竹内四郎氏外との御対談(一) 昔の宗教と、今の宗教

竹内氏 随分お元気ですね。

明主様 ええ、尤も体を良くするのが商売ですからね。

竹内氏 今工事をしていられる所(瑞雲郷)を拝見してきましたが、なかなか良い所ですね。出来ましたら立派になりますね。

明主様 そうですね。

竹内氏 東海道どころか日本の名所になりますね。

明主様 そうです。日本一いい所にするつもりです。

阿部執事 報知新聞は紙数は二十二万くらい出しているそうです。

竹内氏 少ないですからもっと増やそうと思ってますが、新聞というのは金をかけないと駄目になりますのでね。

明主様 なんでもそうですが、新聞は特に金ですね。つまり如何なる事業でも金です。宗教でもそうです。昔の宗教家は乞食坊主の様な恰好してやってましたが今では駄目です。尤も昔でも死んでから名前が出る位で在世中は駄目だったのです。親鸞でも法然でもそうです。日蓮は死ぬ一寸前からでしたが、そういう様ですから、まして今日はそういうやり方では駄目です。

竹内氏 やっぱり人々に希望を持たせなければ駄目ですね。

明主様 それには一つの機関が必要ですね。

竹内氏 組織をつくってやらなければなりませんね。その意味で明主様は、組織がなかったので酷い目にあわれたのですね。

明主様 そうですね。内容も肝腎ですが、やはり思いきってやらなければ駄目ですね。

竹内氏 その点あの工事は相当に思いきったものですね。普通の頭では全く計算が成り立ちませんからね。

(昭和二十八年一月二十八日)