九月八日(水)
【お伺】先月二十八日○○○○子を御浄め致しました所、先祖の霊が三人現れ「お前達は信仰が足らない」「誰が一番足らないか?」「殆ど全部足らない、皆を呼べ」と申し「お前達は神を信じない。頭を下げても心では信じてゐない」とて一家の信仰のない事を述べて居りました。狐霊を使って話をしてゐるらしく、この信仰により救はれたい様子に思はれました。
【御垂示】えゝそれはその通りです。救って貰いたいのです。
【お伺】翌日同人が私の教導所へ参りましたので御浄め致しますと泣き出しましたが、直に治り私と一緒に御軸に善言讃詞を御上げし「夜叉竜神も……」の所へ来ますと男の声になり「国と国との……仁慈の御胸に抱かれん」の所は物凄く大きな声になり「大光明如来守り給へ……」の所も大きくなりました。そして気持よくなり便所へ行くと言って二三歩踏み出したら倒れて霊が出まして「私はこゝの家へ度々来る○○といふものだ。先生もよく知ってゐる筈だ」「自分はこの人を連れて行かねば仕事に差支へる。もともとこの人が好きだった」そこで「悪い事だから止める様に」と申しますと「悪い事は百も承知だ」「それでは自分は之を連れて死ぬ」と云ふので「それはいけない」と申しますと「僕の負けか」と云って足の方から出て行きました。此の○○といふ男は生きてゐるかどうかと思ひ、それとなく下宿を調べますと元気で学校へ通って居りました。
【御垂示】ほー生霊がついたんですね。――信仰の線に入るといふ事は神に御任せする事です。人間的な考へもいゝが、それも或程度までです。一般に神に任せるといふ気になる人が少い。心配事などあると私は「神様に御任せしろ」と云ふのです。神に御任せする気になれば信仰の門に入った証拠であり、それで安心立命を得られるのです。又御任せすれば旨く行くのです。神様としても「俺をそんなに信頼するのならよくしてやらう」と思はれる。昔から「仏の心は凡夫の心、凡夫の心は仏の心」と言はれる様に、神様だって或程度は人間と同じです。形だけの信仰はいけない。つまりさ、一人でも多くの人を救へばいゝんです。いよいよ最後の時に来てゐる。出来るだけ人を救はなければいけない。
(昭和二十三年九月八日)
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【お伺】御浄霊の時自然心の中で念じたくなりますが何と念じたら宜しいでせうか。
【御垂示】憑霊の場合は「幽世大神守り給へ幸倍給へ」であり、その他の場合は念じたくなったら抑へた方がよい。相手の霊が非常に強い時は「国常立大(御)神守り給へ幸倍給へ」と念じ絶体絶命の時は「大先生御守護を御願ひ申し上げます」と言へばよい。そういふ時は私が神の代理になるのです。いろいろ心配事のある時は「大光明如来守り給へ幸倍給へ」でよい。憑霊の場合も人霊は「幽世大神」動物霊なら動物は光を怖れるから「大光明如来」に分ければ尚よい。
(昭和二十三年九月八日)
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【お伺】富士山麓で無肥料栽培をする方法はどうすれば宜しいでせうか。
【御垂示】之はね特別に方法を変へなくてもいゝんです。関東は殆ど全部富士の火山灰地です。作物には火山灰中の硫黄が悪いが、古くなると硫黄は抜けて了ふから構はない。灰だと土が固まらないから尚更いゝです。この火山灰の固まったのが凝灰岩です。無肥料は特に土を固まらせない事です。無肥料でやればとてもよく出来る。増産になります。或人が無肥料でやったら親爺は怒り村民も嘲笑してゐた。で、本人一生懸命御願した所他の人のは腐ったり虫がついたりしたが、その人のだけ助かったといって礼に来てました。
(昭和二十三年九月八日)
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【お伺】山形の一地方では胡瓜、茄子等を栽培すると不幸が起るのですが――
【御垂示】そんな事はない。まあ全然出鱈目ではないが、これからは大丈夫です。霊界が昼になると違ってくる。――肥料をやると駄目になるのもその為です。そこに気がつかないから相変らず肥料をやってゐるのです。
【お伺】やはり最初は減収でせうか。
