二月一日
樋口さんは何時ハワイに行きますか。
「二月十一日午後十一時五十九分に羽田を出発でございます」
二月十一日ですか、建国の記念日ですね。
「十一時五十九分と申しますから、あと一分というわけでございます」
十二時一分前ですね。何か訳がありそうです。
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「今度風邪の事につきまして御教えいただきましたが、これで皆一とおり御浄化をいただいた様でございます」
今度風邪を引かない人は、べつに毒が少ないわけではないのです。固まり方が強いだけですから自慢にはなりません。むしろそういう人は、溶け始めると一ぺんだから、かえって危ぶないです。
「仏(ホ溶ケ)になってしまいますから」
私も今日で二十日ばかりになりますが、まだすっかりというわけにはいきません。もう四、五日かかります。今度のはおそろしくしつこいです。
「今度北海道に行かしていただきましたが、寒い所に参りましても風邪の様な状態にもならずに、終らせていただきましてから風邪の御浄化をいただきました。御礼申し上げます。神様は全く自由自在でございます」
神様が押さえていたのです。
「そういう事からも、かねがね御用をきちんとして居ればいいのを、とぼけているからうまくいかないという事が言えると思います」
そうです。つまり発見の智慧が必要なのです。何か思う様にいかないとか工合が悪い事がある時には“これはオレに何か悪い所がある、間違っている所がある”という事を発見するのです。そうすると気持良くなります。私などもよくあります。これは不思議だ、こういう事はないわけだ、何かあるに違いない、と思いますが発見できないのです。それから四、五日してから、パッと発見するのです。そうすると胸の内が気持良くなります。これは小さな事でなくて世の中の問題でもよくそういう事があります。アメリカがどういう訳でああいう事をするのか、共産党がどういう訳でああいう事をするのか、ソ連がどういう訳でああいう事をするのか、という事で一寸分らない事があるのです。ところがそのうちにパッと分るのです。そしてちゃんと予定のとおりになっているのだという事に気が付く事があります。だからその気が付く智慧、つまり叡智が必要なのです。
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『⇒アメリカを救う』の本について、地方で何か参考になる話はありませんか。もっともまだあんまり読んで居ないでしょう。批評というのは、相当日がたってからでしょう。
「田付さんが申して居りましたが、内容はアメリカだけでないから、『世界を救う』とおつけになられても宜しかったのではないですか、と申して居りました」
そうです。それは分っているのですが、『世界を救う』では名前が大き過ぎて、かえって刺戟が弱いのです。しかも今は皆アメリカの文化を崇拝してます。特に日本はそうです。化粧品に至るまでそうです。“これはアメリカで出来たクリームだ”とか“この薬は、なんでもアメリカで出来た薬だ”という工合ですから、それを叩くには『⇒アメリカを救う』でなければ面白くないのです。拝んでいる一番の元を救うというのですから、それでこっちが上になります。『ソ連を救う』も書きたいのですが、書いても、あの人達の頭では分りませんから、まあソ連を救うのは最後です。しかしソ連を救うという事は不可能かも知れません。ソ連はどうせ亡びるより外に仕様がないでしょう。つまり無くなるわけです。それでソ連の民衆は救われるのです。
「二十一世紀の御論文には“その時はソ連という国名はなかった”とございました」
そうです。共産主義は無くなってしまいます。それは綺麗に無くなってしまいます。そして共産主義以上のものが別に出来ます。共産主義は何故無くなるかというと、根本が悪だから、悪のものはどうしても亡びなければならないのです。若し悪が成功したら、神様はないという事になります。共産主義でも、まだ知らない深い所があるのです。それは共産主義が或る邪神に踊らされているのです。それを自分では知らないのです。それは二千年以上前にマッソン秘密結社をつくったあの邪神で、そこで文化民族即ち世界を支配すべき民族をやっつけるには、これを弱らせるより仕様がないというので、その計画の下に考え出したのが薬です。