誤診誤療の実例 二

本年卅七歳になる某上流婦人が私の所へ来たのである。其婦人の曰く、肩の凝りと頭痛が持病であった所、最近、月経がいつもより日数が多かったので、某博士の診断を受けた所、「右側の卵巣が、左側のよりも三倍もの大きさに腫れてゐる。それが原因であるから、早速切開して剔出しなければならない。頭痛や肩の凝りも其為である」と言ふのである。然し、手術が嫌さに躊躇してゐる所へ、私の所を聞いて来たのである。私は入念に査べてみた所、卵巣は左右共異状なく、全然、腫れてゐる形跡はないのである。又、頭痛や肩の凝りは、卵巣とは無関係で、別箇の病気である。何となれば、卵巣部へ手を触れない内に、肩を治療した所、頭痛、肩の凝りは即座に軽快になったのを見ても瞭かである。そうして、四回の治療によって全治したので其驚きと喜びは想像に余りあるのである。右の事実によって考ふる時、異常なき卵巣を腫れてると言ひ、卵巣と関係のない肩の凝りを関係あるといふ、其誤診の甚しいのに至っては、実に驚くべきである。設し、其患者が私の所へ来なかったとしたら、健全である卵巣を剔出され、一生不具にならなければならなかったのである。私は実に慄然として膚に粟を生じたのである。

(新日本医術書 昭和十一年四月十三日)