【御垂示】種子や土も肥料を食ってゐるから二、三年駄目です。最初の年は収穫が (サンブンノニ)、次の年は (サンブンノイチ)、次も (サンブンノイチ)、次あたりからよくなる。無肥料でやると米なんか重いのです。一俵で二、三升は重くピカピカ光ってゐます。そして炊いても「コワメシ」の様です。――一番いけないのは硫安とか窒素とかの化学肥料が米から人間の体内に入る、これがどれ位人体に害を与へてゐるか判らないのです。野菜もさうです。家庭菜園で素人がクソなんかまくが、却って結果が悪い。肥料をやると花おちがし実にならず、又虫がつき易い。私の所の枝豆は虫のつくのなんか一粒もない。軟らかくて香りがよく美味いですよ。倍位出来ますよ。鎌倉の私の親戚のが胡瓜を無肥料でやった所一本から百幾つと出来、喰べられなくて困ったさうです。
(昭和二十三年九月八日)
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【お伺】山形地方では普通の様に米を炊いても赤飯が出来て了ふ事があり、そういふ時は不幸な事が起りますが如何なる訳でせうか。
【御垂示】之は難問題だね。不幸が起るとは迷信でせう。とも角今迄の人は始終悪い事が起ってますからね。御飯が赤くなるのは肥料の関係でせう。
(昭和二十三年九月八日)
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【お伺】宮中賢所に昔からあるものゝ裏にヘブライ語で「我は有て在るもの也」と書かれてあるさうですが、何かこの裏には偉大な歴史が秘められてゐるのでせうか。
【御垂示】ほー面白いですね、初めて聞きました。偉大なといふ程でもないが、或る事が秘められてゐるでせう。大体皇室の先祖はユダヤに関係がある、が、余りはっきり言はない方がいゝでせう。皇室は十六の菊の紋ですが、ユダヤの都の四つの門の中の「開かずの門」の上にはやはり十六の菊の紋が刻まれてあり、その門はキリストの再臨まで開けてはならぬと伝へられてます。
(昭和二十三年九月八日)
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【お伺】大本の霊界物語に「国常立命はヨハネ也」とありますが――
【御垂示】国常立命がヨハネではなくヨハネの働きをするのです。「靴の紐を解くにも値せず」と言ってキリストもヨハネも謙遜し合ってゐる。ヨハネは霊的には火でキリストは水です。
【お伺】ヨハネが水の洗礼を致しましたのは何故でせうか。
【御垂示】ヨハネもキリストも水ですが霊的には火です。言霊ではヨは横、水で、ハは火、ネは根本、大体は水で水の中の火です。――聖書は旧新約共に本当の事は書かれてない。或程度までは本当だがその先は未だ発表の時ではない。
仏教でもそうですが、遠慮なく仏教を批判したら問題にならない。旧約のモーゼも偉いが逃げる時海を干して渡ったとあるのなんか嘘です。
【お伺】キリストは本当は日本へ逃げて来たとの説もありますが。
【御垂示】えゝ青森の方へ逃げて来たといふのですが一学者が唱へただけです。
(昭和二十三年九月八日)
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【お伺】時所位とはどういふ関係でせうか。
【御垂示】この三つがその人の値打にぴったり合ふ事が本当だが今までは間違ってゐた。大本の御筆先に「世は逆さまになりたるから……」とある。最近特権階級がおっこちたが、おっこちて初めて所を得たのです。これからは身魂(ミタマ)相応になる。又今迄は尊敬すべき人が下に居り、軽蔑すべき人が上であって、之は霊的に時所位を得てゐなかったのです。霊位の低い人はこの道に入れない。話しても判らないのはそういふ人で、之はあきらめた方がいゝ。
(昭和二十三年九月八日)
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【お伺】家の敷地、庭の一部が昔墓地であった所は如何に祀ったら宜しいでせうか。
【御垂示】古いのなら構はないが、新しい墓地だと迷ってゐるのもある。然し光明如来様を御祀りすればよい。昔は墓地の跡はよく盛り場にしたものです。
【お伺】横浜で戦災で焼けた氏神の跡を盛り場にした所火事がよく起きます。
【御垂示】神社の場合はいけません。
(昭和二十三年九月八日)
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【お伺】よく「金神の障り」と申しますが金神とはどんな神でせうか。
