御 垂 示 録 (第八号)

三月一日

最初参考の為に一寸話ますけれども、私の後頭部に瘤がある。原因は歯に薬をつけた、それが段々行つて、ここ(後頭部)に固まつた。それで、どうも頭の具合が始終悪い。一昨年から気がついて浄霊した処が、段々溶けて来て、今約半分位になりました。丸で、骨みたいに固かつた。オヤ、こんな処に骨が――妙だなと思つて、押しても痛くないですからね。この頃半分位取れて来たのですがね。そうすると、最近眩暈がし始めたんです。相当グラグラしてね。之はおかしいな。何処に原因があるかと思つた。処が、ここ(後頭部)を溶かした為に、こつち(前頭部)に平均浄化が起つた。ははあ之だなと、ここ(前頭部)を溶かしたら、眩暈が大変良くなつた。そうしたら胸がムカムカして、今朝からここ(胸)をやつた。と言うのは、之(前頭部)が溶けて、胃に入つてムカムカしたのです。それで、今度はここ(胃)を浄霊した。そうすると、出掛けに便所に行きたくなつて、それで良くなつたんです。之(後頭部)を溶かす時分もムカムカしたが、今日のはここ(前頭部)だからね。今度はここ(胃)に来て、それから便所に行つた。やつぱりそういつた軟らかい、臭いものでした。で、やつぱり之(後頭部)がこう(前頭部)来て、こう(胃)来ている。一寸そう言う事は誰でもありますから、ここらを溶かしてね。そうすると胸が気持良くなる。それは、之(前頭部)が溶けていつたんです。今度は、一部を溶かすと他の頭の部分に平均浄化が起る。それが、こつちに行つて、それが下に行く。まあ便利には出来てます。それで、之を溶かしてから、非常に食欲が出た。だから、之(前、後頭部)が食欲と関係があると言う事は、随分不思議なものですよ。

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「最近御浄化が強く御座いまして、押してみますと何処も彼処も痛く御座います」

強くなる程、治りも良くなるしね。だから、よく自分でも、他人の色んな病人でも、必ず何処かに原因があるから、それを発見すれば良い。そうすれば楽になつていきます。それを、急所を発見しないで――急所をはずれてやるから、それで、思う様にいかないんですね。

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「六々(六○六号)の毒で御座いますが、之も一代では取れ切りませんので――」

六々は強いんだ。強いのは、六々と消毒薬ですね。それから漢方薬のゲンノシヨウコね。之が一番強いですね。六々(碌々)効きもしないのをね。ゲンノシヨウコでなくて、現に証拠ですよ。

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「私の母で御座いますが、大浄化を戴き、命も危ぶない処を御守護戴きました。医者も参りましたが、耳朶が真赤に腫上り、痛みました。原因が解らず、最近元気になつて聞きますと、三十五年前、耳に疵を致し、その時の御浄化と言う事が解りました。紫色になり、膿が出ました」

薬毒は三十年や四十年位は何の変化もなく、体内にあるものですからね。私が、今浄霊しているのは五十年前のですからね。十八の時に飲んだ肋膜の時の薬ですからね。大分良くなつたですが、横腹と背中の間の処に固まりがある。ここに穴をあけて水を取りましたからね。今のここ(後頭部)の歯の薬と言うのは、今年で三十七年目ですからね。

「一般では予防注射とか致しておりますが、この事が一秒遅れますと、一秒間の損失で御座いますので――」

大変なものですね。実に、今の人間は可哀相なものですよ。何でも医学の犠牲者許りですからね。昨日のラジオで、アメリカで肺病の結核菌を殺す、素晴しいのが出来たですね。結核菌は全部短期間に死んじやうのです。その薬は、日本に来るには半年か一年先だろうと言つてますが、それは菌が死んじやうから、肺病なんか直き治つちやうと、こう言つているけれどもね。副作用があつて――何んとかがあるので、それがいけないんだとか言つてましたがね。処が、結核菌を殺す事が出来ても、菌はわくんだからね。わかない様にしなくては駄目だ。そこが解らないのでね。だから「⇒主の文化」と言うのを、私は今書いてますがね。今迄は之(丸)丈だつた。点が入ると主の文化になる。今迄は結核菌を殺すのに一生懸命だつた。犯罪者が出ない様に一生懸命だつた。之(丸)丈なんです。之(点)は黴菌の元をやつつけちやうんです。だから黴菌はわかない。悪人とか不幸な人は、元をギユツとやつちやうと、悪人は出なくなる。それが主の文化ですね。中心の文化ですね。今迄は空つぽだつた。唯形丈で点がなかつた。それでメシヤ教は、つまり中心だね。ポチですね。ポチで救うんだからね。そこで日と言う字ですね。日と言うのは之(点)だからね。之(点)を主にしたものだからね。だから、昼の世界――昼の文化と言うのは、そう言つた様な意味なんですね。主の文化――つまり之(丸)が月の働きなんです。之(点)が日の働きなんです。つまり日月になる訳です。之(丸)は緯の働きで、之(点)は経の働きです。だから明主と言うのは、日月の主(ス)になる訳です。之は伊都能売になるのです。日がイズで、月がミズだから、火水で伊都能売ね。

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「博物館に御座います仏像、或いは国宝の仏像は、約何%が本当の芸術品で御座いましようか」

全部芸術品です。仏教芸術です。その内で、やつぱり良い悪いがありますからね。優劣がね。

「真善美を具有している――条件を具備していると言う事に当嵌まるので御座いましようか」

全部当嵌まるんです。

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「光琳展に富士の茶碗の隣に雨雲の茶碗が御座いましたが、之は芸術品で御座いましようか」

立派な芸術品です。それに就て話しますけれども、雨雲は三井のでしたかね。あれは良い茶碗ですが、一寸陰気な感じでね。それで、私はそう良いとは思わないんですがね。それよりか、あの隣に紙屋と言う茶碗がありましたがね。之は良いですよ。ずつと赤茶色でね。それから、富士は断然良いです。富士は光悦の茶碗では一番ですがね。有名なものでね。あれは、酒井忠正と言う伯爵が持つているんです。殊によると借りられるかも知れないから、そうしたら、美術館に出すかも知れませんが、あれは大したものです。あの時にも、博物館に貸さないと言つたんです――酒井さんがね。それを、皇太后陛下が居らつしやるんで、是非貸して貰いたいと言うんで、じや二日貸そうと言うので、二日の約束で貸したんです。それで、あの日に行つた者でなければ見てないんです。それをもう一日と延ばしたんです。その位大事にしているんです。あれは実に良いんです。本当に傑作ですね。あれは、日本の茶碗では第一等かも知れないな。井戸なんて言うのは朝鮮ですね。天目と言うのは支那ですね。日本製としては、光悦の富士が一番でしようね。あと、楽なんて――長次郎ですね。一番良いのは東陽坊と言うんですが、之だつて富士に較べれば段違いです。

「何焼きで御座いましようか」

つまり光悦の焼いた楽なんです。楽と言えば、本家は長次郎ですがね。それを光悦独特の楽式の焼方ですね。実に良い茶碗ですね。それから仏の話だけれども、博物館にある仏は、今国宝と書いてあるのは新国宝なんです。今度改正になつて、旧国宝と重要美術とから特に傑出したものが、今の国宝です。之は幾らもありません。二つか三つかです。良いですよ。藤原時代の物ですね。仏像の良いのは藤原時代ですよ。

「富士の茶碗を見まして、富士の絵が、子供の絵本の隠し絵の様に現われるのかと思いましたが、見えませんので、離れて見ますと、富士さんを表徴していると言う感じが致しました」

ああ言う物はみんなそうです。雨雲と言つても、鬱陶しい感じがしますからね。

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「不動尊を見ましたが嫌悪の情がわき、私は以前信仰しておりましたので、これでは申し訳ないと思いましたが、嫌悪の情を起すと言うのは美術品ではないと思いますが、如何なもので御座いましようか」

あなたは、未だここ(頭)が、美術を見る迄に至つてないんです。不動尊も美術品ですよ。

「嫌な感じが致しますのは、こちらの――」

そうです。大きさが小さい。もつと大きくならなければ。今に不動尊が良く見える様になります。中々良いですよ。良い彫刻のはね。私は大好きです。今度の美術館にも不動尊が出ます。毘沙門も良いです。それから今度、三越に明後日行つて見ますが、阿修羅と言うのをね。阿修羅と言うのは悪魔ですからね。けれども、之を芸術的に見ると何ともないんです。つまり芸術と言うのは、善悪を超越するんだからね。つまり総て芸術的に見ていくと良い。だから、芸術となると信仰とか、色々な事は忘れちやつて、美ですね。美しさを掘り出す訳です。

それから、さつきの国宝に就てだけれども、今新国宝と旧国宝になつている訳です。と言うのは国宝の内で、感心しないのが相当あるんです。今度非常に厳選して、旧国宝中から選り抜いて新国宝とするんです。全部から、つまり先の選び方は杜撰(ヅサン)だつたんですね。厳選して国宝を取るんです。前の重要美術品は、文化重要美術品と――そう言つた様な名称になつたからね。

