人的資源と現代医学

今日の重大時局に於ける我日本の最大目標としては、言ふまでもなく、大東亜共栄圏の完遂である。而も、之を達成する最大要素としては、何といっても人的資源の問題であらう。当局が、産めよふやせよと、あらゆる方策を施行しつつあることもそれが為である。然し乍ら、一歩退いて考える時、斯ういふ訳にならう。

即ち今生れた赤児は、少くとも向後二十年を経なければ、実際の役には立たないのである。此意味に於て、現在切実に要求する人的資源は、どうしても青壮年期の現にその職域に奉公してゐるものでなくてはならない。最近政府が実行した国民登録者の年齢が、男子に於て十六歳以上四拾歳迄、女子に於て十九歳以上二拾五歳迄としたのは宜なりといふべきである。

この意味に於て、最も急速に人的資源を増強するといふには、罹病者を無くするといふことほど、絶対的効果のある方法は、他にないであらう。然るに、今日社会各層を見るがいい。およそ罹病者の多い事実は、恐らく空前ともいふべきで、日本人中、真に完全なる健康体は何人あるであらうか。想像するさへ不安の極みである。それは、曩に示した各種の統計によっても、読者は充分肯き得たであらう。

今日の医学が、病人を作る医学であり、医療によって軽病者も重病者となり、終に死にまで到らしむるといふ事は充分説明した通りである。而も医療は、最も増加の趨勢にある結核患者に対し、絶対安静を奨めるが、それ等の方法によって完全に治癒するならば、或期間の職業放擲(ホウテキ)もやむを得ないとするも、その殆んどが長期間安静の結果、終に生命を失くするといふに至っては、実に国家の損失は鮮少ではあるまい。而も長期間安静患者を看護するに要する人員や、それに使用する薬剤器械等を製造する人員、資材等精細(セイサイ)に計算する時、実に想像以上の莫大な数字に騰(ノボ)るであらう。

今一つ厄介な事がある。それは早期診断の一事である。曩に説いた如く初期の結核患者は放置しておけば其殆んどは自然治癒するのである。然るに早期診断によって初期的症状が発見せられるや、強制的に医療を施されねばならず、隔離もされなければならないのである。而も結核症を暗示又は宣言せられるので、患者は先づ不治的絶望観念によって、精神的に大打撃を受ける。それが先づ元気を喪失させ、食欲を減退させるから、急速に衰弱するのである。加ふるに、薬毒其他の病気増進方法を施すに於て、霊肉共に重症に向ふのは判り切った話である。

以上の如き事実は、今日当時者は素より、何人と雖も常に見聞する所であらう。私は、聊かの誇張もなく現実を述べたつもりであるから、医家は勿論、患者諸君に於ても、此一文を読む時、思ひ半に過ぎると思ふのである。

右の如き事実によって、私は人的資源を阻止する最大なる原因は、医学そのものである事を断言するのである。之に目覚めない限り病者は弥々漸増し、政府が如何に懸命になって対策を講じようとも、遺憾乍ら人的資源の不足は解決され得ないであらう。而も医学に依存する以上、焦慮すればする程、逆効果が甚だしくなるから其前途は実に寒心の外ないのである。嗚呼! 此重大事を如何にして一日も早く、我国民に知らしめ得べきやと私は日夜痛心してゐるのである。

そうして政府は、人的資源の不足を補ふ為中小商工業の整理統合を行ひ、人的資源を泛(ウカ)び上らせては、それを重要産業に振向けてゐる。然るに一方に於ては、体力管理や早期診断によって、重に結核の初期を発見しては、それ等を静養又は隔離する方法をとってゐる故に、右の結果はどうなるかといふと、一方人的資源を浮び上らせると、それを一方では消滅させるといふ、恰度、笊(ザル)へ水を汲んでゐるやうな行り方である。

尚且つ、従来軽労働であったものを、工場労務者の如き、激しい労働に転向させる以上猛烈なる浄化作用が起るのは必然であるから微熱、咳嗽、疲労感等、結核的症状が発生するので、いよいよ人的資源は不足するのは当然である。然るに、整理統合によって浮び上らせる資源には限度があるから、いづれは人的資源の一大不足に悩まされる時期が来ないと誰が言ひ得るであらう。

そうして、私の創成した此医術を政府が採用し、之を国家全体に施行するとすれば、その結果はどうなるであらうかを、私は想像して書いてみよう。それは先づ病者は日に月に漸減してゆく。殆んどの病者は仕事に従事しながら治癒してゆく。特に肺結核は激減し、感染の恐怖からも解放せられるであらう。伝染病も漸減するは勿論、伝染病で死亡する者は極僅少となるであらう。従而、伝染病菌の恐怖からも解放されるであらう。何となれば病菌が侵入しても発病しないといふ健康体になるからである。そうして大抵の病気は一週間以内で治癒するのであるから、人間は病気の不安から全く解放されるであらう。栄養食の必要もなくなり、故(コトサ)らなる健康法の必要もなくなるであらう。人間の寿齢は年々延長するであらう。そうして健全なる肉体には、健全なる精神が宿るといふ事が真理であるとすれば、国民の思想は、肉体の健康に比例して健全になるであらう事は勿論である。そうして不幸の最大原因が病気であるとすれば、不幸も貧乏も争ひも著減する事は言ふまでもないであらう。

(明日の医術 第一篇 昭和十七年九月二十八日)