【御垂示】之は動物霊で「艮の金神」はその最高です。金は火、銀は水です。
【お伺】千葉の方に「ロクサン様」といふのがありますが――
【御垂示】あれは少しは理もあるが問題にならない。光明如来様を祀ればそんなのは屁にもならない。障られたら産土神に御詣りしたらよい。
(昭和二十三年九月八日)
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【お伺】アイヌ族は何故滅亡状態になったのでせうか、又霊統は何でせうか、御道をすゝめたいと存じますが如何でございませうか。
【御垂示】この道をすゝめるのは結構です。アイヌ人はコーカサス人で北方から日本に入って来たのです。その他南方(出雲地方、越前越後)からは朝鮮系、九州からは天孫民族即ち支那系が入ったが、これら朝鮮系、支那系に圧迫されたため、アイヌは滅びてゐるのです。だから日本を征服されたのも日本人ではない。これからは時所位が変り日本人が勃興するのです。日本民族は戦争を絶対嫌ふ人種です。
(昭和二十三年九月八日)
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【お伺】川魚、兎、鶏等を殺して生業にして居りますが、之らを如何に祀るべきでせうか。
【御垂示】年一回盆なんかに白木の長方形のものを作り「諸魚鳥之霊」と書き祭壇に祀り(宮にすれば尚よいが)彼らの「エサ」食物を上げ言葉で「あんた方は人間のためいゝ事をしてくれた」と礼を述べ「今日は御祀りをしてあんた方を慰めるから」といって祝詞(幽世大神)を上げたらよい。御盆は地獄の霊を慰める日だから御盆がいゝ。殊に御盆の最后の日に祀ってやればいゝでせう。
(昭和二十三年九月八日)
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【お伺】生れつき拇指の皮膚がつれて拇指が充分伸びない子供(生後半才)が居りますが如何でせうか。
【御垂示】それは畜生道へ堕ちた霊です。御浄めで治るかどうか一寸判りませんね。霊が人間化すれば治る筈です。兎唇(ミツクチ)は幼児の間なら治ります。
(昭和二十三年九月八日)
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【お伺】自分が御取次した講習生との霊線の関係は如何でせうか。
【御垂示】太くなったり細くなったりしてます。手足ですら自分ではどうにもならない事があるのだから。――時には弟子の方が身魂が高い事もあり、先生から離れた方がよい事もある。親子の関係で云へば弟子を生んだ事になる。だから何時までも親の所に居たのでは大きくならない。渋井は中島の弟子だったが、渋井が独立する時いろいろ心配する人があったが「心配する必要はない。何か意味があるのだから」と私は云ったのですが、現在はあんなになった。勿論一度は師弟の因縁で結ばれたのです。
以前大阪でやってる先生とその弟子の仲が悪くなり遂に別になって独立した。その時私に「自分は先生に背いた事を悪いと思ふ」と云ふので「いや支部が一つふえたのだから結局いゝのだ」と云った。そして別れる時「これからはもう喧嘩せずに仲よくしろ」と云ったんですが、その人は離れてからも喧嘩してゐた。後にその先生が来たので訊くと「あれは大先生が喧嘩してもよいと仰言ったから」と云ったさうですが、私は喧嘩しろとは言はない。――喧嘩が悪いとも云へないし又何時も喧嘩していゝとも言へない。もう分れたんだからこれからは先生は弟子をほめ、弟子は先生を賞めお互に「ほめっこ」する様に――と話したのです。「ワサビ」や「カラシ」がいゝからってあれ許り喰っちゃ居られない。そういふものは場合によって僅かに利用すればよいのです。喧嘩だって之と同じ事です。
(昭和二十三年九月八日)
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九月十八日(土)
【お伺】朝鮮、支那の人は食物として「ニンニク」をよく喰べますが、私の体験では御浄霊の効果が少い様です。之は「ニンニク」のためでせうか。
【御垂示】無論さうですが、本当は日本人より霊が低いからよく効く筈です。
【お伺】「ニンニク」も固めでせうか。