「阿修羅は新国宝に入るので御座いましようか」

さあ、どうですかね。無論新国宝になりますよ。ああ言うのは、手続きが遅れてますからね。だけども、日本の仏像の彫刻と言うのは、大したものですよ。木彫ですね。どうも、日本のは良いですがね。世界一ですがね。支那の六朝仏が良いとしているが、日本の推古の仏像の方が上ですね。天平時代の仏像の――木彫の仏像は、ロダンなんて足元にも及ばない。大変なものですよ。みんな知らないからね。大騒ぎをやつているが、実に奈良朝の木彫と言うのは大変なものです。将来熱海に美術館が出来たら、仏教美術展をやろうと思つている。それは京都、奈良のお寺の彫刻の立派な物を残らず網羅して借りて、大展覧会をやろうと思う。世界中に広告して、半年位ね。世界的に紹介する訳です。それは不可能じやないと思うんです。本尊様は貸す訳にはいかないが、本尊さん以外のはね。処が、ああ言うのは、本尊さんは良い物はない。本尊さん以外に良い物がある。そう言つた事を、私はやろうと思つているがね。

「阿修羅は一億円と言う事を――」

新聞でしよう。おまけに毎日新聞が書いたんですからね。毎日が主催しているんです。だから値打がある様に書いたんです。仏でも、ああ言う大きい物は、買う人がないですよ。大抵、大きい仏像と言うのは、座席を取るからね。こつちは狭いからね。あゝ言う物は、やつぱりゴテゴテ飾つちや値打がないですからね。やつぱり、間隔を置いてね。

「高村光雲は、行く行くは国宝になると言う事で――」

もつと上手(ウマ)くなくてはね。鎌倉時代の仏だつて、高村光雲の方が下ですからね。良い物はとても足下にも及ばない。私なんかも、ははあと感心しないですからね。ボリユームがないです。

「玄々は如何で御座いましようか」

之は、兎に角鎌倉期以後の名人ですね。

「作が非常に少ないので――」

そうですね。

「三越で力を入れておりますが――」

処が玄々もまずい処があるんです。

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「昔は良い物が出来、今は出来ないと言う事は、何が原因で御座いましようか」 

経済上ですね、今だつて、上手(ウマ)いのがあるんですよ。あるけれども、グズグズしていると台所が片附きますからね。だから、思い切つて、ゆつくり出来ないですね。そこにもつていつて、元気がなくなつている。今の人は元気がないですね。元気がない一番の原因は種痘ですよ。途中で良い加減な処で、妥協しちやうんですね。何処迄もと言う根気がないですね。

「結局薬毒で――」

薬毒ですよ。種痘ですよ。だから凡ゆる芸術品は――音楽でもそうですね。私はよく長唄を聞きますが、新曲で之はと言うのがないですよ。やつぱり私が聞きたいのは、弁慶とか勧進帳とかですよ。西洋の音楽でも、シユーベルト、ベートーベン、シユトラウスと言つても、百年以上前ですからね。近代の音楽で、之と言う名作はないでしよう。

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「祖父が二十年前に井戸を二つ掘り、底がトンネルで連絡しております。今度井戸に蓋をし、その上に家を建て、一つは大光明如来様のお座敷の丁度下で、一つは次の間の押入れの下で御座いますが、パイプを入れ湯殿に引いております。入信以来本人が鼻茸が出来ておりますが、何か関係が御座いましようか」

鼻茸丈ですか。

「他には大した変つた事は御座いません」

それじや、良いじやないですか。井戸の龍神さんが――龍神さんにも色んな性質がありますよ。祖霊さんも居るし、割合に怒りつぽい龍神と、或いは仕方がないと、或いは祖先で龍神なんかは之で我慢してやろうと言うのもあるし、何もなければそれで良いんです。鼻茸は龍神と関係はないんです。

「時々カツとする事が御座いますが――」

それは神経だ。精神作用だ。龍神が、気に入らなくて、こうして貰いたいと言う時は、もつとはつきり、災難とかあります。それがなければ、龍神が承知したんだから、それで良いです。それは、使つた方が良いんです。龍神としてもね。それは、埋めると龍神は困るからね。埋めないから居所はあるんだから、唯幾らか気持が良い悪い位の異いだからね。龍神さんによるが、その儘で良いです。

「他の家に転居した場合に、後の人がそう言う事を知らずに埋めた場合は、どちらに祟りますので御座いましようか」

埋めた人の方に来ます。

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「御神前のお花が一輪丈枯れます事が御座いました。昨年夏十五の娘と父が胃腸を悪くし、治ると同時に生米を食べる様になり、各所に痛みがあり、逃げ廻ります」

龍神だな。

「その娘が五つの時、二階に上ろうとする時小さい蛇を見てキヤツと言いましたので、他の人が殺して前の池に捨てた事が御座います。取敢えず庭にお祀りし、お詫びしましたが、身体の痛みが取れると同時に手を振り、暴れ出し、御浄霊に参りましたが、突拍子もなく狸だと言いました。祀る事になつていた狸を放つて置き、近所の人が祠を壊して川に流しております。それも済ましましたが、今度は、大光明如来様の前に連れて行つて欲しいと言い、大変な苦しみで、隙を見て時々御守様を引ちぎろうと致します」

狐が苦しがつてね。

「狐の様な恰好になりました。私がこちらに参つて居ります間に亡くなりましたが、何の霊かはつきり解らない儘に――」

それは、こうなんです。前は龍神が憑いていたんです。祀ると空きになつていたでしよう。それで狸が入つた。それが空きになつたでしよう。それで狐が憑いた。そう言う訳です。

「それからは、父も母も生米を食べ、子供五人も好きになつております」

仲間がやつて来た。蛇の親戚家族一党がやつて来たんだな。この蛇はみんな子供だな。子供で迷つている。

「小さい蛇で――」

然し、蛇と言うのは、大きい小さいは分らないです。大きいのが小さくなるんです。信仰は何時入つたんですか。

「四年程前で、その家は教会として御奉仕させて戴いております」

祀られている親が、自分の子供を全部救いたいんです。そう言う場合は人間に憑るのが早いですからね。それはその儘にして、祝詞を聞かしたり、御神書を聞かしたり――そうすると、段々良くなります。光明如来様はお祀りしてあるでしよう。光明如来様に、蛇が――龍神が早く人間に生れ変る様に御守護願いたいとお願いして、今言つた様に、出来る丈言霊で――祝詞や御神書でね。やつぱり、蛇に落ちていると言う事はメグリがあるんだから、メグリがなくなつて来るから、今度は嫌でも人間に生れ変つて来ると言う様に、段々変る訳です。

「祠は月一回で宜敷いでしようか」

月一回で良いです。そうして、色んな蛇と言うのは、祖先に関係があるんだから、やはり祖先を救う意味になるからね。

「霊動は御座いません」

そうでしよう。つまり、別に先に悪意はないんだからね。救われたいんだからね。

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「苗代を深く高くし、籾を播きますと、どうしても自然農法では苗代が短かい為に、今度苗取りを致します時非常に取り悪(ニク)いので、四尺三寸の幅に溝を作り、その土を上にあげ、そこに五、六分の――」

四尺三寸と言うのは苗代の大きさですか。

「左様で御座います。そう致しますと根が伸びるのに、根切れが良いと言うので御座いますが――」

水を少なくするんですね。

「左様で御座います」

そんなのは、どつちでも良いです。問題ではないです。そんな事は極く支葉末節なもので、どつちでも良いです。つまり問題は肥料だからね。肥料がなくなれば良いんだからね。それから、よく肥料に就て――種ですね。あれは極く肝腎だからね。種が、肥毒がある肥毒がないのは大変な違いだからね、種を――種屋だとか――普通の処で分けて貰つて、関心を持たないが、割合肝腎なんです。肥毒の種をやれば何にもならないんですからね。農事試験場でやつた処が――無肥と有肥をやつた処が、無肥が成績が悪いと言うが、種にあるんだからね。農林何号だとか朝日だとかやるが、却つて悪いですよ。種が肥毒中毒になつているからね。

「現在は四年目の種があり、各支部に配つております」

それは結構です。もう一つは、私の言う通りしないんだ。水田に草を入れますがね。あれはいけないんです。私は藁と言つてあるでしよう。藁丈で良いんですよ。却つて、普通の草を入れると悪いんですよ。それで、又藁を細かく切ると言うのを、一寸とか五寸とか言う之もいけないんです。先ず一、二分ですね。

「動力の藁切機がありまして、五厘位にでも切れます」

そんなに細かくしなくても良い。一、二分位で良いです。

「草の堆肥が悪いのは、如何なる訳で御座いましようか」

理窟にはずれているからね。草は畑の堆肥です。草は、水田に入れると、浮いて流れちやつたり、土に混じらない。

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「母親が産婆で、四つ位の女の子が御浄霊を嫌がり、暴れますので、風邪を引いていたのを押えて致しました。暫くして肺炎の様になり、御浄霊は非常に嫌がります。実家が日蓮宗で御座います。産婆さんは入信致しておりますが、今でも日蓮宗を拝んで居ります。子供が御浄霊を嫌うのはそう言う関係で御座いましようか」

そうですよ。日蓮宗の狐が憑いているんですよ。苦しいからね。だから止したら良い。大体押えつけてやると言うのは嘘ですよ。神様の方では、嫌がるのを、押えつけてやるのは、飛んでもない間違いですよ。止した方が良い。産婆さんが、信仰に入つて日蓮宗を拝んでいるなら止した方が良い。

「前に子供が救われましたので――」

それでも解らないんだから、やる必要はない。却つて神様に御無礼です。だから、それをやつたメシヤ教の教師が、今迄間違つた事をして申し訳ないとお詫びしなさい。日蓮宗を止すから救つて貰いたいと言うのなら御浄霊してあげて宜敷い。

「最近手紙で解りましたので――」

聞いたら直ぐ、止せと言つてやると良い。

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「北海道で、六十頭の馬を持つておりますが、伝貧と言う病気で倒れます。蛇や(アブ)虻の媒介と云つておりますが、之に罹りました馬は何処を御浄霊致しましたら宜敷いでしようか」

