十五、 薬剤の逆作用

薬剤は、病気治癒を妨害するものである理は、屡々述べた通りであるが、何故に妨害するかと言ふと、それは逆作用をするからである。逆作用とは、薬剤を用ひる目的と反対の結果になるのである。例えば、胃の悪い人が、消化薬を嚥(ノ)むとする。成程、一時は快くなり、病気が治癒される様に思ふが、何ぞ知らん、それは、胃の力ではなく、薬の力に依ってであるから、其為に胃其物は、活動が鈍るのである。それは、薬剤が働くから、胃自身の活動は、一時停止の状態となるのである。随而、服用すればする程、胃は益々怠惰となり、益々弱るのである。故に、最初、胃を強健にしたい目的で、服用する薬剤の、其結果は、反って反対に、胃を益々衰弱させるといふ結果になるのは当然なのである。之と同じく便秘する人が、下剤を用ゆれば、大便排泄機関は活動の必要がないから、漸次退化してゆくのである。退化する結果、愈々便秘を来し、愈々下剤の必要を感ずるのである。斯様な訳であるから、胃を強健にし度ければ、胃をして大いに活動をさせなければならない。それには、特に、消化良き物を択ばず、すべて、普通食を摂取するのがいいのである。普通食は、自然に、人間の胃の活動に適合する様に出来てをり、祖先以来、それに依って立派に健康を保って来たのであるから、特に、牛乳を呑むとか、肝油を呑むとかは、如何に不合理であるかは判るのである。故に、万一、普通食を摂ってゐて、消化が悪るかったり、又は、胃に異常が生ずるとすれば、それは何れかに、間違った事があるのである。例へば、運動が不足だとか、飯の分量や時間を決めて食ふとか、薬剤を服用するとか、夫等の原因に由ってであるから、其原因を改めれば、必ず治るのである。胃病等に罹るべき筈のものではないのである。故に、胃病などになるといふ事は、私は不思議と思ふのである。

次に、便秘なども不思議なのである。物を飲み食ひすれば、水分は尿となりて排泄され、固形物は糞便となって、体外へ排泄されるのは、定り切った事である。人間の肉体はそう出来てゐるのである。そうならないのは、矢張り何処かに間違った点があるのである。それをよく査べてみれば必ず解るので、早速、其原因を革めさへすれば必ず治るのである。即ち、水分の摂り方が少いとか、野菜が少いとか、偏食の癖があるとか、又は、腸の附近に気の付かない様な病気があって、その病気の微熱の為か、先づ、夫等の点を考ふべきである。右述べた、胃病と便秘以外、凡ゆる病気はそうなのである。よく、私が実見する所であるが、腹膜や肋膜で溜った水を排泄すべく、尿の出る薬を、医師は服ませるが、之も前述の理に依って、其薬剤を服用するや、一時は、効目に由って尿が出、尿が出るから病も軽減するが、それは一時的の事であって、或時期を過ぎると、漸次便秘の場合と同じく、尿の排泄が減少してゆくのである、従而病は悪化するのである。

今日の科学の試験管での研究になった薬剤が、生命力の神秘に触れると言ふ事は、痴人の夢である。分秒も停止なき、不可解の液体や熱、其他未知の物質に依って動いてゐる内臓と、ただ物質に過ぎない、試験管の中とは、夢想も出来ない異ひさである。学理と反対の結果になる等は、当然(アタリマエ)の話である。此様な事すら、社会一般に判ってゐない為に、如何に多くの人が、此薬剤の逆作用に由って、苦しみつつ、命を縮めてゐるかは、実に恐るべきものがあらふ。故に一日も早く、是等の誤謬を、一人にても多く、判らさなければならないのである。

(日本医術講義録 昭和十年)