薬毒

今日迄、西洋医学に於ては二千五百年以前ヒポクラテス創始の医道以来、又支那の医祖伏羲によって五千年前創始せられた医道は固より凡ゆる病気治療の方法は、悉く浄化作用の停止以外には出でなかった事は既に述べた通りである。そうして浄化停止に最も効果ありとしたものが薬剤使用であった。然るに薬剤なるものの本質は悉く有毒物であって、人体を毒作用によって衰弱せしむるのである。此事に不明であった今日迄の世界人類は、薬剤なるものは何か神秘的治病力を有するものの如く思はれたのである。薬剤に対し神薬とか霊薬とかの名称を附したのもそうした心理に因るのであらう。之は勿論病気の本体が全然未知であったからで、それが即ち病気を悪い意味に解釈し、薬剤を良き意味に解釈したのである。実に逆理に気が附かなかったのである。然し乍ら日本に於ても徳川末期の漢方医の大家杉田玄白は曰った。『元来世の中に薬なるものはない。薬といふのは悉く毒である。故に薬によって病を治すのではない。実は毒を以て毒を制するのである』－とは洵に先覚的至言である。又現在の薬学と雖も毒物の研究を本意としてゐる事である。

そうして薬剤は効力発生後消滅すべきものと医学は信じてゐるが、それは非常の謬りで実は体内にいつまでも残存する。何となれば人間として飲食すべき物質は造物主が自然に決定してゐるのである。それは人間が生命保持の為として造られたる食物である以上、必ず味はひなるものを有ってゐる事と、消化機能なるものは、天与の食物に順応すべき性能に造られてゐるものである。従而それ以外の異物は消化機能の役目以外のものである以上消化せずして残存するのは当然である。之に就て二三の実例を挙げてみよう。

私は以前、某病院の看護婦長を永年勤めてゐた婦人から聞いた話であるが、四十余歳の男子、何等の原因もなしに突然死んだのである。その死因を疑問として解剖に附した処、その者の腸管内に黒色の小粒物が多量堆積して居り、それが死因といふ事が分った。然るにそれは便秘の為永年に渉り下剤として服んだその丸薬が堆積したのであって、それが為腸閉塞か或は腸の蠕動(ｾﾞﾝﾄﾞｳ)休止の為と想像され得るが、兎に角死因は下剤の丸薬である事は間違ひないといふ事になったそうである。

次に、右と同様な原因によって急死した五十歳位の男子があったが、只だ違ふのは此者は下剤ではなく胃散の如き消化薬の連続服用が原因であって、解剖の結果、胃の底部及び腸管内は消化薬の堆積夥しかったそうである。

次に、私の弟子が治療した胃病患者があった。それは胃の下部に小さな数個の塊があって幾分の不快が常にあった、然るに本療法の施術を受けるや間もなく数回の嘔吐をなし、それと共に右の塊は消失し、不快感は去ったが嘔吐の際ヌラの如きものが出て、それが蛞蝓(ﾅﾒｸｼﾞ)の臭ひがするのである。その人は十数年以前蛞蝓を数匹呑んだ事があったそうで、全くその蛞蝓が消滅せずして残存してゐたものである。

又今一つは歌ふ職業の婦人で、声を美しくせんが為蛞蝓を二匹呑んだ。然るに数年を経て胃部の左方に癌の如き小塊が出来、漸次膨張し、入院手術を受けた処、驚くべし一匹の蛞蝓は死んで固結となってをり、他の一匹の方は生きてゐて腹の中で育って非常に大きくなってゐたそうである。

以上によってみても、異物である薬剤が残存する事は疑ない事実である。

そうして薬毒が病原になるといふ事実に就て一般に気の就かない事がある。それは医師が医療を行ひつつあり乍ら余病発生といふ一事である。仮し医療が真に効果あるものとすれば、治療するに従ひ順次全治に向ふから、余病などの発生はない筈である。即ち仮に最初三つの病気があれば二つとなり、一つとなり全治するといふ順序でなければならない筈であるに拘はらず、反って一つの病気が二となり三に殖えるといふ事は洵に理屈に合はぬ話である。それ等の事実に対し、医師も患者も何等疑念を挿まないといふ事は不思議といふべきである。之等の事によってみても世人が如何に医学を過信し、一種の迷信化してゐる事で、私はいつも嘆かざるを得ないのである。右の理によって人類から薬剤を取去ったとしたら、病気なるものは漸次消滅すべきは断じて疑ひない所である。

そうして私が幾多の患者を取扱った経験上薬毒の多少によって病気の軽重を判別するのであるが、洵に正確である。そうして薬毒多有者は左の如き症状を呈するものである。常に不快感がある。即ち薬毒集溜個所に微熱があるからで其為軽微な悪寒があり、普通人以上に寒がりである。又物に億劫がり、横臥する事を好み、根気が薄く長く一つ事に携はる事が出来ない。そうして頭脳が散漫で集注力がない。又物事の解釈はすべて悲観的であり、常識を欠き陰欝を好み、明るい所より暗い所を好むから、晴天の日より雨天の日を好むのである。又腹立易く、自暴自棄的となり勝で、些かの事が気に懸るからヒステリー的ともなり、物事に対し自分で間違ってゐる事を知り乍ら、それを矯(ﾀ)める事が出来ないばかりか、反って其様な精神状態を煩悶するといふ事になる。甚しくなると厭世の結果自殺を企図したり、又精神変質の結果癈人同様となる者さへある。一家に斯ういふ人があると、他の者まで影響を受け家庭は暗く争ひの絶間がないといふ訳で、幸福生活などは到底期し得ないのである。

又現代人は非常に頭脳が鈍くなってゐる。それは今日重要なる地位にある人の講演が殆んど原稿なしではやれないといふ始末である。これ等は講演の意味が前後撞着したり、順序を誤ったり、又渋滞を防ぐ為でもあらうが、自分自信の頭脳に自信が持てないからでもあらう。

又現代人の多数は、簡単な所説では頭に入り難い。諄々(ｸﾄﾞｸﾄﾞ)しく微に入り細に渉って種々の例證を挙げて説かなければ納得が出来ないのである。本来頭脳が良ければ一事を聞いて、それに関聯する事を類推なし得る訳である。又今日世界の文明国とされてゐる政府は勿論民間の諸機関に至るまで、すべての問題に対し何回もの会議をなし、多数者の頭脳を鳩(ｱﾂ)め種々練らなければ適切なる答案を得られないといふのが実情で、会議外交などといふ言葉も現はれる位である。特に日本の官庁や会社等に於ける頻繁なる会議は、よくそれを物語ってゐるが、全く時間の浪費は夥しいものがあらう。

又政府が新しい施設や政策を行ふ場合、国民に対しラジオ、新聞、ポスター等、彼の手此の手と執拗に宣伝しなければ、国民の頭脳に入らないといふのも同様の理由である。之等を以てみても、文化の進歩に逆比例する頭脳の現代人から、薬剤除去の方法を講ずる事こそ最も喫緊事であらう。以上述べた如き理論と実例によって、読者は如何に薬剤の悚(ｵｿ)るべきかを覚り得たであらう。

（天国の福音　昭和二十二年二月五日）