伝貧なんて初めて聞きましたがね。やつぱり、何か原因があるでしようね。

「科学肥料の藁を使う為で――」

無論、そう言つた原因が――生れてから何か注射をするんじやないですか。

「予防注射を致します」

それですよ。普通じや絶対そんな事はないですよ。ちやんと育つ様に神様が造つてあるんだから、病気になるのは、人間が原因を作つているんだからね。予防注射ですね。症状は――

「トロンとして眠りたがります」

じや、馬の頭だね。頭から立髪ですね。

「私の方では、頭と全身を致しまして一カ月で治りました」

やつぱり、それで良い訳だ。

「伝染性貧血症と言うので御座います」

それで解つた。やつぱりそれで良いですよ。頭を中心にすればね。

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「百年前に実家が絶え、教師の家にお祀りしてありますが、一戸建てると言う事になつておりましたそうで、約束は実行しなければと言う事を話ましたが――」

それは再興してやつた方が良いですね。喜びますよ。

「本家に跡取りがなく、分家より女が行き、それが嫁に参り――」

じや、本家には跡継ぎがないんですね。

「分家には男が出来ております」

成る程ね。然しそれは、必ずしも本家を継がなければならないと言う訳もないんですがね。分家の方が中興の祖先と言う事になるな。それでも差支えありませんよ。

「分家がやつてましたら宜敷いので――」

それで良いです。

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「教会を作らせて戴きましてより六年になりますが、色々と邪魔をされます。先妻の子が居り孫も居りますが、一家入信致しております。息子が大光明如来様をやぶいたり致します。然し、色々と御浄化を戴く度に良くなつてはおります。教会に一緒に居る事を嫌い、他に行けと言います」

霊が憑るんですよ。そうすると、あなたがお嫁に行つた時は、先妻が亡くなつてからでしよう。亡くなつてから、何の位経つてからですか。

「その間に三人妻がありまして」

みんな生別れじやないんでしよう。

「生別れで御座います」

今の、反対する子供の母親か何かが祟つているんじやないかな。それが未だ執着が取れないんだね。その母親は祀つてあるか、分らないのかね。

「私の家の墓に一緒にし、お祀りも致しております」

あなたの処の仏さんに祀つてあるんですね。それは、段々良くなりますよ。だから、息子に対してあなたが、止(ト)め様とか注意とか、出来る丈やらない様にするんだね。放つたらかして置くんです。

「主人が、別居した方が邪魔が入らなくて良いんじやないかと申しますが、何う言う処置を致しましたら宜敷いでしようか」

だから、あなたは出来る丈干渉しない様に、勝手にやらせる様にするのです。それから、今の主人の言つた事は――別居すると言う事は、極く良いですね。

「私は、負けてなるものかと、一生懸命――」

それは違う。そのあなたの考え方がいけない。出来る丈負けるんです。

「親族会議を開いたり致しまして、色々と申します」

そう言われたら『あなたの言う事は御尤です。私も是非そうしたいが、どうもそう言う訳にはいかないので、どうにも仕方がないんですよ』と言うんです。

「私もそう言う様にいつております」

そうして、成る丈柳に風みたいにして、時節を待つているんです。

「二十三回忌が来ましても、浮ばれないので御座いましようか」

それはそうですよ。浮ばれないですよ。

「因縁か曇かと思いまして――」

因縁と曇と両方です。だから、今言つた様にしなさい。

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「温室を致しておりますが、今迄無肥料で致しませず、立ち枯れ致します。トマトがアメ玉位の大きさになりますと、グサツト落ちます」

それは肥毒だ。

「何う言う心構えで致しましたら宜敷いでしようか」

肥料さえやらなければ良い。そうすればピンピンして来る。

「井戸水を使用致しておりますが――」

水は井戸だつてどつちだつて良い。無肥料にしてやつて御覧なさい。素晴しいですよ。

「客土してメロンでも致しました方が宜敷いでしようか。トマトは半作迄もいきません」

肥料をやらなければ段々良くなつていきますよ。もう大分育つたんでしよう――無肥にしてね。その儘にしてやつたら良い。そうして浄霊をやるんです。

「土に御浄霊致しますと、肥毒が消えますので御座いましようか」

土にやつたら良い。浄霊と言うのは、肥料を消す方法ですからね。

「今迄の肥料を消しますので――」

今迄の肥料を消しますよ。土を出来る丈やれば大丈夫です。

「今の温室は不自然に思われますが、やはり肥料を使わない方が――」

あなたは何うかしているな。温室は不自然じやありませんよ。温室は気候を変える丈のものですよ。肥料とは全然違いますよ。肥料は毒を飲ませるんだからね。人間だつて、冬はストーブをやるでしよう。ストーブは差支えないんですよ。だけども人間だつて、毒を飲んじや駄目です。

「藁を入れますのに、適当な量は何の位で御座いましようか」

良い加減で良いです。つまり、藁と言うのは肥料じやないでしよう。根を暖める程度ですからね。

「順に藁を減らしまして――」

何時もやるんです。気候が違つて来れば、順次――暖かい処は、あんまりやらないんです。寒い処程やる。暖める為にね。

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「金気のある水は、飲料水にはいけないので御座いましようか」

飲めれば良いでしよう。医者の方では、却つて鉄分があると言つて良いとしているですね。

「砂で濾しますと綺麗になりますが――」

それは、濾した方が良いですね。

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「十年程前より神経麻痺の方で、御浄霊で大変楽にはさせて戴きました。龍の墨絵の軸が御座いますが、先日御伺させて戴きまして、関係があるかも知れないので、御神前に置く様にと御教え戴いておりましたので、それをお伝えしましたが一週間程で、気にする事もないと箱に仕舞つたそうで御座います。先日見て呉れと申しますので、見ました処、妖気を受ける様で、未だ未だ御言葉通りにした方が良いと言い、祝詞を奏上致しますと、風もないのに御神体丈が五寸から七寸位離れまして、非常に揺れまして、十五分位続きました」

最初、龍神は光明如来様の前に置けと言つたでしよう。そうですね。それから一週間経つてから箱に入れたんですか。それが大変な間違いです。それは、あなたがその人にお詫びさせなければならない。私の言う事を――私が一週間丈で良いと言つたのなら良いが、私はそうは言わないでしよう。唯置いておけと言つたでしよう。そうしたら、半年なら半年、一年なら一年経つてから、私に聞くのが本当でしよう。それを、あなたが聞かないと言うのは間違つている。それを気がついて言うのが本当です。私が、こう言つたのを、勝手に人間の方でやると、お咎がありますよ。ですから、御神前に置けと言つた以上、置いておけば良い。それで、背(ソム)いた事を本人に良く言つて、光明如来様にお詫びする様に言う事があなたの務めです。当分ですが、巻く時は私に聞いて巻くのが本当です。

「巻いた儘で宜敷う御座いましようか」

巻いた儘で良いです。何か台をしてね。

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「後妻で御座いますが、先妻は離縁した時に亡くなり、祀る人が居らず、キリスト教で姉が祀つておりますが、気になりますので御座いますが――」

祀つた方が良いです。

「戒名は改めて――」

坊さんに頼めば良い。その代り先妻は先妻なりに、余り立派にやつてもいけないです。立派過ぎると、霊が苦しがる。

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「一年程経ち、子供が小児麻痺になり、三年程で少し良くなり、昨年違つた霊が憑つた様で、急に赤ちゃんの様になり、少し物が言えたのが、言えなくなりました」

赤ん坊の霊です。

「本家の姉がお産の時、胎児が大きく骨盤が小さいと言うので、病院で子供を切りきざんで出そうとして、親子共亡くなつております。祀つて上げたいと言うので――」

結構ですね。祀らなければならないです。

「男女の別が分りませんが、何う言う位牌に致しましたら――」

それは、男らしいな。男としてやれば良い。

「男の名前をつけまして――」

そうです。やつぱり坊さんにね。

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「住居が小さくなりました場合、以前からあつた仏壇を小さいのに変えます事は――」

相応すれば宜敷い。

「前の大きな仏壇を売ると言う事は宜敷いので――」

構わないですよ。要らなくなつたらね。

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「前にお伺い致しました雨漏りした御神体で御座いますが、信者さんと相談致しまして、お焼きすると言う事に――」

尚結構です。良くお礼を言つてね。

「支部の御神前でお礼を致しお焼きしまして――」

それで結構ですね。

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「歯医者で御座いますが、信者の場合は、歯を取る時に薬を使いませんので――」

薬を使つちやいけませんね。又痛みますよ。

「神経が出ている場合には――」

神経を殺すんでしよう――亜砒酸でね。それはやつても良いです。麻痺剤を注射してね。

「神経を取りました後に、御霊紙を詰めますのは――」

そんな事しなくても、薬さえつけなければ――その時消毒薬を使わない様にするんです。

「オキシフル、アルコールもいけませんので――」

アルコールは構いません。オキシフルはいけません。

「未信者の場合には――」

未信者の場合もその通りです。今言つた通りです。

「腫れた後、御浄霊を致しますと来なくなるのが居ります」

結構じやないですか。つまり治つて来なくなるんでしよう。あゝそうか、おかしいと思つて来なくなるのですか。そう言うのは、止した方が良いです。唯、未信者でも非常に痛がるのは、之は薬でやるよりか、私が他の方法で痛みを治す方法を知つているからと、一応、そう言つてやつたら良いでしよう。それは、あなたが断れば良い。痛いのは毒が固まつて溶けているんだから、腫れれば腫れる丈結構だからと、理解させてやつたら良い。それで解らなければ仕方がない。