それで毒を薬の様に見せかけて瞞まして人間にのませたというので、これが邪神の根本的の計画です。それで、とに角二千年かかって、御注文どおりにヨーロッパはほとんど弱らせたのです。それで今まだピチピチしているのはアメリカだけなのです。そこでヨーロッパは一たまりもなくやっつける事ができるから、そうしておいて、一方それをやっつける方は体の丈夫な奴をうんと訓練して、つまりそういう民族をつくらなければならないので、ソ連というのはそれなのです。そこで労働者というものをああして集めて、それに非常に猛烈な訓練をして、要するに奴隷に教育して、ヒョロヒョロになった文化民族をやっつけて、世界の覇権を握るという計画です。それで英・仏の国民はもうフラフラになっているのです。なにしろフランスは前の戦争の時には百二十個師あったのが、今は七個師しかないのです。それだけしか出来ないのです。それから英国は食糧が不足して、食うや食わずで居るのです。そして百姓は農業をしないのです。つまりそれだけの労働力が無くなってしまっているのです。だから今ヨーロッパをやっつけるのはわけはないのです。そこでスターリンは、ヨーロッパをやるとするとアメリカが手伝うから、アメリカの力を弱らせなければならないので、まず中共を使って、東洋では朝鮮戦線を拡げてアメリカの消耗戦術をやっているわけです。ところがアメリカは、消耗戦術でやられていては、何時までたってもアメリカの方の損害はあるし、軍備から言ってもソ連の方はだんだんプラスになって来るから、そこで断乎としてやっつけなければならないというのが、今度のアイゼンハウアーの計画です。そうするとソ連はこれを喜んだのです。思う壺なのです。あいつは実に智慧があります。智慧だけは素晴しいものです。しかし芯は馬鹿です。そうして今度アメリカが中共をやっつけると、ソ連は蔭からいい加減援助して、自分の方の損害のない様に物資とか金を出して中共にやらせると、そのためにアメリカはやっぱり消耗しますから、そうしておいてヨーロッパを一挙にやっつける計画です。それにはまず英国を占領するのです。それで、つい最近スウェーデンの辺に飛行場をうんとこしらえてますが、これはつまりヨーロッパの方をやる時のその用意固めです。ですから英国がいずれソ連に占領されてしまうと、ヨーロッパは全然ソ連の勢力範囲になります。そうすると日本はびっくりして“ヨーロッパが占領されたから、日本も何時やられるか分らない”とブルブルガタガタが始まります。そこで疎開したり、いろいろ準備する者も随分あるでしょうし、方々に穴を掘るのも始まるでしょう……つまり墓穴をです。けれども中共はアメリカが占領してしまいます。そこでソ連がヨーロッパを占領して、今度はアジアにふっかけて来るだろうというわけで、アジアの防備という事を随分騒ぐでしょう。ところがソ連の方は、そういう様にアジアをやりません。英国を基地としてアメリカの攻撃を始めるでしょうし、一方アラスカの方からカナダに向って進撃して、アメリカを挟み撃ちにしようという計画がたっているのです。そこでこれが第三次戦争です。今度朝鮮をやるけれども、ことによると原子爆弾を使うだろうと思います。アメリカではその準備をしているのです。そうなれば日本は再軍備もヘチマもありません。国論が一致して、軍備をしなければならなくなります。そこは吉田首相はよく見てます。国論が一致しなければ憲法は改正しないと言ってます。まあ、いよいよ今年から本舞台にはいって来ますが、われわれはチャンバラ劇の素晴しいのが始まるのを見物できるわけです。
「そういうドサクサになって参りますと、普通の人はどうしていいか見当が付かずに、全く地獄でございます」
それは大変です。ただ日本は病気は一番増えます。それは日本の霊界が一番先に明かるくなるからです。しかし原子爆弾は少しも怖くはありませんから安心していていいです。原子爆弾をやるのはソ連とアメリカですから、この両方が危ぶないのです。この両方が壊し合いをするのです。それは原爆、水爆をやるでしょう。それで外の小国には落しても無駄なのです。一発二億円もかかるのですから、そんな無駄な事をしても仕様がありません。日本などに落しても、つまらない事です。
「第一御守様をいただいて居りますから」
そうです、それもあります。そこで落すとすれば、ソ連の方はモスコーで、アメリカの方はニューヨーク、ワシントン、そのくらいやれば戦争は片付きます。だからそこだけは危ぶないでしょうが、外の所には落しても仕様がないでしょう。