【御垂示】さうですね、やっぱり固めますね。
(昭和二十三年九月十八日)
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【お伺】猿田彦尊は何の罪により天狗になったのでせうか。
【御垂示】天狗は高慢、己惚れで現世でそういふ人々は天狗界へ行きます。職業的には弁護士、学者、神官、僧侶等です。天狗になる事は悪いとかいゝとかではない。天狗界は中有界の少しいゝ所で第三天国の下に当り山の守護を任として居ります。従って之は地獄、極楽とも異り別世界です。現界でもよく天狗の人がゐるが、之は一寸始末が悪い。猿田彦尊は罪により天狗になったのではなく、必要があったからです。天照大神を御案内したことになってゐるが之は又手力男命にもなるのです。天狗で肉体を持ってゐるのも時には山に住んでゐるのもあるがそんなのは何百年と生きてゐて一寸仙人に似てゐます。
(昭和二十三年九月十八日)
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【お伺】素盞嗚尊の夜の経綸と西洋医学、フリーメイソン、共産主義の関係に就て――
【御垂示】大いに関係があるんですけど――素盞嗚尊が邪神の霊に乗っかったといふ意味です。之は「明日の医術」に一寸書いた。然し素盞嗚尊はもう判って何したんだから――
(昭和二十三年九月十八日)
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【お伺】御讃歌中に「凡人の眼には善しとし映る事も神の御旨に適はぬ事あり」と拝見致しますが、御道の者としてどんな点に注意すべきでせうか。
【御垂示】人間の眼では異る。共産主義だって人間には正しいと思はれても神様はさうは思はれない。
――所が神様にもいろいろあり第一等の神だと共産主義も要るし、第二等の神だと共産主義はいかんといふ事になる。普通の事でも人間が見て善いと思はれる事でも神様から見ていけない事が沢山ある。今戦犯として裁かれてゐる人々も戦争中は皆「自分はいい事をしてゐるのだ」と思ってゐた。だから何時だか罪の有無に対して皆揃って「無罪」を主張してゐたのです。「自分は罪を犯したのだ」とは考へない。
――神と人との分れ目は大乗と小乗です。例へば日本だけよくなって、他の国々はどうなってもよいとの考へ方は小乗であり悪です。人類全体が幸せになる事でなければ悪です。私は戦争中「忠君愛国」なんか一度も云った事はない。何故なら日本人が「忠君愛国」でその相手の朝鮮人、支那人も「忠君愛国」だったら大変な事になる、幸ひ彼等がそれ程忠君愛国ではなかったからまだよかったのです。
――勿論時と場合により大乗より小乗の方が必要な時もある。が、そういふ時でも大乗を本として小乗を考へたらいゝのであり、常識を基準にして判断したらいいのです。ここに大乗と小乗の融合が出来るのです。小乗は縦であり大乗は横ですから、縦横合一が出来上るのです。先日ミズリー艦上調印記念日のマッカーサー元帥の書簡の中に「東西文化の融合する所が日本である」とあったがその通りです。皆が附けてゐるバッヂの真中の赤は日本を表しそこで縦と横が合一してゐる形を表してゐるのです。
――箱根といふ所は東西の分れ目であり箱根の中心は神山です。だからこの早雲寮も神山の上に建てるべきであるが、さうも行かないからこゝへ建てたのです。で、これにも縦横合一の意味があるのです。又以前の玉川上野毛も東京(縦)と横浜(横に開ける)の中央だった。
――今度は熱海に家を作り次に小田原に作るがその次は別府に作らうと思ってます。あれから先は外国になりますから。又、今度東山荘の中に洋館を建てそこで私は洋風の生活をしようと思ってます。
(昭和二十三年九月十八日)
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【お伺】北海道札幌等は言霊でどんな意味でせうか。
【御垂示】札幌はアイヌ語ですね。アイヌ語だから日本語とは違ひます。字だって当字ですからね。アイヌ語なんか解釈する必要はないでせう。――外国語にも言霊はありますよ。アメリカ、ワシントン、リンカーン等にもあります。が、之は別の学問になる。日本語だけ知ってゐればいゝのです。言霊は日本語によく現れてゐる。日本語は七十五声であり英語なんかは五○以下で然も半音が多い。言霊から言っても日本は勝れてゐるんですが、まあお国自慢は差控へておきませう。
