六年振りに見る実家は内外共に変り荒れはててしまっていました。
併し身体が強健なれば憂は無いのですが、前述の通り在隊中衛生部員の為薬の中の生活をして居た関係から薬毒の為でしょう、悪寒戦慄、倦怠感、食欲不振等身体全体は重苦しく、農業の如き労働生活は到底不可能と観念して居りました。併し医術には経験があるので復員早々知人に連絡し、各種の薬物を集め毎日代る代る服薬やら注射を続けていましたが、病症は増々つのるばかりで、最後には全く自分自身の身体に注射針をさす事を恐れる様になり、此んなに注射をしても発熱するのだから注射はもう止めよう。自然にまかせるより外に方法はないと考え全く失望してしまいました。
其時幸にも世界救世教(当時は浄化療法と申されていた頃)の御話を伺い、早速S町のY先生の処に参り、色々と御話を伺い御浄霊を戴いて居りましたが、其中に東京のH先生が御出張、種々有難い御話を下されて御浄霊を御願しています中に、殆んど回復いたし、御許しを得て昭和二二年四月教修を頂き、 今では全く無医薬の真の健康体となり、如何程働いても疲労を感じない迄になり、全く有難く感謝の生活を送らして頂いて居ります。
其外妻も産後腎臓の浄化を頂き、 一時は全く案じられる程の状態となり、H先生からも色々と御注意を頂いた程でしたが、ひたすら光明如来様にお任せしお願い申上げて居ります中に、現今では余程元気も出て参り、回復も間近き事と一心にお願い申しつつ、毎日朗らかに、感謝の生活を送らして頂く事が出来、如何にしても此有難さを言葉にて表わし様は御座いません。
斯くして数々の御守護を頂いて居ます時、昨年より自然栽培の御話を、H先生より伺い、先生には何時も率先して実行する様にと申されましたが、何しろ唯物教育を受け肥料迷信にかかって居る自分故、中々想念の切替が出来難く、心の中ではこんな事を考えて居りました。H先生が如何に主張しても「作物は肥料があって生長するのだから、此れを無肥料でやれと申されても、しかし此れは無理な事で、第一そんな事をしていたのでは供出も納まらず、大変な事になるから、此れ丈は御免だ」といって、直接先生に申上げる訳にもゆかず、心でひそかに思って居りました。
而し先生が御出張下さる度に、「O、お前自然栽培をやったか、そしてその成績はどうだ」と申されますので、全くその返答に困った事は幾度となくありました。その時は少しずつ実行して居りますと答えたのですが、しかし、何時迄も此んな口実ばかり申上げていたのでは申訳ない、先生には心身共に御救いして頂いたのだから、何もかも先生の申される通りにして、誠を捧げなければ申訳ない事なのだと心付き、昭和二三年度には、耕地一町三反の中、半分宛に区切り、一方は無肥料、他方は有肥料となし、無肥料区の分の肥料を有肥区へ余計に施して実施しました所、冬作夏作共有肥区は病気が入り、結極無肥料区は良質のものが出来、肥料代が省けるから無肥区の方が収穫が多いという結果になりました。
そこで愈々肥料というものの無価値否有害なる事をさとり、結果が示す如く神様が自然栽培でやれと実績によって御導き下さっているのだと考えましたので、昭和二四年度からは全部自然栽培に切替え実施しました時、肥毒の為に麦作に於ては全く赤く、大麦等は三分一程度は根が抜けて枯死状態になってしまいましたが、何事も光明如来様にお願いして一心に御浄霊を続けましたが、驚くなかれ出穂寸前には黒々として立派な穂が出て参り、寒中の予想では皆無程度と思っていましたものが、反収一石五斗の御守護を頂き、全く驚嘆いたしました。