「どちらにいたしましても早いわけでございますので」
早いです。ですから実際言って原子爆弾は怖いものではありません。頼んでも落しはしないでしょう。そういう無駄な事をしても損だから落さないでしょう。ただ場合によっては威嚇的に一、二カ所落すことがあるかも知れません。だから朝鮮に原爆を落すとしても一発です。それで、あれは後に非常に恨みが残るので、アメリカはそれを非常に怖がっているのです。広島、長崎に落したために日本人の感情を非常に害しているというのです。しかしあのために戦争が早く終ったのですから役に立ったのです。あれがなかったら、日本はもっと戦かっていて、東京などはもっとやられてます。
「英国が原爆の被害を受けてやられるという事は、今まで搾取したという事に対する罪でございましょうか」
それは無論吐き出さなければならない、というよりか、英国の富というものは、みんな泥坊して集めたものですから、それはどうしても無くしなければならないのです。しかし英国は意気地がありませんから、原爆をやる前に手を挙げてしまうだろうと思います。
「現在でも、半分身を売っている様な状態ですから」
そうです。けれどもそれを助け様と思ってアメリカが相当援助をするだろうと思います。そこで英国が戦場になるわけです。英国の争奪戦という事はどうしてもあるでしょう。なにしろ大変なもので、龍虎相争うという場面が出て来るわけです。つまり横綱が二人居るのですから。
「ソ連は原爆は充分に調っているのでございましょうか」
充分とはいかないでしょうが、相当に出来ているらしいです。案外準備は出来ているでしょう。なにしろ奴隷を機械の様に使ってますから、思う様に出来ます。
「飛行機などはアメリカあたりまで行けるだけの性能のものを持っているのでございましょうか」
飛行機は素晴しいものがあります。ただ石油などはソ連の方はずっと足りないのです。ですからそういう原料では、ソ連の方はとても負けているのです。なにしろ石炭と石油はアメリカからみるとずっと少ないのです。石油などは五分の一くらいでしょう。そこでイランをソ連の自由にされまいとして、アメリカが金を貸す様にしたりして手を打っているのです。それは英国にはもう力が無いからです。
「英国の崩壊が夜の世界の崩壊と一致するわけでございましょうか」
それは英国は月だから、日が出れば光は無くなるのです。
「日本が力が付くわけでございますか」
力が付くも付かないもありません。日が出るからなのです。ただ英国は日のために月が照るというのではなくて、日のために月は光が無くなるというわけです。
「将来はいろいろの教育や一切の文化は長足に変化していきますわけでございますので」
そうです。一ぺんに変ります。その案は、私にはもう出来てます。だから文明を新しく創造するわけです。
「従って救世教の信徒は重用になって参りますわけで」
それは大変なものです。新しい文明の担当者になるわけなのです。しかしその前にすっかり整理をしなければなりませんから、つまりその整理、地ならしです。
「アメリカを救うを拝見して来た人がありまして、六日に入信の予定でございますが、その人の話で、キリスト教が日本に伝来した時にその人の先祖が非常に協力したそうで、非常に喜んで居りました。年は取って居りますが、力の限り明主様に御協力をさせていただきたいと申して居りました」
それは面白いですね。次に出す予定は『⇒結核信仰療法』と『⇒救世教奇蹟集』です。それから『⇒医学革命の書』です。『⇒救世教奇蹟集』は今書いてますが、これは今までの素晴しい奇蹟を出せばいいのです。それから『⇒医学革命の書』は素晴しい記事です。今まで言わなかった様な事を徹底して書いてあります。これが出たら医学はもうどうする事もできません。とに角今まで馬鹿にしていた様な新宗教が、ベラボウに大きな事を言うのですから、何がなんだかさっぱり分らない様になります。ところが少し分ってきたら大変です。私の書いたものを取り合いして読む様になります。そうなればしめたものですが、いずれそういう時期が来ます。それまでの事です。
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「各宗教と申しましても、今までは口の先で言うだけで、丁度医者の診断のごまかしと同じで一時のがれをしてましたが、浄化作用が強くなるに従ってごまかしがきかなくなりますから、結局力のないものは亡びる事になります」