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「大きい欅の木を切り、日蓮宗の行者より、天狗が憑いているから祀らなければいけないと言われ、祀つてありましたのを、光明如来様をお祀りさせて戴きましてより、床の間にあつたのを縁側の棚に移しました。女の子で右腕が細いのがをりますが、御浄霊で良くなつてをりますが、祀り方が行届かない事と関係が御座いましようか」

ないとも言えないがね。大した事じやないがね。兎に角木は、凡て代りの木を植えて――欅なら欅をね。そうしてお移りを願いたいと言うのが一番良いんですよ。

「腕は大きくなるに従つて良くなりますので御座いましようか」

良くなりますよ。今のは欅を植えてやつてから、祀つてあるのを処分すれば良いですよ。その方が喜ぶんです。

「処分して宜敷いので――」

そうです。此処に代りの木を植えたからと言つて、それから処分すれば良い。焼けばね。

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「御屏風観音様の側に玩具みたいな狐が祀つてあり、ガラス箱に入れてあります。引出しに紙に書いた法名を入れてありますが、鼠のミイラが一緒に入つてをりました。狐を仏壇から出しますと、三つになる男の子がキヤツと云い、物凄い引附けを起し、御浄霊で治りました」

鼠は別に先祖に関係がある訳はない。誰かが、引出しに入つた鼠を閉めて殺したんだね。

「狐は――」

狐は憑いているんですね。仏壇の中にあるのはいけませんね。屏風観音様を祀つてから何の位ですか。

「三年位になります」

仏壇の外なら構いませんが――横なら良いですがね。狐によつては非常に執着のある奴があるからね。光明如来様は何時ですか。

「四年程前で御座います」

じや、大した事はないな。じや、その時狐にお断りしてすれば良い。あなたを今迄ここに祀つて下さつたけれども、今度は光明如来様、屏風観音様をお祀りしたから、元の処に――それは、先に豊川稲荷とか伏見稲荷とか信仰したに違いないから――元の処にお帰り願いたいと、御礼を言つて処分すると良いんです。それがないと怒るんです。

「何処から誰が持つて来たか分りませんので御座いますが――」

そんな事は構はない。そう言えば良いんです。

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「胃潰瘍、胃下垂で、一時間以上しても寒気が治り悪(ニク)い場合は――」

何処を浄霊してますか。

「肩胛骨と脊柱の間、胃の裏を致してをります」

もう少し下ですがね。大体裏に、何しろ固まりがありますよ。それから、着物の上からでも解りますが、一番熱い処があるから、そこに毒がある。そこを浄霊すれば良い。見当違いしているんです。着物の上からでも、一番熱い処があるから、そこを浄霊すれば良い。

「寒気は、他に何かあるので御座いましようか」

寒気が其処ですよ。

「微熱と言うものも、各処に御座いますのでしようか」

各処にありますよ。その人は他にもありますが、そこが一番の因(モト)ですよ。

「何分位で冷めますので御座いましようか」

色々です。五分でも冷めるでしようし、三十分位のもある。毒の量と強さによつてね。

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「胃潰瘍の御浄化にて、御守護で食事も摂れる様になりましたが、喉頭結核で死亡致しました。家の人も全部お縋りしてをりましたが、親戚が信仰も良いが、薬もやつて呉れなければ困ると言うので、医者を連れて来ました。一歩譲つて、医者と――」

絶対にいけないです。あなたは、そんな生半熟な考えだつたら、あなた自身も信仰を止(ヤ)めた方が良い。医者と両方やると言うのは、ザルに水を汲んでいる様なものです。神様に大変な御無礼ですよ。絶対にいけない。然し、事情によつてはそうもいかない事もある。仮りに病院に入つている場合に、是非にと頼まれて、やつて貰いたいと言う場合に、医者と両方になるがね。親戚とゴタゴタしているのは、手を引きなさい。親戚一党も賛成してお願いするならばやつても良いがそれでなければ止(ヤ)めた方が良い。

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「御教えを実行させて戴きますのに、次々と破綻が来ますが、神様にお詫び致し、出来る様にならなければならないと思いますが、効果が御座いません」

例えばどんな事ですか。余り抽象的で解らないがね。

「算盤と能率の場合も非能率的となり、大乗と小乗の場合も出来ませず、人に反感を買つたり致します」

それは、それで良いじやないですか。最初から、人間は思う通りにいつたら、その人は命がなくなつちやうよ。年中、自分の思う様にならない処を、思う様になろうとする処に人生があるんだからね。思う様になつたら世の中は面白くない。第一、人の事でなく自分自身が、自分の思う様に出来ないんだからね。自分で自分の思う様に出来たら大したものです。だから、それを思う様にやろうと言う処が人生なんだから、それで良いんです。何も心配する事は要らないんです。だから、神様の思召し通りになる。どうにもならなくて困るから、ならせ様ならせ様とする処に、その人に値打があるんだからね。

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「子供が亡くなり、遠いので、経済的に行かれないので、墓地を新しく作りましても宜敷いでしようか」

良いですよ。そう言う理由があればね。

「主人の墓地を子供と一緒にと言うのは、如何で御座いましようか」

それはその方が良いですね。

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「稲荷を、入信して間もなく処分致しまして――」

それはいかんな。

「中は空つぽで御座いました」

そう言うのはあります。それなら良いですよ。空つぽなら差支えないです。

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「結核で死亡致しました者で御座いますが、死ぬ前に『光明』の御守様を戴きたいと言つてをりましたが、都合がつきませず、今度戴きまして位牌に掛けさせたいと申しますが、如何致しましたら宜敷う御座いましようか」

やつぱり御守を戴いて、位牌の側に置きなさい。それは一周忌迄ですね。一カ年ですね。そうしてあげたら良いです。つまり執着がありますからね。執着が取れますからね。

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「死産した者に救世教の教師に名前をつけて貰いたいと言うので御座いますが――」

それはいけませんよ。未だこつちはそう言う何はないからね。

「お寺から――」

そうです。それは結構です。

「死産した場合には、届け丈で済ましてをります処が御座いますが」

祀らなければいけないですよ。五カ月以上は祀れと言う事を言つてありますがね。

「姑が、そんな事は不必要だと言いますが、やはり祀らなければいけませんので――」

そうですよ。今に祟りますよ。

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「脊髄カリエスの場合は浄霊しませんでも、ギブスをはずさせた方が宜敷いので御座いましようか」

良いですよ。ああ言う事をするのは非常に間違つている。若しはずさなかつたら、しなかつたら良い。

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「美術品を鑑賞します場合に、外から見ると言う事に満足しないと言う場合に、本当に特殊な人丈は、手に取らせて――」

それは嘘なんです。特殊な、手に取つて見るのは茶器ですよ。ですから、茶人は茶人同志の一つの附合いになつて、ある日と時を定めて、そう言う事を楽しませると言う事は、又別なやり方なんです。ですから私は、そう言うやり方をするかも知れませんが、美術館のやり方ではないんですよ。

「三階に日本間をお作りになられますので、その様な事かと――」

それは、やるかも知れませんが、三階の日本間の根本は、外人に日本間で鑑賞させたいと言う様な意味で、外人に日本風の感じ――日本間の感じを味ははせたいと言うのが主因なんです。だが今言つた様な、茶の心得のある人が、鑑賞したいと言う時に、時を定めてやる事もあるだろうと思いますが、はつきりは言えないんです。茶碗丈ですよ。茶碗を触らなければ満足しないと言うのがありますよ。こう言う好きな人にはね。

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「御開眼戴きました大黒様にヒビが入りまして俵が二つに割れました」

直せば良いんです。

「耳の横は」

直せば良い。木を埋めて貰つて直せば良いです。

「顔の真中に」

鼻でしようね。顔の真中には鼻がある。鼻は特に丁寧に直さなければならない。鼻つ柱とか鼻つ面とかね。

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「三越の阿修羅の腕の一番下の指の爪が取れてをりますが――」

古いから取れたんでしよう。

「値打に於ては――」

取れない方が良いですよ。満足なのがね。

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「御霊紙の戴き方は、日水土の意味で、三つにして戴くので御座いましようか」 

そんな事はないですよ。一つで良いですよ。

「痔に貼らして戴いた時の処分は、如何に――」

焼いて了えば良いです。

「御霊紙を戴きますと、御浄化が促進し、毒が強く寄りますので、顔等の場合は痕跡が残りますが、その場合には――」

痕跡も少しの間ですからね。

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四月一日

「最近世界では神霊現象が非常に盛んに起る様になり、その研究も広く行われる様になりました。教団内部に於ても神霊現象が聞かれる様で御座いますが、その場合に、正しい霊が憑ると言う事は少ないのではないかと思われます。偶々憑りましても、何時も正しい霊とは限らないので、茲に審神と言う事が重大になるので御座いますが、教団内部に於てそれが行われておりません。その例として、正しい霊であると本人も錯覚し、それを聞き伝えて、それが教団の主義と反する言動を弄して、教団に波紋を投げんとしております。之に就きまして明主様より御指示を戴きたいと存じます」