小麦は初年度でも比較的肥毒に対して強く、成育が順調で愈々梅雨期に入ると他の施肥耕作者の畑は、皆一様に彼のおそろしい小麦の渋病が漫延し、村民は総動員で動力噴霧器で消毒の大騒ぎが起り、自分も組入りをせがまれましたが、自分は、はっきりとことわり「家の作物はそんな事をやる必要はなし、第一そんな不自然な事をやると神様に申訳ないから、私はやらん」と申しましたが、老齢の母親は中々その気になり切れず「家のばかり消毒をしないと病気がうつってしまうから、やったらどうか」と申すのですが「そんな事は絶対にない、病なるものは伝染するのではなく、人間がわざわざ病が出る様に作物を作るから発生するのであって、家の如く自然栽培してあるのは心配はないのだ」と言って聞かせ、実施しませんでしたが、軈て収穫の時期になると全くその通りで、殆んど発病を見ずにすみ、頑強な茎が出来上り、刈取時期になっても全然倒伏せず、刈取は実に倍の能率が上り、収量に於ても二割の増収で、品質は良く、近所の者は本年の小麦は
質が悪くて、不合格品を出して大騒をして居りましたが、自分のは何んの事もなく三等及び四等で納まってしまいました。
続いて本年度の夏作、水稲及び陸稲の御報告をさして頂きます。先ず水稲は苗からですが、苗代には半熟程度の藁を反当一〇〇貫目程施し、整地して短冊を作り、其上に肥毒のない土を二、三分程度撒布し、其上に播種しました。発芽は至極整一でしたが、何しろ本年最初の土地の苗代の為、発芽一〇日頃になると第一回の浄化が起り、 一面真赤となりましたが、何事も光明如来様にお願いして、野廻りの度に御浄霊をしています中に、約五、六日間過ぎましたら、又黒々として来ました。第二回の浄化でした。此れも約一週間位で回復し、四五日苗の時に植付を始めたのですが、その頃は全く強健となり、有肥の苗とは比較になりませんでした。植付後は至極順調で虫害も早生種の地区は少しありましたが、中生種に於ては全然なく驚く程の生育振りでした。
其他陸稲甘藷も全部自然耕作しましたが、皆驚く程の成績で、七月一八日にはH先生よりの紹介で、M町のU先生の所から九人見学に来られ耕地全部の成績を見て非常に力強い信念に燃えて帰りましたが、私は皆さんが帰る時申したのです。「自然栽培も一回見ただけでは本当に分らぬ、どうか数回に亙って見学して頂き度い」と申したのですが、皆さんが御熟心で、八月一八日に又来られて、九月一九日最後の結果を見て驚嘆し自信を得たらしく、明年度からは全部切替えると言うもの、耕地半分実施すると言うもの、又は牛馬を飼っていたのでは糞の始末に困るから、牛馬を売却すると言うもの、全く各人が様々の気概をもって帰りました。私の如き若輩の自然栽培の見学が、此程直に皆様の御力になったかと思うと本当に有難く感謝と嬉びで胸が一杯でした。
最早収穫も終りましたが、水稲は早生種で二石四斗(六俵)、中生種で反収二石六斗(六俵半)の収穫で、普通一般の有肥耕作者のと比較すると二割の増収でした。陸稲の収穫は最も良かった地区は反当二石三斗(五俵三斗)の収穫で実に驚くべき程の増収でした。本当に御守護有難う御座いました。
明年度は尚一倍熱心に実施し、当地方自然栽培の先駆者として益々発展せしめ、明主様への御恩報じの万分の一にもなります様努力いたし度い考えです。続いて本年度の麦作も全部、自然栽培を実施して居りますが、発芽は至極整一で成育も順調です。吾々農業者は偉大なる真理を明主様より御明示になられているのですから、その真理を大いに活用し研究して、発展へ発展へと進む事は、吾等の使命であると考え、無肥料三年目の土地へは色々と研究的に栽培法を実施して居りますが、結果の御報告はいずれ又さして頂き度いと思っています。
私の自然栽培も愈々当地では注目の的となり、心ある者は随分注意深く見て居りますが、彼等も軈て、此自然の真理になびかざるを得なくなる事も遠からず、此農業の一大革命の山村僻地に迄知れわたり、一大飛躍発展する事を期待しつつ、一生懸命です。
願くは世の農耕者よ、一刻も早く此偉大なる明主様の真理に基く自然栽培を実施して、大自然の恩恵に浴されん事を切望して止みません。色々と御守護有難う御座いました。