(昭和二十三年九月十八日)
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【お伺】地名により御道の開け易い所を選んで伝道するのは如何でせう――
【御垂示】之は反対です。むしろ地名の悪い方を選んだ方がよい。悪い所汚れた所に伝道してそこを浄めて行くのが本当です。
【お伺】悪い地名の方が骨が折れると存じますが――
【御垂示】さうとも限らない。むしろ悪い方を却って邪神が閑却することもあるんです。東京といふのは言霊はいゝのですが一番濁って居り邪神の巣窟です。又地名を選ぶと云っても、選ぶといふ事は神様が選んで人間にさせるのであって、人間が勝手にするのではないのです。又或る土地を開く可き時が来ればその人がそこへ行くべき必要が起る。神様が何か必要の事を起してその人をその土地へ行かせる様になるのです。
【お伺】出雲といふ土地は開けにくいと伺って居りますが――
【御垂示】出雲は素盞嗚尊の本元で月の神様だから昼を嫌ふのです。人間も出雲族で素盞嗚尊の系統、朝鮮系の人が多いのです。
【お伺】今度一高生が大分開きました。
【御垂示】えゝもう去年辺りから時機が来てますからね。大本教は出雲を開いたのです。出口王仁三郎は素盞嗚尊の顕現ですからね。
(昭和二十三年九月十八日)
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【お伺】今迄の霊的治療は固めでせうか又は洗ふのでせうか。
【御垂示】之は両方の力です。つまり水系の人は先方の病気を背負うのです。私の方は火で焼くのです。御木徳一の徳光教なんかは全く背負う方です。だから月一回御振替といって神様に背負って貰ってゐたのです。
結局水の系統の方法は本当に溶かすのより御振替をするのです。曇をとってやるのです。然し毒素は曇だから或意味では毒素を溶かすとも言へる。
【お伺】キリストのは何でせうか。
【御垂示】あれは霊で以てついてる邪霊をとってやったのです。だから中風なんかも非常に早く治ったのです。御木徳一の先生の金田徳光といふ人は非常に偉い人でしたが当時の官憲から大変な圧迫をうけたのです。今でも大阪の方に徳光教が相当ある様です。信仰療法で他人の病気を引うけるのは今迄いろいろなのが沢山ありましたが、段々霊界が昼になると出来なくなるのです。天理教もさうです。人の病気を引うける方の一番の親玉はキリストで、とも角全人類の罪を贖うといふ訳ですからね。
【お伺】大先生は罪を御許しになると考へさせて頂いて宜しいでせうか。
【御垂示】本当はさうなんですがね。今迄そんな事がその筋に知れたら大変だったのです。
(昭和二十三年九月十八日)
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【お伺】山形の方で霊友会の人が「昭和二十五年に観音様が世に出られるからそれ迄に会員を作って了へ」と云って居ります。
【御垂示】昭和二十五年は大浄化の年ですからね――。
(昭和二十三年九月十八日)
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【お伺】御光を頂いて居り乍ら御道に背いてゐる人でも治病の効果がある様に見える事がありますのはどういふ訳でせうか。
【御垂示】之は一口で言へば惰力です。一時はよくても何れ駄目になりますよ。勿論邪神が働いてゐるんですね。
(昭和二十三年九月十八日)
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【お伺】観音様の御力が御守りから紐を伝り体に入りそして手から出ると考へても宜しいでせうか。
【御垂示】さうではない。御守り自体へ霊線を通って光が行き、それが御守りに入り、それから手から出るのです。紐は金属でもいゝのですよ。むしろ首にかける事に意味があるので、戦争中軍隊などでは首にかけていると裸になった時取上げられるので腹巻に入れる様にしてゐたが、之は止むを得ない事情があるからで、事情がないのに勝手にやってはいけない。夏は裸になるから斜めに腋下にかけてもよい。
(昭和二十三年九月十八日)
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【お伺】電気、磁気等は「素」から見ると如何に考へるべきでせうか。
