之は実際、私が手掛けた患者であったが、それは本年正月四日に、三十二才の婦人が来たのであった。其話によれば、今度の月経が例月よりも日数が多く掛ったので、心配の余り某医師に診断を乞ふた所「之は大変である。子宮外姙娠であるから、急いで手術をしなければ、生命に係はる」との事を言渡されたのであるが、念の為と、兎も角私の所へ来たのであった。私が査べた所、全然、外姙娠などの徴候はない。唯僅かに、腎臓の下部に、些かの水膿溜結があったばかりであった。それも二回の施術によって、痕方もなく治癒されたので、其夫人の喜びは一通りではない。正月早々大手術をされ、入院もし、其苦痛と費用と日数を無益に費消し、傷痕まで附けられなければならなかったのを、僅か二回で済んだのであるから、喜ぶのも無理はないのである。之等の事実を検討する時、外姙娠すべき位置より、三寸以上隔ってゐる皮下に膿結があったばかりで、専門家として誤る筈が無い訳であるに係はらず、右の様な事実があったと言ふ事は、どうしても不可解と今も思ってゐるのである。
(新日本医術書 昭和十一年四月十三日)