岐阜県I・S
昭和二二年四月I先生より、自然農耕のお話を拝聴し、私の長年に亘る胃病を治して戴いた経験からみても、先生の御教えに間違いはあるまいと、一挙に全耕地を自然耕作に切替えさして戴きました。
併し農学校修業後家にあって、農業に従業し金肥に依存し他人に迄肥料の重要性や適期施肥法等を説き金肥の科学的研究を重ね、農業経営上肥料が絶対欠く可からざる要素と信じた私には、如何に此切替が難事であったか、今迄に経験した事はありません。
今迄の『光』新聞に雑誌『地上天国』に自然耕作の御蔭話にある如く、予想だにしなかった程の御利益を戴いたのであります。初めに種子の浄霊をなし、播種しましたが、日数が経つに従い有肥の物との差が甚だしく、根の充分に張る迄は伸長が悪く色が赤く、人が笑うし又関係者からの注意も受ける。昨今では新聞に悪報道する。愈々収穫する迄の長い間の気持は、全く体験した者のみが知る貴き体験であります。併乍最初の年から減収もなく平年作の収穫を戴き、質の立派なる事は誰しも驚く所であります。そうして第二年目には前年のに比し米の反収三斗五升の増産で、 二石四斗五升の成績を見る事が出来ました。麦、大豆、馬鈴薯、甘藷、人参、牛蒡、どれもこれもが二割三割の増収が出来ました。
今年は最初より世間の関心が高く当局からの注意、新聞の悪意的報道、文字通りテンヤワンヤでありましたが、結果を見よと黙々と働いて居りました。すると出穂が終る頃から有肥田に浄化が始まり次ぎ次ぎと拡がって最後には、二分作五分作甚だしきは収穫皆無と言う田が出来たのであります。これに引替え自然耕作田は黄金の色を漂よわせ、労苦を慰める如く重く頭を垂れて居たのでした。
肥毒の為め病虫害を生み、枯穂を作り人間が知らずして正しき事と考えて犯す総ての罪を天候にかぶせ、人に負わせて得々と「今年は光明如来様の当り年」などと言うこんな人の如何に多き事か、それなのに三年目の今日、二年目に比べ一割強米反収二石七斗五升、大豆に於ては、約三倍の反二石三斗三升の御利益を戴いたのであります。昨年一月より各方面に廻らして戴き御利益の報告をさせて戴きました。書き後れましたが右私の耕作地は飛騨の寒冷地で、土地の条件も最も悪く、田圃に於ては山の出水を利用し、耕土も二、三寸、深くて五、六寸、そして生産割当反収一石七斗の地であります。
右の如く収入増加と逐年増収高を併せて考える時、有肥農耕者が此の現実を何と見るか、施肥こそ有害無益と断ぜざるを得ないのであります。一日も早く目覚めて、行き詰った農村打開に、自然耕作の正しき認識をさせ、農業改革の先駆者として、明主様の御高恩の万分の一にも報ゆべく一層の努力をする覚悟であります。有難とう御座いました。
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岐阜県T・N
私は入信後昭和二三年も半ば過ぎでした、S中教会へW先生が御来場下さいました時、特に自然耕作のお話しを判り易く御聞かせ下さいました。其中でも特に自然栽培は風水害には最も安心だと申されましたので、早速私は同年一一月より実行に移りました。其間種々の体験を得ました。其内の水稲の自然栽培が如何に水害に対して強いかを報告させて頂きます。
私の土地は大変低い所で一寸雨が長いと、早速やれ排水機というわけで、丁度翌二四年八月中旬頃でした、雨量が多く田一帯が海の様になって、稲も全然見えず、それに一〇日乃至一三日間程水に浸って居りました。その上丁度出穂寸前でしたので、これは駄目だと思いました。しかし私は内心先生の御教示通りに実行してよかったと喜んで居りました。処が長い浸水も排水された頃には穂も出穂し始めましたところ、金肥使用の稲は色々の病気が発生し中でも葉巻病、葉枯で村中大騒ぎとなり、消毒で大変でした、処が自然栽培のは少しの被害もなく、しかもすくすくと伸びて青々として居りました。一〇月下旬頃になって金肥使用田は一帯に倒れ、立って