そうです。だから今度も書いてあります。“救世教に背を向ける者は亡びるし、抱かれる者は助かる。そのどっちかに決めなければならない。それが今後における人類の課題だ”という事を書いてあります。
「講演会に参りまして“どうぞ救世教にはいってくれというケチな事は言わない。はいるのはそっちだから、どうぞお勝手に”という様な事を言って参りました」
そうです。“はいってくれ”でなくて、“はいらしてやる”というのです。ですからただ“こういうものだ”という事を言うのです。はいる、はいらない、は向うの勝手です。
東北の方の講演会は何時頃ですか。
「二月十七日に出発いたしまして二十五日の朝帰ります予定で、七カ所でございます」
そうですか。なにしろ宗教というものは、信用が無くなってますし、そこにもっていって新宗教というとなおさら軽蔑してますが、そうかと言って救世教以外の新宗教というのはもう形無しですから、実際仕様がありません。
「実際が看板の塗り直しをやっているだけでございます」
それは実力が無いからです。
「漢方薬と蘭方薬との差で、結局同じ事でございます」
そうです。同じ事です。立正交成会の信者で“大変御利益があった”というのですが、それは何かと言うと“いい医者が見付かった”というのです。
「こう書いてありました。“御守護によりまして良い医者に廻り合う事ができまして大変有難うございました”というのでございます」
「全く可哀相なものでございます」
そうです。もっとも親玉が日蓮ですから。
「以前金光教の信者で“駅で腹痛を起した時に、駅員が良い薬をのましてくれたので助かった。これも金光さんのお蔭だ”という事がございました」
私がまだ民間療法をやっていた時に、相当な人で随分通いましたが、それは金光教信者で“こういう良い先生に廻り合ったのは金光様のお蔭だ”と、その金光様に御礼に行っているのです。
「そういう信者が今でもよくございますが、本当に見当違いでございます」
私は腹の中で随分あきれましたが、そうかと言ってこっちはまだヒョロヒョロしている時ですから仕方がありません。
「以前千葉の道徳科学研究所をやっている人で」
モラロジーですね。
「やはり“そういった研究をしていたお蔭で、これを知らしていただいた”という様に言って居ります」
そうなのです。実際、今度「文藝春秋」に出てますが、踊る宗教だとか、ダンスをやるPL教団とか、それから生長の家は本屋みたいで、ただ本を読ませるだけです。結局仏教、キリスト教の焼き直しです。だからこれはというのは全然ありません。結局救世教の独(ヒトリ)舞台になってますから、これからはますます面白いのです。
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「私は、今度出版のお仕事をさせていただくにつきまして、外の宗教の出版物を全部集めて読んでみましたが、それぞれに奇蹟はありますが、やはり自分の想念でなおった事もありますし、結局その信者さんがその宗教にはいった事を感謝し教祖に御奉仕という事を考えた時に、ああいう奇蹟があるという事になるのだと考えました」
そうです。そういう事はうまくできてます。
「しかし結局のところ、いい加減なものに一生懸命になれば、いい加減なものになるに決まっております」
そうです。こういう事は他にないと思います。それは、「こんな事があるものかと不承不承でやっていても、なおる」という事は他にありませんでしょう。
「左様でございます。信じなければならないのです。さもなければ家族の者が一週間なり十日なりお参りしなければならない事になっております」
ですから結局自力です。
「そこに無理にやるという事に一種の偽善が出て参ります」
己を偽るのです。こっちの特色はそこにあるのです。そんな事でなおるものかと思い、恰好を見てガッカリしたりしますが、それでもなおるのです。
「結局、二六時中と申しますか、凡てはお道の事で割り切れていくという事はございません」
そうです。それは他の所ではありません。何かボヤボヤして徹底していません。
「やはり病気の時は医者へ、金儲けの時は違う、と考えているのでございますから」
