明主様 あなたの場合はその叔父さんが守護神なんだが、大抵これは一代おきのものだね。オヤジの霊というものは、ほとんどない。まあお祖父さんから孫です。病気もそう。お祖父さんの病気はよく孫に出てくる。隔世遺伝だが一つの法則だろうね。そうしたことは霊界のことが分るとよく分る。私なども面白いのは、いまでも、いろんな仏像が手に入る。なぜかというと、偉い寺の開祖とか仏教の開祖とかはメシヤ教の仕事をするということが大変な名誉なんだね。なんか手柄をたてたいので、自分の建てた寺の仏像などを、こっちへ入るように仕向ける。だから手に入ってくる。
日置氏 仏像は偶像といえば偶像かもしれんが、長い間の伝統で国民が拝んで来ている、その拝む魂が入っているのかもしれない。
明主様 大勢が拝むと魂も入るが、仏像は仏像で形作られるが、拝まなくなると消える。偉い高僧などの霊は霊界で修行できると、魂はその仏像へ入れるんだね。だから立派な寺のいい仏像は、みんなその霊が入っている。そこで仏像を美術館とか、いろんなところに並べることは、その霊は非常に苦しくなるんだ。
日置氏 人間でも仏像を趣味半分に集めた人は沢山いるが、みんな非命の最期をとげている。便所にまで古代仏像を飾っていた人があったが、ぼくなど、これはあぶないと思った。
明主様 そういうことを知っている人は、いろんないいものを、ずい分集めても仏像だけは集めない。
日置氏 仏像を集めるのは明治になってからですね。徳川時代には、あんなことは絶対にしない。
明主様 もったいないからねえ。寺では拝まれて丁重に人間以上に扱われる。
日置氏 おしまいに、これからの御抱負を一つ聞かせて下さい。
(昭和二十七年十月二十五日)