【御垂示】電子と磁気とははっきりしないんですね。昔十八世紀にフランスに磁気療法といふのが起り、人間の体から磁気が出るとしてドイツにも渡り大いに一時発展したものです。この道も以前の治療時代には、手から磁気が出るのだと説いてゐる人もありました。人体電気といふ人もある。磁気はまア電気の一つとみていゝですね。学者は判らない事を磁気といってます。磁気嵐なんかさうですね。今度の本に電子、原子、霊子に就て説明します。
(昭和二十三年九月十八日)
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【お伺】先日の新聞に身延山の日蓮宗管長に面会するには一分間三千円と出て居りました。
【御垂示】面会時間でいくらいくらと定めるのは宗教家らしくない、芸人ですね。今仏教は収入がないので大変です。二、三日前でも鶴見の総持寺の僧侶が (サンブンノニ)位減ったさうで、何故かと言へば食へないので自分で追放――還俗するのが出てゐるのです。
【お伺】それに比べますと大先生様からこうして御面会頂けるのが勿体ない事と存じます。
【御垂示】さうですね、少し安すぎますかね。まあいいでせう。今はまだ宣伝中ですから。
(昭和二十三年九月十八日)
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九月二十八日(火)
【お伺】霊は個性を持ってゐるのに、再生した場合前世の事を記憶してゐないのは何故でせうか。
【御垂示】判らない方がいゝんですね。判ってはいけない。以前俺は何何だったと判ると障りになる。丁度寿命が判ってはいけないのと同じです。つまり何時までも生きてると思ふから働けるのであり、あと何年何月で終りと判ったら働けない。前世の事は魂そのものにも判らないのです。若し判れば「あいつは前世で俺の家来だった」といふ事になって了ふ。唯或る霊覚を持って来ると判る事があります。私も歴史上これは自分だと思はれる人人が相当あります。私は天皇にもなった事がある。それは応神天皇で、最初麹町で治療所を作った時「応神堂」と称した。又尾形光琳、義経もさうです。度々生れてますよ。光琳なんか好きで好きで仕方なく、美術をやってゐた時は何の気なしに光琳堂と称してました。尾形は岡田と通じてます。
【お伺】人間の個性と霊の個性の関係に就て――
【御垂示】之は連りがある。人間の個性は霊の個性が表れるんだから。唯見た目には違ふ様に感じる。それは両親やその人の動物霊によって違ふのです。二重人格はそれです。
【お伺】向合って話をしてゐる間にも違った半面の表れる人がありますが――
【御垂示】正守護神と副守護神が出たり引込んだりするのです。迷ひとはそれです。今の人は殆ど皆魂が曇って居るので副守護神の方が表へ出て了ふ。そこで間違ひをするのです。そして失敗したり後悔したりするのです。だから私は「人生は後悔の連続だ」と云ふのですが、曇りがとれるに従って魂が輝き判断が正確になるのです。人間はよく出来てゐて失敗したり苦しんだりして行く間に段々曇りがとれるのです。
(昭和二十三年九月二十八日)
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【お伺】メシヤの言霊に就て御伺ひ申し上げます。
【御垂示】メシヤといふのはヘブライ語ですから一寸日本語には解し難い。意味は救世主、救ひ主といふ事です。キリスト教の人はキリストが救ひ主だと信じてゐるが、本当は贖罪主であって救世主とは大変違ふのです。万民の罪を贖った人、罪の代表になり生命を「ギセイ」にして初めて許された人ですが、救世主の方は許されるのではなく許す方です。まあ時機の進むにつれて話しますよ。
(昭和二十三年九月二十八日)
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【お伺】幽界は大国主命、現界は国常立尊が主宰されてゐる由ですが、神界はどなたが主宰されて御出でせうか。
【御垂示】国常立尊は主宰はされてない。尊が大浄化されてゐるのですが、その先はまだ云へません。幽界は大国主命です。神界の主宰神はこれから定るのです。
【お伺】主神とは之をくるめたものでせうか。