そうです。それからこれが大変に関係しています。一生懸命に神様に御願いするというと、宗教によっては露骨に言ってます。日蓮宗などは“薬をのんではいけない、医者に行ってはいけない、そして神様に御願いしなさい”と言ってますが、それは薬をやめるから良くなるのです。それを“これが御利益だ”と言う間違いがあります。
「それが大部分でございまして、それを信仰付けたというものでございます。こういう事が出ておりました。奥さんは熱心で主人は反対という家で、主人が倒れた時に、奥さんは“あなたが苦しむのはあなたに間違いがあるからです。それを除って、そうして神様を信ずる気持になったらなおるでしょう”と言ったのです。主人は“馬鹿にしている、薄情な妻だ”と思いましたが、いろいろ考えてみると間違いがある。そこで神様を拝もうという気になったところが気分が良くなり、奥さんと一緒にお参りしたところが、先生は“信仰は調和の世界だから、一番憎い人を拝まなければならない、あなたが奥さんを拝む様になれば、神様を通じていただける”というので、奥さんを拝んだところが大変気分が良くなった。すると先生は“その気持で直接神様を拝みなさい”というので、一週間日参すると大変良くなった、という事が出ておりました」
それは薬をやめたからです。それから気分的にも幾らかはいいでしょう。しかしまあその程度のものでしょう。
「もう少し難病になりましたら、手は付けられませんのでございますから」
それは手は付きません。ですから救世教が出ない内はそういう事で、いい加減に助けられたわけです。
「ああいうのを見ておりますと、救世教信者のわれわれは、明主様の御守護になれ過ぎている事を反省させていただきます」
結局時期です。私もいろんな宗教の話を聞くとか本を読んで大体は分りましたが、随分酷いのがあります。特に天理教などはおどかしてます。“この信仰から離れる者は、どんな災難があるか分らない”という事などを根強く言ってます。それはなかなかうまい政策をしているものです。だから外の信仰に触れるという事を恐れるのです。それから又その信仰をやめるという事は非常に恐れているわけです。本願寺にしても“他の方に一寸でも触れると、死んでから阿彌陀さんの所にいけない”という事を随分よく教育してます。それからキリスト教でも“贋キリストが出る”とか、“他にいくと救われない”という予防線はなかなか行き届いてます。救世教の様に“他にやりたい信仰があれば、いくらでも行け”というのは、おそらくありません。
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「この間キリスト教の相当に偉い人と雑談をしました時に、聖書に矛盾があるらしいので、あなた方は素直に信じられるかと言うと、信じられないと言うのです。それなのに何故居るのかと言いますと、キリストの再臨という事を信ずるが故に矛盾があっても敢えて許せる。バイブルは古い本だから間違いもあるだろう。それが若し現われなければ、その宣布的な事も達せられない。そういう偉大な人の出現を待つだけだと言うのです。そこで私はもう出現していると言いましたのでございますが、それが本音ではないかと思います」
そうです。私は、今度の『⇒医学革命の書』に書いてますが、“私は救世主とは言わないし、キリストの再臨とも言わない。これからの私の仕事の上において、価値があったら、それから信ずればいいだろう”と書いておきました。看板をあげたり、自分はこうだ、という事は今までに沢山出ているのです。それはみんな駄目になっていますから、そういう事では人が信じないのです。又信じないのが当り前です。しかし事実救世主だけの力をもって、再臨のキリストだけのことを事実において示せば、これは信ずるよりありません。それで結構なのです。
「これも薬毒のためではございましょうが、御守様をいただき世界二十億の人間が頭を下げたらという事で、その御力一つを考えましても、外のものは何もいらないと思います」
そうです。それから“キリストの様な奇蹟は、私の弟子でも出来るのだから、もう日本には数十万のキリストが生まれている”という事も書いてます。しかしこれもいずれは分りますから、結局時節です。
「何時でございましたか、フランスで御守様をいただきました人がございましたが」
大変感謝して手紙が来てました。
「その事につきまして、御守様をいただきまして四、五日後に来た手紙によりますと、胃の悪い人が良くなり、片方の目の悪い人が良い方と同じ程度にまでなり、やがては良くなるだろう、と書いてございました」