居るのは殆んど白穂となり見るからに悲惨なものでした。それに反し自然耕作田は異状な発育振りで、見るからに気持よく其中でもS中教会で作られた「神示の耕作地」と書いた立札を立てた田は特別目立ってよく、一本として折れたり倒れたり、病害のものもなく、黄金の波を打ってとても水害の後とは思えない位で、村の人達も不思議だ不思議だと時々尋ねられ其度毎にいとも朗らかに自然耕作の有難さを一々説明するのでした。
以上の如く自然栽培初年度より、大水害より免れ、現実に多大なる御守護と御利益を賜り自然栽培の絶対であるとの信念を得ました。希くば農村の皆様斯様なる理想の農耕法はひとり神のみの知らるる農業天国化の、一大福音でなくてなんでありましょう。
以上拙文乍ら御利益の一端を報告申上げます。
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千葉県I・T
私は本年四月入信させて頂いた者で御座居ますが入信時、明主様の自然栽培に就ての御教を伺い、直ちに試作実行に移らせて頂きました。その時は既に苗代には施肥をしてありましたので先ず種子に浄霊致しまして播種させて頂きました。
初経験の事でありましたので、植付時より、植付方法を一本植、二本植と当地で行われております普通植(三乃至四本植)の三方法にて統計的にやらせて頂き、左の如き結果を得ましたので御報告させて頂きます。
〔統計表〕
項目 一本植 二本植 普通植
品種 農林二九号 同上 同上
播種方法と期日 種子を二週間水につけ浄霊、 同上 同上
四月二七日播種す
施肥の種類と目方 一反歩当堆肥二〇〇貫 同上 同上
(材料麦藁)
※以下は植付方法別の生育・収量統計。原本では横長の表組で、植付期日、作間・株間、一坪株数、植付後一〇日目から六〇日目までの分蘖、生育、出穂期、一株平均分蘖数、一本平均粒数、一株平均粒数、一坪平均粒数、不良品・良品粒数、一反歩総粒数、一升当り粒数、収量、一俵四斗入換算を比較している。
以上で御座居ますが、有肥栽培に付きましては本年度の統計を取らず、未だ調整し終っておりませぬが、予想と致しましては、今年は平年作を下廻るかと思われます。当地と致しましては今迄の体験によりますと平年作一反歩当り五俵半位であります。
右の統計の中不良品を三割として計算したのでありますが、自然栽培一年目にても苗代を薄播にし、健全なる苗を作れば尚二割位増収は確実と思います。私の本年度の苗代は厚播の為弱い苗にても右の表の通りの増収となって居ります。又本年の実収は未だ乾燥脱穀せざる為後程御報告の予定でございます。
全般的な調査及び感想を述べます前に、麦作に付き、私の経験を併せ述べてみますに、麦作に於ては、適期播種が特に重要事と思います。小麦播種適期をここ数年の統計をも参考にして発表致します。
一、一〇月二〇日―二五日―三〇日―一一月五日―一〇日、
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岐阜県S・Y
右記の中特に、一〇月二五日より一一月五日が当地での最適期であります。
一、土質に就ては当地は大体深く一尺前後で、壌土が多く、中に砂壌土も混っています。
一、有肥との比較は自然耕作は草丈は短く、茎は強く、葉は不繁茂、実は太く大です。
一、実収は平均して、一〇人の中三人増収、三人減収、四人は増減収なしで、質は全般的に自然耕作優等、有肥劣等です。