それは書いてありますがね。読めば良く解りますよ。神憑りに就いてはね。幾度も書いてありますからね。神憑りと言うのは、全然いけないと言う事も出来ないし、それから常に良いと言う事も出来ないんです。良い場合もあるし、悪い場合もあるんですね。唯、その人の信仰がしつかりして居れば、悪い霊は憑らない。又側に居る人に、悪い霊が憑つて、瞞そうとしても駄目だから――それは霊が良く知つてますからね。憑りませんよ。そこで、悪い霊が憑つて良い加減に瞞まされると言う事は、その人の信仰が浅いとか、心の持ち方が違つているからやられたんだからやられて色々するのは、一つの浄化作用だからね。それでその人が、結局良くなるんです。神様がやつているんだから、之が良い之が悪い、と解釈するそれが悪いんです。本当に悪ければ、私がピタツと止(ト)めます。結局に於て、何んだと言うと、御神書を読む事と、信仰が固くしつかりなる事と、それです。あとは何んでも間違ないでいくんです。

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「金を出さなくても命を捧げれば良い。だから『金を出せ』と言う幹部は邪霊が憑いている。又お前達の家庭が地上天国になれば、それから奉仕すれば良いんだ。先ず家庭が地上天国の形になつてから説くのが当り前だ。と言う事で、波紋が起きております。それで私は、キリストは天国は近づけりと言い、釈迦は抜苦与楽を説いた丈で、明主様は地上天国を御造りになられるのだから、金も要ると言う事を言つても、徹底しないので御座います。明主様よりも――」

良く話しましよう。よく、やたらに命をあげるとか命を捧げるとか言うが、甚だ迷惑なんです。命を貰つても何んにもならない。命より金の方が余程役に立ちます。命があつてこそ御用が出来るんだからね、だから、命を捧げる事丈は止(ヤ)めて貰いたい。命を捧げないでやつて貰いたいですね。命を捧げると言うのは、軍国主義の遺物ですよ。軍隊で「命を捧げよ」と言う一つの道徳を作つたのです。

それから金ですが、余裕が出来て、その中の出せる可能性のあるもの丈出すと言う事も合つてます。それで良いですよ。それ丈じや、自分は気が済まない。之丈のお蔭を戴いて、命迄あげたいと思う事は構わない。教団に、少しでもお金の御用させて戴きたいと、之も良いです。他のものを倹約してあげる。之も本当です。どつちも間違つちやいない。その人の思う通りで良いです。之が間違つている、之が本当だ。と決める事が間違いでその人の信仰の浅い深い――その程度に依つて考え方が違うから、それで良いです。家が物質に困らないで、良い状態を人に見せると言う事は大変結構ですよ。唯、どつちも考え方は良いんですが、極端に行くといけない。そこが伊都能売で行かなければいけない。お金を御奉仕したいと言うのに、家がピーピーしているのにあげると、世間の人が見て、あんなにピーピーして、とてもメシヤ教には行けないと、そう迄してはいけない。併し又、余つたら一つ御用をしようと言う――それ丈になると、大変お蔭を戴く事に対して適当しない事になりますね。お金をあげると言う事は、神様に御礼をする事ですからね。本当から言えば、無い命を戴いたとすれば、沢山――全部あげても良いですよ。較べて御覧なさい、「お前財産が良いか、命が良いか」と言えば、命が良いと言うに決つてますからね。命が無くて財産許りあつても、しようがないからね。それも理窟に合つてます。そうかと言うと、お金をあげる事が、親戚から見て「幾ら命を貰つてもあれじやしようがない」と、誤解を受ける様でも良くないからね。だから、程々ですよ。丁度良い位ですよ。  それから、皆罪の重荷を一杯背負つてますからね。病人を助けるのも結構だし、金の御用をして、早く地上天国を造ると言うのも結構ですし、そこが丁度良い処ですね。中々難かしいですがその人なりに、自分はこの位が良い、こうすべきだ。と言う程度にやれば良いんです。それで、そう言つた信仰の関係や理窟は、御神書を読んで、教師は私の話を、質問したり聞いたりする事。それから不断、先輩の先生――資格者から聞いたり、質問したりして、段々磨いていくんです。

一番いけないのは、あの人はあゝやつちやいけない。あの人は間違つている。と言う事がいけないんですよ。人の良いとか悪いとか言う事は、人間には解らないんだからね。神様以外には解らないんだからね。あの人は邪神だとか、邪神が憑いているとか言う事は、神様の為さるべき事を犯しているので、大変な事です。だから、人を見ないで自分を見るんです。自分は間違つているかいないかと見るんです。それが本当の誠です。人の悪い事を諌める――注意するのが良い事と思つているが、それが大変な間違いです。一般社会ならそれで良いですが、此の教団の信者になつた以上はいけないんです。若しその人が間違つていれば、神様が捻つちやいますよ。何でもないです。若しそうでないなら、人間が神様の力より上になつちやう事になりますよ。それで、今度書きましたから、新聞に出します。そう言う点に於て、世の中と余程違いますからね。それが信仰の妙諦なんですよ。

結局、何んでも決めるのがいけない。決めると間違う。決められない事もあるんだからね。だから、大体決めてはいけないと言うことにして、それから決めなければならない事は決める。それは、事と次第によつて色々あるんだから――決めないと決める様にするのもいけない。そこが千変万化、幽玄微妙の境地なんです。だから、それに少しでも近寄つて行けば、その人は本当に身魂が磨けているんです。之は今迄の信仰にはないんです。之は高い信仰なんです。そう言う人の信仰は間違ないんです。それが真理なんだからね。

そう言う頭で物を考えると、兎に角面白いですよ。世のなかのことをそう言う考えで見ると、非常に良く判る。それが大乗と言うんですよ。大乗道は芯になるんです。処が、小乗人間に大乗を説くと、往々間違があるんでね。大乗はやたらに説けない。だから、覚りで行くんですがね。覚りでいつて、その人が会得すれば大したものです。仮りに共産主義はいけない。ソ連はけしからんと言つているが、今日本は、ソ聯の為に助かつている。朝鮮問題を起した為に、日本の経済が萎縮していたのが、兎に角、息を吹返したんですからね。その為に、日本はアメリカから優遇されてます。こんな結構な、今迄例のない講和と言うのはないですよ。それはソ聯の為なんです。日本がソ聯の方に引込まれちや大変だからと、アメリカは日本を助けている。と言つて、ソ聯は何うかと言うと、けしからん。他の国を侵略する。そうでしよう。朝鮮には大変な悪魔だが、日本には大変な良い事をしている。そうすると、どつちに決めて良いか分らない。之が大乗道です。教団の中にも、間違つた人や、色々な人が居ますが、本当にいけなければ、私が注意を与えますがね。注意も、為すべからずとか、それを止(ヤ)めろとか――そう言う事は言いませんがね。若し人が間違つても、この人は間違つた事をしてその為に覚ると言う事もあるんだから、矢張り頭をぶつけさせます。すると、あゝ俺は間違つていたと覚る事もある。御神書を読んでも分らない人は自分で苦しむんですよ。それで覚りを開くと言う事もある。間違つた事をさせて置けば良いんですよ。「あの人はこう言う事をしているが、あれは注意しなければいけない」と言うが、私は、「あの人は今に頭をぶつけるから、それから言つた方が良い」と、その通り頭をぶつつけさせます。又人に依つては、そう言う苦しみをしなくても覚り得る人もある。そこで、人間はその人の行為に依つて善悪は決められない。それが大乗ですからね。そこ迄心得て、そこ迄信仰が深くなると、私は色々言います。

私が――昔ですが、「私のことをこう言う悪口言つている」とか「こう言う事言つている」と言うと私は大笑いをするんですよ。可笑しくてしようがないんでね。自分で不思議になる。私は悪口を言われると可笑しくなる。自分で、悔しがりそうなものですが、悔しがらない。相手が可哀相になりますがね。可笑しくてしようがない。それから、私が笑つて居ると、相手は張り合いがなくなるんです。人に依つては人を威かしたりして、一つの興味を覚えるのがある。併し私に言つても、私は笑つちやうからね。相手にならないのです。人から悪く言われると言う事を、一寸でも気にする様じや未だ信仰が浅い。何故ならば、我々は人を相手にしているんではない、神様を相手にしているんです。神様にお気に入られれば良い。人間と言うのは本当の事が解りつこないんだからね。一生懸命にして、人が見て呉れないと言うのは、人間社会での通例のこととし、そんな事は気にしないで、神様にお気に入られる事です。神様にお気に入られると言う事は、何う言う事かと言うと、人を助ける――一人でも病人を助ける。健康にする。一人でもそうだから、十人百人となると、お気に入られるから、それを行つていれば良い。ややこしく考えればややこしいが、簡単に考えれば簡単なんですよ。それで信者も多いし、今に段々増えて来ますがね。中には間違つた人もあるし、飛んでもない人も来ますよ。多い中にはね。けれども神様はそれを多勢寄せて――それは因縁のある人ですがね。因縁に就いても話しますがね。それから選り別けるんですよ。選り別けた結果、何うしても役に立たない――こう言う人間は居ない方が良い。住む資格がない者だと言うのが幾人かありますね。そうすると、その人間を教団からつまみ出さなければならない。教団の方で出すと、先方が怨む――怨むと、その想念が邪魔するから、怨まない様に神様は一つの間違つた事を造るんです。之が因縁なんです。そうすると、そのつまみ出され様とする人が皆信ずるんです。だから、神様が丁度良い様にする。あの人は教団から離れる、惜しい。と気を揉むが、神様はそう言う必要があつて――教団からつまみ出す指導者を作るんです。