これはヨーロッパに二つの種をまいた事になります。
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それから『⇒アメリカを救う』ですが、やはりアメリカ人ではこの題だけを見て、シャクに障ってムッとします。“なんだ、太い奴だ。日本人はオレ達に救われているくせに『⇒アメリカを救う』だなんて太い奴だ”という感情が手伝うから怒ります。しかしアメリカにも偉い人は居ますから、そういう事は構わずに読むでしょうが、普通一般人としたらそういう感情が出るでしょう。しかしそれでいいのです。怒らせるのがいいのです。あれを見ると、アメリカ医学を攻撃してあります。アメリカ医学を相当暴露的に書いてあるのですから、余程公平な頭にならないと、それが邪魔をして分るのに困難でしょう。とに角良いにつけ悪いにつけ、問題になればいいのです。今年からは問題にされます。しかしその代り今度は以前とは違いますから、問題にされ方も違います。この次の『⇒結核信仰療法』は医学界、医者の方で問題になります。とに角“医学が結核を作る”などという事になると堪りませんからね。
「京都の方でも、『⇒アメリカを救う』などと、こんな大変な本が出るのですか、と言っている人がございました」
あの題はみんな非常に褒めます。
「そして、見た感じが非常に宜しうございます」
ポスターもいいです。みんな褒めています。これは丁度信仰を覆えす様なものです。つまりみんな医者と薬の信者の様なものですから、それを引繰り返す事です。とに角私の本当の目的は医学の革命ですから、『⇒アメリカを救う』というのは、最初の小手調べに一寸出したのです。ですから狙う所は医学の革命です。革命という事は、とに角今までのものは無くしてしまうという事になります。だからこれは世界革命ですから、大きな仕事です。その内でも医学というのは人間の生命を扱うものですから一番重要なものです。その重要なものに対する革命で、これは一つの戦いです。それで今までの世界で起った革命というのは小さなものです。私は共産主義も小さなものだと思います。何故と言えば、大体共産主義という、一つの主義に共鳴した者だけが、何と言うか、救われていると言うよりか一致しているわけです。それからどんな事をしても全部が共産主義に共鳴する事はありません。この医学の革命は最後においては世界全部が共鳴しますから、その大きさが違います。ただそれだけの大胆な革命は今までになかったという事は、それだけ根本的にはっきりされなかったのです。だからそれだけの革命ができなかったわけです。
「はっきり申しますと、新しい命をいただくわけでございますから」
そうです。だからどうしても共鳴せざるを得ないわけです。共鳴しないとすれば、まだ分り方が足りないわけです。
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「救世教は病貧争を無くすると言っているのに、反対するという事になりますと、その反対する人は病貧争が好きだという事になります」
そうです。つまり幸福拒絶という事になります。病貧争が無くなれば幸福になるのですから、それに反対するという事は、幸福が嫌いかという事になります。それでなければ“そんな事はない”と言いますが、そういう事を言うとすれば嘘を言う事になり、嘘は人を瞞ますという事になるから、それなら大いに言って来ればいいのです。ところが言って来る人はないのです。ですから私は、大学に行って実際に浄霊して見せてやるとか、医科大学に行って講義をしてやる、そうして質疑応答をするのです。そこにいくだろうと思います。そうして一方その場で浄霊をして、理論と実際とをやるのです。結局大学です。
「支部をやらせていただいて居りました時に、その地方での一寸偉い人などは最初は威張って居りますが、だんだん分って来るとペッチャンコになります。それと同じ様なものでございます」
そうです。こっちは本当だから、最後には嘘は負けます。それにはこっちの信者がうんと出来なければなりません。つまり共鳴して分った者が沢山出来るという事になるのです。ですから今に束になって信者になる者が出来るという事になります。だから、これでは医学は駄目になってしまうから、政府や専門家が、良いものなら取り入れ様、悪いものならつぶそうという事になります。ところが、つぶそうとしても、それはできません。