一、成長経過としては、全般に草丈は短く、分蘗少く(平均一三本)植付後、有肥料の葉色は濃かったり、あせたり、七面鳥の如く変り、自然農法のは変らず、植付後同じ葉色で経過し八月中旬前後の穂形成期、即ち生命線期経過せし頃少々色あせて来ました。一部の報告に依ると、五月麦収穫後、生藁を鋤込むと、丁度生命線期にも色あせず、余裕をもち生命線期を起すとの事です。
以上を報告申上げて、左にそれを体験された方の実例を御報告させて戴きます。
I氏(七六歳)は八反歩の中八畝歩に自然耕作を実施致しました。昨年の小麦播付けの際、種子の上へ土を混じた堆肥を
施しました(通称かぶせ播き)。土質は当地での五等地即ち劣等地であります。其後の耕作としましては、二、三回の土入をしその出来た溝へ堆肥を一五〇貫程入れ、その後は別に手入れしませんでした。草丈は一般より平均短く、だが丈夫に穂も出揃って、粒数も多く、八畝歩の収穫四俵半、一般有肥の処は反当三俵半、多くて四俵位で、その上之等は一升重量二九五匁、一俵容量四斗一升、一般は四斗三、四升、右の外特に報告させて頂きたいのは、今年は全般に等級悪く三等四等が多く、一等二等は少く一等の如きは無いという始末、ところが右の小麦が検査の結果一等合格、検査役も「今年の小麦でこの様なのは初めてだ」と言う素晴しさでした。初回でもあり、減収すると思いしにこの様な増収を戴きまして有難く存じて居ります。謹んで御礼申上げ、御報告致します。
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三重県 S
自然栽培満二年を経過致しまして、其体験を御報告させて頂きます。現在一般世の人が霜踏む寒冷の朝、炎熱の候、朝はとくより夕は星を頂き汲々と働いて一粒の実、一株の野菜でもと増産に骨を砕き、照る日、曇る夜空を心配し肥料の購入に奔走し、汚穢にまみれ病害の予防消毒、虫害の駆除に苦心し、春夏秋冬、血の滲む努力を続けながら減収という悲しい現実、之に加えて実収以上の事前供出割当と多額の課税、肥料代に追われて悩める時にあたって農耕者にとって、正に『天国の福音』明主様の神示の自然栽培法出でて、農耕に一大改革のなされる事は一点の疑いなき事を、身を以て体験させていただいております。大光明如来様の玉の御光輝き、歓喜と光明の農耕に従事出来得る私の喜びのままに、今日迄短日月の体験ではありますが、その優秀なる成績を御報告させて頂きました。
一、甘藷品種「護国」昨年六月中旬移植、畝幅三尺、植幅一尺七、八寸(一尺位が好適)六月末と七月初に中耕除草す。八月末に拳大になりました。蔓少く、茎太く強靭、一〇月二九日収穫、反当七五〇貫、植幅をもう少し縮めて、堆肥を入れれば増収確実の自信がある。有肥料のものは平均五〇〇貫。殆んどが見た感じより目方があります、小さなものは殆んどありません、昨年も一昨年も堆肥も何も用いず連作のもの。
二、大豆昨年七月初旬播種、畝幅二尺五寸、播幅一尺、発芽良好、七月中旬、八月中旬に中耕除草、発育良好、病虫害少く、一〇月二六日収穫、一畝で二斗二升ある。根、 一本植が成績よく、一本の木で一合のものが大部分あり、まだ増収の自信は充分にある。有肥の倍以上の収穫。
三、小豆昨年七月初旬播種、畝幅二尺五寸、播幅一尺、二-三粒位、七月中旬、八月中旬中耕除草す。虫害少く、発芽発育共に良好、一〇月二八日収穫、四畝で一俵あり、粒大にして虫喰少く、色沢のよさ見る人悉く驚嘆す。
四、里芋昨年三月下旬植付、三尺畝、植幅一尺五寸位、六月初旬、七月中旬、八月下旬の三回中耕除草、空豆の茎約一〇貫を二、三寸に切り畝の腹へ入れる(六月第一回中耕の時)一〇月三〇日収穫、約一〇歩の面積で小芋一五貫、親芋約一〇貫、収量も大きさも有肥より五割以上の増収の優良さです。
五、人参 品種 「国府鮮紅大長」 昨年六月下旬播種、 畝幅-二尺五寸、七、八、九月の間に数回間引中耕除草、一一月初旬間引いたものでビール罎の太さ位あります。見る人は皆赤大根かと言う位でした。
