守護神

如何なる人間と雖も正守護神、又は守護霊なるものが霊界に在って附随し、常に守護してゐる事である。そうして人は神の子であり、神の宮であるといはれるが、既説の如くそれは神から受命された即ち神の分霊を有してゐるからで、之が本守護神であり、後天的に憑依せる動物霊が副守護神であるが、動物霊とは狐、狸、犬、猫、馬、牛、猿、鼬(イタチ)等の獣類、若しくは種々の龍神、天狗、凡ゆる鳥類等が重なるものである。大抵は一人一種であるが、稀には二三種以上の事もある。斯ういふ事に就ては現代人は到底信じ難く嘲笑する位であらうが、私が幾多の経験によって動かすべからざる実体を把握し得たのであるから、否定は不可能である。

そうして曩に説いた如く、本守護神は善性であり、良心であり、副守護神はその反対で悪であり、邪念である。仏教に於ては良心を菩醍心又は仏心といひ、邪念を煩悩といふ。そうして本副両守護神の外初めに書いた如き正守護神がある。之は祖先の霊であって人が生れるや、それを守護すべく祖霊中の誰かが選抜されるのである。此場合普通は人霊であるが、同化霊である龍神、狐、天狗等もある。

私と雖も副守護神は烏天狗で、正守護神は龍神である。よく人間が危険に遭遇した場合、奇蹟的に助かったり、又暗示を与へられたり、夢知らせや虫が知らせる等の事があるが、皆正守護神の活動によるのである。又芸術家が創作の場合や発明家が熱中する時一種のインスピレーションを受けるが、之等も勿論正守護神の暗示である。其他人間の正しい希望が実現したり、信仰によって御利益を得る場合、神が正守護神を通じて行はれるのである。昔から至誠天に通ずるとか、真心が神に通ずるとかいふのは、神が正守護神を通じて其人に恩恵を垂れるのである。

(天国の福音 昭和二十二年二月五日)