「こちらはもう試験済みなのでございますから」
そうです。実際その効果によって信者ははいっているのですから、そういう事を言うよりも、家族や自分が病気になった時は、それをなおして貰った方がずっと得です。しかし以前からそういう考えはありましたが、こっちにそういう準備がないとそれはできないのです。それと、相当の信用です。これだけ存在が認められる様になって、そういう事がボツボツ出来るわけです。結局時期です。しかし案外早く来ました。どうしても最後は医学革命という事になります。救世教の仕事というのは、今までにない事ばかりをやるので、世の中をびっくりさせるが、そこで、引繰り返る様な、恐ろしい様な、小気味の悪い様な、有難い様な、というわけです。
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箱根の美術館も今度開館すると、一寸びっくりする様な事になります。つまり浮世絵というのは世界的だから、浮世絵を世界一という事にしようと思ってます。版画だけはどうしても世界一にはなりません。ただ質だけは同じという事にはできますが、量だけはそうはいきません。
「この前も美術館の開館以来救世教に対する認識が変って参りましたが、今度は又大変なものと思われます」
そうです。それから浮世絵の肉筆は世界一の目安がつきました。それからメシヤ会館が出来ると、あの建築というものは世界の一つの注目を集めます。私は世界の新しい建築を始終見てますが、全然問題になりません。又その風景の良い所と、庭園と、建築と、これが一大芸術品の様になると、とに角外国から見に来るだろうと思います。だからそうなったら“救世教は新宗教だからどうだ”という事は問題ではありません。一ぺんに頭を下げます。それから箱根の美術館は外国に大分知れて来た様です。ロンドンタイムズか何かの新聞に出たらしい様です。外国では非常に注目してます。
「昨年の暮ですか、英国の大使が強羅ホテルに来ました時に、美術館に参りましたが、丁度閉館の時でございましたのでガッカリして帰りました」
今度の浮世絵展覧会を待っているでしょう。開館中には英国大使館の参事官が三度来たそうです。今別館の方はどのくらい出来ましたか。
「廻りを立ち上げて、十尺くらいブロックを組んでおります」
「別館が出来上りますと、又眺めが良くなります。紅葉亭がありました時は、なんとなく……」
安っぽかったです。外の宗教でもこっちの真似をしたがっていますが、美術館だけは手を付けられないのです。講演会とか映画とか、余興に浪曲とかをやっている宗教もある様です。
「今月の八日に生長の家が共立講堂で講演会をする様でございます」
そうですか。講演会が出来る所というと生長の家くらいでしょう。どうしてもインテリ型の宗教でなければ駄目です。南無妙法蓮華経では仕様がありません。
「現在の新宗教を見ますと、信仰の力というよりも、教会長とかの或る程度の霊力、霊感で引張っている様でございます」
そういう様なものです。
「生長の家にしても、谷口という人の文章的の頭の良さによっているのでございますから」
そうです。本当の霊力というものがないから仕様がないでしょう。
「名古屋には天理教の教会が沢山ありますが、非常に盛大にやっているのは一カ所くらいでして、後は逼塞(ヒツソク)の状態でつぶれていく様でございます」
発展がないのです。
「それで一番発展している所でも、今は発展しているが、それは私一代の間で、私の息子の代になると駄目だ、と言っているそうでございます。やはり狐か何かが憑り、当てたりしている様でございます」
そうです。肝腎なものがないから、いろいろ維持するためにはあの手この手を工夫してやっているに過ぎないのです。それでも、とに角天理教だけはどうやら勢力を保ってますが、後は仕様がありません。金光教などは今のところ全然ジリ貧です。今年一ぱいたつと、いろんな事が変って来ます。
「それは大変な変り方でございましょうから」
