凡ゆる病原は然毒、尿毒、薬毒の三毒に因るといふ事は既に説いた通りであるが、之等を一層詳しく述べてみよう。先づ然毒とは何ぞや、之は薬毒の遺伝ともいふべきものであって、薬毒が何代かの人体を経て畢に変化し一種の毒素となったものである。従而日本に於ても歴史はそれを物語ってゐる。
即ち天然痘は千三百年以前欽明天皇時代以後から発生したといふ事になってゐる。それは欽明天皇十三年に仏教が渡来し、間もなく初めて各地に疫病が発生したので、時の執権者は、仏教渡来によって日本の神々の御怒りになった為であるとなし、仏教を禁じたが、疫病は更に減退しないので、仏教に関係はないとして再び許されたといふ事である。私の考察によれば、仏教渡来より余程以前に漢薬が渡来した為であらう。勿論疫病とは天然痘である。
医学に於ては種々の病原として遺伝黴毒を挙げてゐる。独逸に於ても万病黴毒説を唱へる一派があるとの事である。然し私は此遺伝黴毒こそは然毒の誤りであると想像するのである。何となれば遺伝黴毒保有者といはれる患者が、その父母もその祖父母も、黴毒罹患の実證がない者が尠からずある事である。
次に尿毒とは、腎臓の機能的活動の鈍化に因る余剰尿を言ふのである。それは如何なる訳かといふと、元来医学に於ても唱へる如く腎臓機能は尿の処置とホルモンの生産である。即ち飲食物中の不必要分が糞尿となって排泄せられる場合、曩に述べた如く異物は全部が排泄不能であるから、それが腎臓内部より外部へ滲透し、其附近に累積固結する。その固結が腎臓を圧迫する結果萎縮腎となり余剰尿を生じ漸次脊柱の両側より肩部へかけて溜積固結する。それが脊や肩の凝りである。次いで延髄部、淋巴腺、耳下腺、扁桃腺部等に移行する。故に歯槽膿漏は、之等尿毒が歯齦より排泄せられんとする為の病気であるから、此病気は尿が腐敗して口中から排泄さるる訳である。此原因を知るに於て、その不潔なるに顰蹙(ヒンシュク)するであらう。斯の如く尿毒は万病の原因になるといっても可いのである。
次に薬毒は曩に説いたから略すが、唯だ薬毒の表はれ方に就て述べる必要があらう。それは薬毒による苦痛は発熱、痛苦、掻痒苦、下痢、嘔吐、麻痺、不快感等が重なるものである。発熱は実験上薬毒多量者程甚しいのであるから、生来無薬用者は殆んど発熱は無いといっても差支へない位である。又薬毒痛は洋薬は鋭痛が多く、針刺型、錐揉型(キリモミガタ)、稲妻型等で、漢薬は殆んど鈍痛である。掻痒苦は洋薬に多く特にカルシュウム注射は必ず蕁麻疹の原因となるから注意すべきである。
以上説いた如き三毒の区別を知る方法がある。それは固結部を指頭で圧診する場合、然毒は無痛、尿毒は軽痛、薬毒は強痛であるから、熟練によって見分ける事はさまで困難ではないのである。
(天国の福音 昭和二十二年二月五日)