【御垂示】えゝさう、天御中主大神です。之は変らない。が、個性を持つ神の主宰はまだ出来てないのです。だから宗教でも今まで世界を支配したのはない。
(昭和二十三年九月二十八日)
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【お伺】善悪不二と申しますが、善主悪従と考へて宜しいでせうか。
【御垂示】えゝ今はさう思ってゐればよい。
(昭和二十三年九月二十八日)
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【お伺】道を求めるに就て低いものは高い者を経て初めて高くなれると存じますが――
【御垂示】えゝまあさうです。
【お伺】道を悟るため自分でいろいろやってみても頼りないのですが――
【御垂示】それは主観だから判らない。この場合は神が客観する。そこで自分は最善を尽して時を待つのがいゝ。向上を期するのはいいが、短時日にしようとすると焦りになり、焦っては高まるよりむしろ地獄、修羅道へ近くなる。
【お伺】自分を指導する者がなければ自分が救はれないと考へますが。
【御垂示】指導は他力であり、自分で向上を励むのは自力であり、この両方で行く可きです。他力だけでも救はれるが自力も必要、日蓮宗は自力のみだが、これは一種の信仰地獄へおちる事になる。だから最善をつくして時を待つのが一番いゝ。
(昭和二十三年九月二十八日)
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【お伺】豊雲野尊は水の系統でせうか。
【御垂示】さうです。国常立尊と一緒になって日月になる。国常立尊が経で豊雲野尊は緯です。豊雲野尊は素盞嗚尊に顕現――まア子孫だな。
(昭和二十三年九月二十八日)
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【お伺】イスラム教の霊統とその唯一神アラーに就て――
【御垂示】イスラムはマホメット教の事で印度ではイスラム教といふ。イスラエルの事で根本はキリスト教と一つです。アラーは最高神でキリスト教ならエホバ、日本では天之御中主大神になる。――神は土地によって神格を落す事があります。アラーはアラビヤ地方で称へる名だが、あの辺は文化が低いから低い神格で救をされたと云へる。
【お伺】片手にコーラン片手に剣を持った事は――
【御垂示】今までは時機でなかったので神様も充分な力を発揮出来なかった。夜の世界では月の光だけだから、そこで仕方なく剣をとって神の名の下に四方を征服したのです。
【お伺】神が格を落されたため邪神に乗ぜられたといふ風に考へる事は――
【御垂示】えゝさう考へてもよい。
(昭和二十三年九月二十八日)
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【お伺】クレチン病(一寸法師)の霊的解釈――
【御垂示】之は霊的ではなく、人間の成長に必要な機能が欠けてゐて伸びないのです。然しそれから先は霊的になります。前世で頭を打ったりして死んだ者が、霊界での浄化が足らずに再生した場合、頭の成長機能が劣るのです。又子供の発育しない原因は、赤坊で死んだ霊が憑依した時、竜神が憑依した時――之は主として足が発育しない――と、それから生後沢山注射した場合の大体三つがあります。
(昭和二十三年九月二十八日)
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【お伺】天数歌の言葉の意義について御教示を御願ひ申し上げます。
【御垂示】之は天地が出来た時の順序で、大体七が完成で、七は「ナリ」「ナル」です。殖えて発展する事が八です。一は独立神であり、それが陰陽に別れる(二)、そこへ子が生れ(三)、そして四方へ発展し(四)、火が燃え(五)、水が出来(六)、それで完成(七)です。キリスト教は七で出来たから日曜を安息として居ます。九は「つくし」と言って極点であり、今は九の世の中です。十で結び、十一で始る。天の数歌は天地創造の順序を数で表したもので、之を唱へれば霊界で順序――活動力となる。つまり神の力徳が順序の言霊で力を発揮するのです。気持よくゆっくり上げたらよい。
(昭和二十三年九月二十八日)
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【お伺】旧約聖書はどの様な意義をもつのでせうか。