そうです。つまりこっちは太陽で、他の教えはみんな月ですから、月はだんだん光が薄くなっていくわけです。キリスト教は星くらいなものでしょう。太陽がだんだん昇って行けば仕様がありません。他は消えていくだけです。それで結局日本は救世教だけになってしまい、他は消えてしまいます。だからこっちの発展の早さというものは素晴しいものになります。これからの進み方はますます早くなります。おまけに今まで何んだ彼んだと妨害されていましたが、それが無くなりますから……。一番の事はアメリカあたりに信者が出来てくると大変です。大本教のお筆先に「燈台下は真暗がり、外国から分りてくるぞよ」というのがありますが、アメリカがいよいよ始まる事になれば、星のところに太陽が出るのですから、どうしても太陽を拝まなければならなくなります。太陽を拝まなければ拝む的がない事になります。そこで樋口さんは、名前もそうなってます。「グチ」は「クニ」という事になりますから、「ヒグチ」というのは「日の国」ですから、どうしても日本が……。それに今度の『⇒アメリカを救う』の表紙がそうなってます。
まだ時間がありますから、何か聞きたい事はありませんか。
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「自然農法の事につきまして御伺い申し上げます。田の土起しは、春の時と田植の時と二回しました方が宜しいのでございましょうか。春の時だけで宜しいのでございましょうか」
それはそこの土の固さによります。土が固まりやすい時は二度やっていいし、そんな必要がないと思ったら一度でいいのです。土の工合によるのです。 今日の朝日新聞かに、米の競争で、一等が反当六石一斗三升二合という事が出てました。約十五俵幾らかですから、十六俵穫ればいいわけです。種にも土にも肥料を入れなければ十六俵くらいはわけはありません。
「それにつきまして御奉告させていただきます。神光会でございますが、名古屋から長野に参ります途中の瑞浪という所でございまして、汽車からよく見えます所に畳一畳くらいのトタンにペンキで“自然耕作、金肥人肥は毒だ”という様な事を書いて出して居りますが、今年は反当十八俵でございました。今年で四年目でございます。先日その座談会の記事を提出させていただいております」
来年は是非朝日に出すといいです。それは断然いいですね。
「初年度は大して増収はございませんでしたが、二年目から目茶目茶に穫れました。又看板を大きくするほど多く穫れる様になりました」
看板のために神様は特に多くしなければならないというわけでそうなったのです。神様はうまくやられるわけです。
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「夫二人と死別れました戦争未亡人が再婚いたしました。婚家先で死んだ二人の夫の位牌を祀る事は宜しいものでございましょうか」
結構です。祀って宜しいです。できれば仏壇は違った方がいいです。向うの家のより小さくするのです。そうすると霊界で救われるから非常に喜びます。
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「自然農法につきまして御礼申し上げます。四年目でございます。量は二俵程度の増加でございますが、質は市では特等で、県では一等をとり賞状を貰っております。有難うございました」
二俵でも増えたのですから大したものです。
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「今般『アメリカを救う』が市販となりまして、一般人で救世教に触れに来る人が多くなるものと思われますが、これは準信者とみなしまして、栄光新聞をいただいて間配り、又座談会を開かせていただく等は如何でございましょうか」
結構です。大いにやって下さい。そういうのはみんな卵ですから、よく温めてやらなければなりません。
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「自然農法の場合に、種をまくにも時期が大切と思われますが」
それはそうです。土地によって違わなければなりません。
「箱根で大根をまきましたが、五日遅れても駄目でございます。丁度合った時期にまきますと、何もしないのに大きくなります」
それは大変なものです。箱根のどの辺ですか。
「ケーブルの向う側でございます」
では石はありませんね。寒い所だから大根などは丁度いいでしょう。
「早くまいた場合は虫がつきますし、遅れた場合は伸びません」
虫がつくのは種に肥毒があるのです。
(垂十七号 昭和二十八年二月十五日)