それから面白いもので、私は前から金を損するんです。信者さんの血や汗の金ですからね。出来る丈使わない様にするんですが、何時の間にか無くなる。ヒヨツと瞞される――瞞されると言うが、馬鹿々々しい無駄な金を毎年使うんです。何んだと言うと、信者さんから寄附金が来ますが、その金の中に、段々洗いあげて行くと、やつぱり不純なものが――穢れたものが出来るんです。何の金が穢れている、何の金が穢れていないと言うんじやないんですよ。神様は全部の金を選り別ける――浄化ですね。そうすると、カスが出来る。それ丈は何うしても、地上天国を造る上に於て使う訳にはいかない。それ丈は何うしてもなる。この間の自動車――あれもそれなんです。ですから、之は大乗的の説き方ですがね。大乗から見ると、人間の判断では簡単に分らない事が良くある。それですから、何かあつた場合でも、大きな――全体的に大きな見地から考えて大体分る訳ですよ。

私は今迄、あの人は悪い、気を附けなければならないと言われても、矢張りその人を使いもするし、会いもするし、色々やります。やつぱり大局から見ると、何かお役に立つ事をしているんですよ。で、之は大本教のお筆先に「今度は三千世界の大芝居だ」と言う事があるが、これは面白い事ですね。つまり芝居なんですよ。芝居と言うものは善人許りじや芝居にならないんです。悪役がなくちやね。善人が悪人に苦しめられるという事が、一つの、狂言の筋なんですからね。そう言う点から言つても――教団には悪役はないんですが、その人の考えが、良いと思つて――信者の為だと思うんですね。神様の為だと思うんですが、それが智慧が足りない為に間違つた事を良い事と思う事がよくあるんです。叡智ですね。神様の為と思うが、そうじやなくてお邪魔になる事があるんです。叡智と言うものが必要なんですが、叡智と言うものは相当の修行しないと得られないんです。又互に言い合つて居ることに、話を聞いて見ると、どつちも合つている場合がある。それも芝居の役としてやらせられているんですから、だからさつきも言う通り、一番まずいのは決める事です。よく、邪神々々と言いますが、あれが一番悪いですね。之は口にしてはいけないですよ。邪神だつて良い働きするんだからね。神様には必要なんです。自分が邪神にならなければ良い。人の邪神は気にする事はない。大きにお世話です。だから私は今度も書きましたが、人を邪神だと言う事を言う人があるが、それはその人が神様になるので、神様の地位を犯しているんだからね。邪神と言われるが、言う人は大変なものですよ。神様の地位になるんだからね。神様じやない、人間とすれば、大変な冒涜ですね。神様になつちやうんじやなくて、神様の上になるんだから、この人は本当の邪神が憑いていると言う事になる。第一邪神か邪神でないかと言う事は分るものではないですよ。狐が憑いているから邪神だと言うが、狐だつて立派なのがあるんですよ。若し必要がなければ、神様が無くしちやいますよ。必要だからあるんでね。善悪を決めると言う事は中々難かしいものですよ。あいつは邪神が憑いてると思う。その思う事は良いが、あいつは邪神だから気を附けろと人に言います。と、言うことが罪になる。あの女は、俺は惚れた。あいつは良い女だと、それ丈は構わないです。仕方がないですからね。キリスト教では、姦淫の罪になりますがね。けれども手を握れば、そこで罪が発生する。こう言う話は幾らしても切りがないですからね。その位にしておいて――。

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鉱物見ましたか。之は、鉱物の知識がない人は、立派だとは思いますが程度が分らない。私は二十年前から鉱山に趣味があつて、時々やりました。暫らく休んだり、一寸手を出したりしましたが、恐らくこの位の鉱石と言うのはないです。実に大変なものです。之は鉛、銅、亜鉛の三種ですがね。ピカピカ光つて結晶しているのは、閃亜鉛ですね。光つていて黒いのは鉛ですね。方鉛鉱とも言いますがね。それから黄色く、真鍮の粉が附いた様になつてますが、黄銅鉱ですね。銅はあれが多いです。銅は黄銅鉱に限らず、斑銅鉱等色々ありますが、一番多いのが黄銅鉱です。之は大変な鉱石で、之は矢張り神様がちやんと用意してあるのです。水上と言う、温泉で有名ですが、現場は駅から約三町位です。恐らく駅にこんなに近い鉱山と言うのは日本中にないと思いますね。大抵鉱山と言うのは、駅から、県道を何里行つて、山に入るのに村道が何里とか、大抵そう言うものです。駅から三町と言うのは、丸で――宿屋か何かですよ。片つ方は水上温泉こつちは山ですからね。この山は去年買つたんです。秋田は前からやつて――今もやつてますがね。山が大きいので、遠大な計画を立ててますが、いずれ之も大した山になると思います。水上の山と言うのは、去年拳大位の鉱石を持つて来たんです。見ると大変な素晴しい物です。直ぐ買おうと買つちやつたんですがね。普通鉱石を見た丈で買うと言うのはないですよ。山に見せにやるとか、こつちが見に行くとか、相当分析して研究してやるものなんですがね。そう言う点は、私は非常に早いです。それは、神様の方から、そういつた何がありますからね。で、やり始めて――極く小さくやり始めて、去年の秋私が山に行つて見たんですが、前には細い脈があつたんですが、それをボツボツ掘つているけれども、どうも之は駄目だ。もつと下でなければ駄目だと言うんで、下を掘ろうとした。処が、下に昔掘つた坑道があるんです。坑道と言つても十間位のものですね。坑道がある其処の処を探らした処が、三十年前にやつたものの為、落盤とかで、半分以上埋まつているんです。其処をやらせて――何しろ元坑道があつたものだから、旨い具合に進んで行つた。五、六と言つて、五尺に六尺の高さですね。之は本格的の坑道ですがね。それで四、五十間行つた。それで、もう少し行けば、私が見た細い脈の下になる。細い脈の下になれば太くなると言う事は、私に分るんです。其処をやつて行つて可成り行つた処に、先に掘つた人の突当りから四、五尺入るとぶつかつちやつた。これが実に奇蹟なんですよ。最初の人は、相当金を使つて、刀折れ矢尽きたんですね。そこで放棄したんですからね。鉱山と言うのは、よくそう言うものなんでね。大抵借金したりしてね。金があつて鉱山を掘る人はないですよ。金のある資本家とか大会社は、見附けた鉱山を買うんです。それを金掛けて大仕掛にして成功するんです。ピーピーしている人は、借金したりして、当ててそれを資本家に売るんです。水上鉱山は其処でやれなくなつたので、放棄したんです。処が四、五尺でぶつかつちやつたんです。神様が其処迄で喰止めちやつたんですね。だから、村中であの山で出る訳がない――大分手伝つた者が居るんですね。あれ丈皆で金掛けてやつたのに、可笑しいと、皆見物に来ては驚くそうですがね。やつぱり神様がやつているのは違うなと言つているそうです。

兎に角大変ですよ。神岡鉱山の技師に見せた処が、日本一だと言うんです。ですから、この山は日本一が三つある。鉱石は日本一で、出しと言つて――輸送とか、そう言うものですね。足場ですね。それが索道を掛けて山から駅迄ずつとやつちやう。普通なら駅迄行くのに大変なものですよ。八里も十里もトラツクで行くんです。秋田は、駅迄行くのに一噸二万円かかる。余程良い鉱石でなければ合わない。それが水上は簡単で、日本一。そうして、目下飯場を作つてますが、坑夫は奉仕隊が大部分ですからね。奉仕隊十人に対して、専門のは一人か二人で良いです。之も、その坑夫賃は丸で只みたいなものですね。鉱石が日本一で、輸送が日本一で、工賃が日本一です。だから大変なものですね。こんな鉱石と言うのは日本中にないですよ。ですから私は、流石に神様と思いましたね。こんな馬鹿々々しい――馬鹿々々しいですね。皆鉱石と言うのは、鉱物が石の中に混つているんですよね。処が水上のはそうじやない。鉱石の中に石が混つている。

話は違うが、金掘吉次は、金を見附けるのが名人で、頼朝が金掘吉次を無理に呼んだんです。来なければ命を取る、位に言つたんですね。遂々鎌倉に呼んで、それから見附けさせて――伊豆の大仁金山を見附けさせて、頼朝が天下を取つたのは金山ですよ。天城の麓は金はあるんです。未だありますよ。で、昔から天下を取つたのは、皆金ですよ。秀吉もそうですね。徳川だつて、佐渡の金ですからね。佐渡の金が出なくなつたので、徳川は駄目になつた。未だ佐渡の金が出ていたら、明治の御一新は無かつたですよ。で私は、幾ら宗教と言つても、やつぱり金だ――むしろ、戦争で天下を取るより、宗教で世界を救う方が、金が要りますよ。昔から色んな宗教がやつてますが、文化が進んでなかつた為もあり、非常に金を無視したですね。金と言うのは罪悪みたいになつた。それは小乗信仰の為ですよ。小乗信仰は金は罪悪と言いますがね。金と言つても、良い事に使えば良いですからね。出版をするにも、旅行するにも、皆金ですからね。だから、金は大いに必要なんです。併し、信者の懐丈では、余程出来ない限り、中々思う様な仕事が出来ないですからね。だから、世界を救うには纏つた金がなければならない。それで今鉱山をやつたんです。それも之も神様が準備してあるんですよ。水上鉱山に就いて、今発表出来ないですが、それは神様は大変なものですよ。今此鉱石が出ましたが、未だ序の口なんです。未だもつと延長がある。今鉱石のある処を十間許り掘つた丈です。銅の鉱脈には、正規脈と言うのと銅のポケツト――処々に固まつているのとありますが、水上のは正規脈なんです。正規脈は大抵長いのです。千尺ある。短かいのでも五、六百尺ですね。だから、十間とすると、六十尺ですね。六百尺としても、もう十倍ですからね。それから正規脈の銅の深さと言うのは、多いので五、六百尺。浅いのでも三、四百尺はある。それで、三分の二位の処が一番富鉱帯なんです。私は二十年許り前に鉱山を色々研究した時、こつちはどうせ学校に行く訳にいかないので、本を研究したり、見本の石を買つたり、方々の鉱山から鉱石を貰つたり、又私自身で行つて山を見た事がありますが、それで普通鉱山の知識を得た。