【御垂示】大体宗教は新旧二つになってゐる。新約は経で旧約は緯です。旧約聖書は予言書で寓意的に書いてあるのです。だから旧約は解釈することが出来ない。旧約の時代はあれでよかったのです。もう今はそれ程の価値はない。之によって救はれる事は難しいですね。――既成宗教は段々時代と遠ざかってゐる。現代生活や思想とかけはなれすぎてゐる。現代を指導する程に進歩したものはこの教団だと私は思ってゐるのですがね。だから若い人が多く入ってゐるのです。
(昭和二十三年九月二十八日)
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【お伺】観音様はマリヤだとも言はれますが――
【御垂示】マリヤ観音といってマリヤを観音に擬へるが、之は全然出鱈目でなくても本当とも言へない。――然しまあマリヤ観音と言ってもいゝでせう。
(昭和二十三年九月二十八日)
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【お伺】観音教団に入らぬ人でも大浄化を越す事は出来ませうか。
【御垂示】それは沢山ありますよ。誠の人なら誰でも救はれますよ。教団に入ってても間違ってゐれば救はれない。宗教はいろいろあるがその宗教の形式によらず魂に依るのです。神様は公平だから。――この教団ではいろんな事が判り正しい人になる可能性が多い。そういふ意味に考へたらよい。
【お伺】誠の人が大浄化に際会した時は如何でせうか。
【御垂示】キリスト教や仏教の人にも偉い人がありますからね、そういふ人は助かりますよ。まあこの教団の人は八十%、他の宗教の人なら六十%位でせうかね。
(昭和二十三年九月二十八日)
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【お伺】人体には玄米と白米と何れが宜しいでせうか。
【御垂示】七分搗がいゝですね。玄米はまづいし人間が慣れてなく、又胃腸の準備も出来てない。白米では成分がとられすぎてゐるから七分搗がよい。勿論白米だって差支へないが、唯脚気になり易い。――そんな事より化学肥料の害の方がずっと大きいのです。栄養も非常な違です。
(昭和二十三年九月二十八日)
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【お伺】「印相」といふ事を申しますが、印鑑の相は運命に関係ありませうか。
【御垂示】ありますよ。墓相もそうですが、印鑑でも相当関係があります。印はその人の信用、取引の約束等人間の生活上の働きの或部分を代表するものですから、その字や形が運命に影響するのは当然です。人間の働きの霊界方面は非常に微妙です。――所が相の事でも信仰に入ると違ってくる。面白いのは人相見などに見て貰っても、信仰に入ると結果が逆になる。私も「赤竜子」にみて貰った事があるが、反対にするとよく当ったのです。之は今迄の「相」が体的に許り研究されたためです。
姓名判断なんかもさうです。信仰に入ると体的ではなく霊的に支配されるから反対に当る訳です。よく引越の方位を気にする人がありますが、之はありません。婚礼の吉日はあります。数といふのはなかなか神秘ですから。結婚は陰陽結ぶんだから、結ぶ日七、十、十一はごくいゝ、二十一は「二人が結んで始る」といふ意味で非常によい。始める時は八がよく五は「いづ」で出る事でいゝです。伊豆は「いづ」で伊豆半島は重要です。
(昭和二十三年九月二十八日)
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【お伺】蛇を殺した場合祟る事はありませうか。
【御垂示】無論あります。仇討をします。――私は蛇を見つけたら殺させて人の踏まぬ所へ埋め、祝詞を上げて「次は人間に生れて来る様に」と言ってやるのです。殺してやると喜ぶのです。だから祀ってやった後私自身気持がよい。これは何故かと言ふと、蛇は自分を醜いと思ひ早くその一生を終りたいのです。執着のため人間から蛇になったのも沢山あり、之を殺すと祟ります。よく古い家にゐる青大将は殺してはいけません、祖霊ですから。――青大将以外ならあんた方が殺して祀ってやったらよい。その外ヒキ蛙にもよく霊が憑ってますね。
(昭和二十三年九月二十八日)