医療と観念

現在、療病に就て、非常に誤られてゐる、重大事がある。それは、信仰を土台とする療法や、医者でない医者、即ち、民間療法で病気が治るといふ事は、観念と精神力が、大いに手伝ふからである。といふのである。而もそれは、医家の方面から発する言葉である。

私は、之は、寧ろ反対であると、思ふのである。何故なれば、一般人は、病気は医療によって治るべきものと、絶対信じてゐる事である。医療信仰の徹底は、実に、驚くべき程であって、吾々は、日常幾多の事実に、触れて感心してゐるのである。其證左として、医療以外の療法で治癒さるる場合、奇蹟といふにみても瞭かである。故に患者が、治癒を受ける場合医療の方ならば、必ず治癒されるといふ、絶対観念を持って臨む事である。にも係はらず、治癒されないとすれば、科学力と観念力百パーセントであるべき医術、其ものゝ効果が顕はれないのであるから、寔に不可解である。

其反対の例を、挙げてみよう、吾々に来る患者は、最初は、例外なく、疑を持って来るのである。それ等多くの患者の想念は、治ると思って来るよりも、医療其他、凡ゆる方法でも治癒されない結果、偶々、奨められるまま、行く所が無いからと言ふて、藁を掴む心理で来るのである。謂はば、一種の僥倖を期待する程度で、投機的心理の如なものである。

一例として、斯ういう事が、尠なからずある。それは、自分は今迄、凡ゆる療法を試みたがどれも治らない、従而、どんなに治る話を聞いても、信じられないから、料金は治ってからにして貰ひ度いと、斯う言ふのである。此一事によって察(ﾐ)ても、患者の心理状態は、想像され得るのである。故に、必ず治るべきもの、との観念は、医療を受ける場合の方が、どれ程強烈であるかは、言ふまでもないのである。

前述の如く、方法も観念も絶対有利であるべき医療で治癒されないで、最も不利であるべき地位に置かれてある、吾々の方に、　治病実績が上るとすれば大いに考えざるを得ないであらう。

（明日の医術　昭和十一年五月十五日）