それから神様の方から言うと、今の鉱山学なんて言うのは、大変な間違です。医学や農業と同じですよ。之なんかも、私の鉱山学で検討するんです。だから、大体鉱山の山の形と、石を持つて来れば大抵見当つきますよ。鉱山学の方とあべこべの処が随分あります。だから、私は鉱山は別に何んでもないと思いますね。訳なく掘り当てる事が出来ますね。之は、鉱山の関係の人でないと一寸解りませんが、学問と根本的に違う事は、私の方は硬化作用ですね。学理の方はこうなつている。即ち地から鉱液と言つて、鉱物になる液をふいている。地岩――岩石の亀裂があり、鉱液が亀裂に入つて固まつて、それが鉱物になると言う。私の方はそうではない。硬化作用です。土が硬化すると石になる。で、硬化作用と言うのは、分散するものなんです。之は人間の毒素と同じです。毒があるでしよう。段々浄化していくと、何処かに固まるでしよう。それと同じです。膿は段々固くなるでしよう。鉱物も、土から段々硬化して石になつて、石から金(カネ)になる。鉛と言うのは粘土が硬化したんです。だから、丁度粘土の様な色をしているでしよう。褐鉄鉱と言うのがあるでしよう。あれは、赤土が硬化したものです。銅は、赤くても――之は白い土ですね。白いと言つて、つまり火山灰ですね。之が多い。火山灰は灰色してますね。之が硬化すると之は鉱山の方では凝結岩と言いますが、凝結岩を見ると、所々に黒い斑点があります。最初は細かい――粉みたいなものですが、処々に斑点がある。それが、年代が経つと、一つ処に寄つて来る。寄つて来ると、それから鉛とか錫とか、そう言う物に変化して来るんです。それがもう一段硬化すると銅になる。それがもう一段硬化すると金が生ずる。金をもつと硬化するとプラチナになる。日本はプラチナが取れないと言う事は、日本の国は若いんです。私は何時か書いたでしよう。古い国程金やダイヤモンドが取れる。ダイヤモンドと言うのは、最も硬化した物です。石英が硬化した物ですね。ダイヤモンドとプラチナは性質が違う。ダイヤモンドは石英の硬化した物です。石英が硬化すると水晶になり、之がもつと硬化するとダイヤモンドになる。日本は国が浅いから、水晶は出来るが、ダイヤモンドは出来ない。処が神道なんかでは、日本が一番古いと言つているが、あれは間違つている。日本の文化は二千年ですからね。処が、エジプトなんか五、六千年前に文化があつたんですからね。で、若い国程進歩が早いんですね。メシヤ教なんて言うのは、一番若いから一番力があるんですね。古くて良いものなら、仏教なんか余程力がなければならない。話は外れましたが――兎に角鉱物と言うものはそう言うものなんです。で、地熱は常に作用している。太陽熱は下に照らしている。地熱は上に昇つている。で、太陽の方が、同じ熱でも上等と言いますか――エネルギーが非常に強い。つまり稀薄なんですね。浄霊して、こうやりますが、之は太陽の熱なんです。それで、地熱の方は地霊ですね――地の霊気なんです。作物が育つのも地霊の為ですね。この地霊が、体となれば窒素なんだからね。窒素を取つて肥料に使つたりしますが、あれは大して効目がないです。体だからね。霊でなければならない。この霊が始終発散して、この霊に依つて硬化するんです。地殻を霊が滲透するんです。そうすると地殻と言うが、昔は泥みたいな物が硬化して行つた。それが鉱物を生むと言う事になる。で、地霊の関係で硬化の強い弱いがある。岩石が亀裂すると、其処から強い地霊が出る。地霊が強く出るから、硬化が強い。それから圧力ですね。何んでも押せば固くなる。やつぱり沢庵と同じですよ。大根は、沢庵石と言う圧力  に依つて、ああ言うパリパリした物が出来る。で、山の中心ですね。山の頂上が一番圧力があるから、其処の下が一番圧力がある。私は其処を掘らしてますがね。段々中心にね。

「そう言う事は世間に知らしては大変で――」

教えたつて大した事はない。神様が許さなくちや掘れないからね。

「三十年間鉱山を致してをります者が、先日の明主様の御話を拝し、自分の経験からおして、よくあれ程の事を――と喫驚り致しておりました」

そうでしよう。やつぱり下に行く程銅が多い。上に行く程鉛になつて、それから亜鉛になつて、銅になつている。だから竪坑を掘らして居ます。

「硫化がつきもので御座いますが、性質が違いますのに――」

全然性質は違います。性質は違つていて、土の分子としては共通した点があるんです。本質ですね。けれども根本は違います。硫化の方は鉄ですからね。こつちの方は銅ですからね。だから下に行く程、凡て山と言うのは銅がある。だから、鉛の山で、段々下に行くと銅になる。

「良い山は余り木が生えてないと言う事を言いますが――」

大いにあります。それで見る人がありますがね。山を見て禿げているでしよう。それで鉱物を見る。つまり、鉱物の霊気ですね。霊気が発散している。よく焼けと言いますが、焼けのある山は、屹度鉱物がありますね。けれども、そう許り言えない事は、土に噴火の灰があるのは、木は余り育たないですよ。箱根なんかは、木が短いですが、元の噴火の灰ですね。だから、富士を中心にした処は、余り大森林はないんですよ。富士は火山灰が随分降つてますからね。それは作物の種類にも依りますがね。薩摩芋なんかは火山灰に良いです。だから関東は薩摩芋が良いですね。それで、富士が噴火した時に、風が南風だつたんですね。だから関東より北の方に多く降つてます。埼玉県なんかの畑で火山灰が沢山ある処が多いですね。今日は話許りになつちやつたね。之から質問を――。

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「牧師の話で、ノアの洪水で、ノア達が救われてより、大暴風があり、大森林も埋めて了つた。それが石炭である。又動物の死骸が石油になつた。と言う事で御座いました」

動物の死骸が石油とはね。油があると言つてもね。併し石炭はその通り木ですよ。石炭は大森林帯が埋まつたものですよ。

「洪水の水が地に入つて、水が火を呼んで大爆発があつたのだと言つておりますが――」

それは理窟に合つてますよ。水が地に入つていくと、火力が非常に強くなりますから、爆発しますね。石炭にならない内が亜炭と言う奴です。亜炭と言うのは、殆ど木みたいなものですね。それで石炭は人類が未だ文化が発達しない内は、石炭を燃やすより以外は動力を作れないからね。石炭は段々掘り尽してますからね。学者の推定では、数百年で掘り尽すと言つてますがね。それはそうでしよう。そこで今度は、石炭でない動力になる。その動力と言うのは原子爆弾ですよ。あれが結局動力を作るものになるんです。アメリカなんか頻りに研究してますがね。処が原子爆弾も、ウラニウムが必要で――ウラニウムと言うのは沢山ないので、全世界で動力を使つたら、とても足りないので、他の鉱物をウラニウムに変化させる、そう言う発明が出来る訳です。それは神様が経綸しているんだから、旨くやつているんですがね。

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「墓地を買います場合には――」

今迄の通り金を出してね。

「今迄石屋がやつておりましたので――」

あれで良いです。

「墓石が焼けて御座いません場合には」

早く作つた方が良いです。

「先祖より大きな墓石を作りました場合には」

新仏にですね。それはいけないですね。小さくしたら良いです。

「父の墓地がなくなり、何処かに買いたいと言つておりますが、何処でも宜敷いので御座いましようか」

けれども、何か因縁のあると言う方が良いですね。丸で、降つてわいた様な事でなく、成可く其処の家に近い処とか、或いは元其処が出身地だとか、そう言う事にした方が、祖先が喜びます。

「墓石の下から木が生えて、出ておりますが、昔からの言い伝えでは、墓石を取つて――」

木を切つた方が良いです。それでなければ、木の方が上になつちやう。木は成丈け根から切つた方が良いです。

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「二人の年頃の娘さんが居り、嫁入り仕度をしてありましたが、妹が胸を病み程なく死亡し、後に姉は結婚し、其時に妹のを使おうと致しました処が、従妹に妹の霊が憑り、姉が結婚式をあげて、私の物を持つていくが、私は何うしても渡さない。と暴れたそうで御座います。その衣裳は使わずに仏壇の前に供えた儘になつておりますが、焼いて了いました方が――」

仕舞つて置けば良いですよ。焼いてなんて、飛んでもないです。タンスの中が良いですね。何故かと言うと、霊界で其の着物を着るんです。霊界でおめかしするんです。無いと着る事が出来ないから困つちやいますよ。タンスの中に入れて置けば、それを着るからそれで良いですよ。

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「腹の中の固まりが動けば蛇の霊と御教え戴いておりますが――」

蛇とは限りませんよ。蛇が多いんです。

「御浄霊致しますと、グズグズと言い、場所が変る事も御座います。又音は何で御座いましようか」

音に二種類ありますがね。蛇と言うのは、毒のある処にいくんです。すると、毒の溶ける音と蛇が動くので、その音がするんです。先にお腹をグーツと蛇が動くんです。それは蛇が動く音なんです。簡単な場合は毒が少ないんです。溶けても、あるうちは又寄りますからね。だから又音がする。痛みは――。