六、粟六月初旬適期に稍遅れて播種、一〇月中旬刈入、五歩の面積で七升ありました。実は密集し、穂丈長く太く見事な秋の稔を見ると、人々が口を揃えて此が無肥料とは思えないと言う程でした。
七、生姜も密集し、唐辛子も実ばかりと言った好成績で御座います。
蔬菜専門家から見れば、成績は劣るかも知れませんが、私の地方としましては、右の何れも有肥を凌ぐ良結果を収め、特に味覚に於ては、如何なる耕作法にも、専門家にもひけは取らないでしょう。
以上一部分ではありますが、自然栽培の絶対的にして、之以上の耕作法なき事を今だ迷える方々の御参考になればと考え、此優秀なる事を御報告させて頂きました。
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大分県S・K
今年の玉葱の自然栽培の結果を御報告致します。苗を植付致しましたのが昨年の一二月頃でした、頭の毛程
と思われる様な見るからにか弱い苗を、約一〇歩位いの畑に堆肥も施さずに其のまま植付致しまして、爾後朝夕熱心に御浄霊を続けましたが、何分寒中の事にて畑地が凍って二寸位うき上る為、苗は今にも枯れそうな様子を見ました時には、果して之が成育するであろうかと、本当に心細く思った事は度々で御座居ました。
然し妻と共に総てを光明如来様に御まかせして熱心に御浄霊を続けて居りました処、五月頃になりまして急速に茎がたくましく太く成って来ますと同時に根の玉も正比例して日に日にぐんぐん大きくなるではありませんか。 其の時の私共の喜びは如何ばかりでしょう、只々神の絶対の御力に驚嘆の外ございませんでした。
七月頃でした、田植がすみましてから取上げましたが此処に不思議な事は玉葱は雄の方は今までの経験上必ずトウが立つものですが、此の玉葱は一本もトウが出ないのです、取り上げたのを茎をくくり合せて軒下に吊しておきました処、其の玉葱が二つ或は三つに丁度栗の中身の様に分れるのです。本当に不思議と言う外はありません。余りの有難さに中教会の大光明如来様に御供えいたしました。
尚もう一つ不思議な事は普通の玉葱は非常に刺戟の強いものですが、此の玉葱は絶対刺戟がないのに驚きました。そして煮て食べてみますと大変甘味が多く美味しいので御座います。
私共が手を振る事を笑っていた近所の人も此の玉葱を見て皆んな不思議だと驚いて居ます。近く本部に御奉仕に上る事になって居りますので此の玉葱を献上し御礼申し上げ様と思って居ります。
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愛知県S・T
昔からよく一粒万倍と言う言葉が御座居ます。まさかそんなに出来るとは思われません。それは一つの喩えとしか思われませんでした。
私は自然農耕法は本年で二年目であります。ここに一つの奇蹟を見せつけられてあまりの有難さに、此の目で見た事実と其の経過を報告させて戴きます。
五月二〇日頃堆肥中より約六寸位のびている稲が何げなく目に止りました。もったいないと思う気持からふと根の廻りの土を落さず直径六寸位の割れた鉢の中へ赤土に落松葉を五〇匁程入れて植えました。五日間一日に一、二回浄霊を致しました。六月下旬馬鈴薯が雨で大分腐ったのでデンプンを取る時にその漉水を一合程やりました。
七月下旬に至って分蘖が多くなりましたから(六二本)、直径一尺深さ一尺の鉢に植えかえました。 其の時も約一〇〇匁位の落松葉をやりました。 あとは井戸水だけです。現在では分蘗数一五〇本位、出穂一二〇本位、粒数多いのは一五〇粒、少いのは五、六十粒平均約一〇〇粒位です。草丈の長さ四尺四、五寸であります。
以上が現在迄の経過で御座居ます。品種は東海旭であります。右奇蹟を謹んで申上ます次第で御座居ます。
(自然農法解説 昭和二十六年一月十五日)