「御座いません。本人でも御浄霊致しておりますが、救つてやろうと言う心持で致しますので宜敷いので御座いましようか」

色々ですよ。救つてやろうと言う気持が起る人もあるでしようし、こん畜生と言うのもあるでしよう。

「どちらが宜敷いので御座いましようか」

救つてやろうと言うのが良いですよ。

「そう言うのは、他の信者さんとは違つた心持を持たなければならないのではないかと思われますが――」

幾らか違いますね。けれども、始終根気良くやつているうちに、段々弱つて来ますからね。

「食欲は御座いますが、食べ様とすると胸が一杯になり入りません」

未だここに居る先生が改心してないんですよ。そういうのは長くかかりますよ。

「乳癌にて御垂示戴きました者で御座いますが、後で木原先生より、どうしても大光明如来様は御奉斎出来ないかとの事に、色々研究し、梁が低かつた事をお詫び申し上げ御奉斎させて戴きましてより、食欲も出て参り楽にさせて戴きました。其後固いものが上つて心臓を締附け苦しくなりますが、御浄霊戴きますと楽になります。之は、唯今の霊で御座いましようか」

霊に依つて色々ですからね。改心した霊と、改心しない霊は怨みを持つた霊と、救つて貰いたい霊とあります。

「非常に苦しみます」

苦しむのは怨みを持つている霊です。やつぱり苦しがるんですよ。

「二階で寝ていたのが、下迄降りれる様になりまして――」

奴さんが弱つて来たんです。

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「二才になる子供が、御神前の玩具を取ろうとして、棒で御神体の((*1))『如』の御文字を疵附けましたので、早速御取替をと思つておりますが、主人と息子が解らない為に御神体の御礼が出来ませんので――」

それはいけませんね。疵になつた儘ではいけませんね。早速巻いて時期を待つ方が良いですね。そういうのは、時期が未だ早過ぎるんですよ。一家中全部が御祀りすると言う気になつてからするのです。未だ時期が早過ぎるので、そういう事があるんです。だから、お巻きして良くお詫びして、時期を待ちなさい。そうすると反対者――主人公も、信仰に入つて、それから御祀りするというのが本当です。

「床の間が不相応ではないかと思われます」

それもあるでしよう。が、矢張り主人公が入らなければならないんです。奥さんの反対は、そう大した事はないが、主人公の反対はいけない。主人公は中心なんだからね。神様を御祀りしても、神様は来られないです。

「反対は致しませんが、入信を致しませんので――」

それはやつぱり駄目ですね。入信しなければね。

注:((*1))  『如』(又は)『明』

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「生まれつき肋骨が一本余計に御座いましたが、十日程前より廿分宛御浄霊させて戴きまして針の様な物が出て参り、御浄霊の度に動き、七日目に出ました。之は前世の動物霊の――」

やつぱり、何か普通じやないですね。

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それから、話が中途半端だつたが、こういう鉱石が出て、今直ぐ売ると非常につけ込まれて、安くされるんですよ。と言うのは、亜鉛と鉛と銅と別々になると、そつくり相場で売れるんですがね。妙なもので、鉱山会社と言うのは、銅は銅、鉛は鉛と別々になつている。こう言う三つとも沢山あると言う石が、今迄ないんです。そこでどつちかになる。処が、之は三つ共相当あるんですからね。之を銅山に行くと、銅丈にして、あとは良い加減にして買つて了う。鉛処理の方に行くと、鉛丈見て、あとは良い加減にして買つて了う。そう言う嫌があるので、安くされる。銅は今不足しているので、値が良いんですが、鉛は下り具合です。と言うのは、朝鮮問題の時に取つておきをワツと出した。処が朝鮮問題がねぼけて来たので、買い控えになるんです。併し、いずれ日本も軍備を作りますからね。それ迄取つて置いた方が良い。神岡の方の意見もそうなんです。その内にいずれ値もつくし、取つて置いた方が良いと言うので、私は銅をやつている。で、下の方に行つて、銅を出そうと思う。兎に角鉱石は分離するに限る。選鉱機械と言つて、前に幾らか用意してあるので――充分調わないが、急がしている。之が、据附けが後一カ月の予定ですから、色々附け足したりするのに日が掛ると見て、来月一杯で完成と見てますがね。そうするとそれから分離して、亜鉛は亜鉛、銅は銅、鉛は鉛と別けてやると、そつくり金になるんですね。それから、此山で、採掘量が、五人で一日一噸位は掘れるんです。そうすると、百人で日に二十噸掘れるんですね。今私は百人の予定にしているんですがね。それには飯場――寝る場所を作らなければならない。第一の方は出来上りましたがね。二十人位でね。未だ、第二第三と作る積りです。之は信者の大工が行つてやつてますからね。百人を目標にしてやつてますがね。今月は二軒、来月も二軒位の予定ですからね。そうすると其処に、坑夫をやる奉仕隊――そう言う人が必要なんです。相当重労働になりますからね。地上天国なんかより、無論力が要ると思いますから、そう言う人を――最低三カ月位御奉仕出来る様な事情の人を心掛けて貰いたいと思います。百人要る訳ですがね。百人と言つても、急にはいかないから、月々増やすと言う方が結構です。そう言う様にして貰いたいと思う。ですから、仮りに予定が五人で、一噸。十人で二噸で進行すると、量は半分と見なければならないですね。即ち半分と言うのは、分離すると共に良い方に選り別けるんだからね。原鉱で、銅が二%とすると、選鉱して二十%位にですね。水上の鉱石は品位が良いですから、それ程の手数を掛けなくても良いんで、原鉱で鉛、亜鉛が四十%。銅鉱で八%以上もありますから、選鉱して之を倍にするのは簡単です。従つて品位を倍にするものと見て、二十噸の原鉱は十噸になります。銅が一噸三十万円。鉛が十五、六万円。亜鉛が十七、八万円位でしようね。もう少し高いでしようが、結局その辺迄下がるだろうと思いますがね。そうして色んな、輸送賃とか坑夫の賃金がずつと少ないから、結局凡てを引いても、収入一噸十万円にはいくだろうと思いますがね。そうすると、予定通りいけば、百人あれば、直ぐに二、三千万円位の儲けになりますね。そうなるのは秋あたりからと思いますがね。それで色んな――箱根、熱海の経綸が沢山ありますから、それをやらなければならない。それから京都の方も、やつぱり神様の方では地上天国を造る予定になつてますからね。そんな訳ですからね。教団の方で、山が当つたから、金の奉仕なんかそうしなくても――急いでやらなくても良い。と言う程では未だないんですよ。それと、いずれは鉱山からドンドン出ると、金の方は非常に楽になりましようが――御用すると言う事は、本当は霊的に言うと、皆人間は罪穢があるので、神様から借金していると言う事なのです。借金は溜めておく程利子は増えますから、早く返した方が得ですから、お金の御用と言う事は大変結構なんです。罪穢がそれで消えますからね。余り金の事を言うのは、どうも感心しないから、私は言いたくないが、理窟丈は知つていた方が良いですからね。

そんな訳ですから、教団の方も夏あたり迄は大した楽にはいかないと思いますね。その代り入る様になると神様の経綸の方も進みますからね。未だ之から色んなものがあります。兎に角神様が良い具合にして呉れますからね。去年なんか鉱山の方が良く判らなかつたんですよ。予定はしてましたがね。だから、メシヤ会館を造る時は、今は無いが其時になると神様がちやんと入る様にすると言いましたがね。やつぱり時に応じて、その時になると神様がちやんと旨い具合にして呉れますよ。で、私が世界的にやる様になると、少くて百億は要るんですよ。いずれは外国にも立派なものが出来ます。支那でも、北京城に立派なものを造ろうと思つている。それからエルサレムですね。それは神様が二千年前から用意してあるんですからね。立派なものが出来ます。日本丈でも十億では足りないですね。然し要る丈は神様がちやんとされますから、その点は心配ない。そんな訳で、箱根の美術館なんかも、去年から敷地や何かを準備しましたが、建築に掛つたのが十一月からですがね。それで、大体予定が二、三千万要りますからね。神様は非常に急ぎますからね。やつぱり、約三千万円位集りましたね。私は、大したものだと思いますね。建築が大体二千万円ですね。少し変更したり余計な事をしたから、二百万円位増えるだろうがね。ケースも五、六十つけますから五、六百万円。廻りの何や彼やで、丁度三千万円で出来る訳ですね。実に神様は、その必要な時期が来ると、ちやんと金が来るんですね。人間がやるのと違つて、心配やそう言う事は殆んど要らないですね。ですから山なんかも大体今年から愈々表面的に本当になりますからね。形を造らなければならない。それからこう言う事もあるんです。箱根の地上天国丈は今年出来ますがね。熱海の方は大体来年一杯に拵える積りですが、之が出来ると、世の中がうんと変つちやうんです。それから教団もうんと発展するんです。之が、世界――と言つては大き過ぎるから、日本としておきますが、之が出来ると、之丈教団の教線が広がるんです。之が段々大きくなるに従つて、ずつと広がつて、こつちの勢力がそう言う風になるんですよ。やつぱり霊許りじやしようがないから、霊許りでなく生きた人間を救わなければならないから、そう言つた状態になるんです。そう言う様な意味ですから、そこで地上天国の建設を急いでいるんです。地上天国が出来たら――何時かも話した本山が出来ますね。本山が出来ると世界的になるんです。地上天国丈じや日本的ですね。本山なんかも、大体形でも何んでも、すつかり頭の中に出来ているんです。唯、時の問題ですね。ですから、之から非常に早くなります。色んな神秘な事がありますが、段々にお話をしましよう。

(垂八号  昭和二十七年四月二十五日)