私は去る八月十五日、静岡地方裁判所の法廷に於て、私に関する公判に出席した時の、情景をかいてみようと思うのである。此日の公判は昨年の事件の時、庵原(ｲﾊﾗ)警察署に於て、私を取調べた主任の強力犯係兼智能犯係のＭ警察官が、今日證人として喚ばれ、当時の情況に就て、Ｋ検事の訊問に答える事になっており、其證言其他に就て、之から詳しくかくのである。
時間は確か午後二時十分位から開始されたと思う。先ず彼は招ばれて證人台の腰掛にかけた。型の如く宣誓があり、Ｋ検事から当時私に対する取調べの模様をいとも審さに訊かれ始めた。私は前以て彼はどういう風な喋舌り方をするであろうか、恐らく正直に話す事はあるまいと想っていた。何故なれば此間の公判の時證人として喚び出されたＫ検事の助手をしていたＮという、まだ二十代の若い検察事務官であるが、此人が検事の訊問の一々に就て、余りに嘘が多すぎたので、私は唖然としたのである。僅か一年前の生々しい事実で、私にしても昨日の事のように思われていた事が、Ｎ氏は知らぬ、存ぜぬ、忘れた、覚えがないの一点張りで、其白々しい態度は、一寸言葉には言い表わせない程であった。処が其事柄は彼が検事の傍にいて全部見聞きしてをり、其場で自分の手で調書をかいたのであるから、忘れる筈はない訳で、若し本当に忘れたとしたら、彼は記憶喪失症という重症な脳病患者である。としたらそんな病人が検察事務官などという重要な役目は出来ないから、辞職するのが本当であろう。之を見た私は実に意外の感に打たれた。苟くも検察事務官ともあろう者が、公判廷に於て宣誓迄しておき乍ら、斯んなに迄嘘と出鱈目の連発などのありよう訳はないからである。之に比べると被告人が證人に立った時の答えの方が、どの位正直であったか知れないのである。それに就て斯ういう事があった。それは本事件の公判が始まった最初の頃、被告人の一人が一寸した個所に偽證があったというので、其場で留置所へ入れられ、廿日間を経て漸く出されたという訳で、それ以来被告人連中何れも戦々兢々たる有様で、私なども右の事があってから後、證人訊問を受けたが、右のようでは若しか僅かな事でも偽證にされ、留置所へ入れられたら大変だというので、鵜沢及び小原の両弁護人始め、他の弁護人も裁判長に事情を訴え、適宜の方法を許されたので、漸く胸を撫で下したような訳である。其適宜の方法とは『被告が證人になった場合、自己に不利益と思う答弁は拒絶してもいゝ』という条文があるからだそうで、それを用いたのである。
其様に迄して、被告人の方は偽證に引っ掛らないよう用心した位であるのに反し右の如く検察事務官の方は滅茶々々に偽證や虚偽を平気で言っても、何の尤めもないのだから驚いたものである。忌憚なく言えば公務員は王様で、被告は奴隷といっても過言ではあるまい。私は民主国となった日本に、此様な不合理な人権蹂躪的行為が公然と許されるとしたら、日本の前途に対し、寒心に堪えないのである。愈々Ｍ警察官の訊問が始まった。之は又何と驚いた事だろう。嘘の多い事と、知らぬ存ぜぬはＮ事務官に輪を掛けた程である。而も単なる嘘ばかりではない。私が罪になりそうに、事柄を創作して言うのだから堪らない。まづい脚本の朗読を聞くようである。私の耳には自分の事とは思えない。誰かの裁判記録を聞かされているような錯覚を起し勝ちであった。
聞き終ってから先ず私は思った。全答弁を通じて七○パーセントは知らぬ存ぜぬで、残りの三○パーセントが創作であるといってもよかろう。従って此文を読んでも恐らく信じ得られる人は先ずないと思う。右の如く三○パーセントが、よしんば信を措けるとしても、残りの七○パーセントは記憶喪失の答弁でしかないのであるから、裁判長始め之を聴いている満廷の人達は、正当に受入れられる者は一人もあるまい。そうして誰しも證人の肚の中を解釈してみると斯う思うであろう。うっかり喋舌って偽證罪に問われては大変だから、何でも知らぬ存ぜぬと曖昧に言っておくのが一番安全だという考えに違いないとは、誰が眼にも映るのである。第三者でさえそう思えるとしたら、直接当っているＫ検事こそ、猶更分らない筈はあるまい。処が分ってか分らないでか、二時間も真面目くさって根気よく訊問に及ぶのだから、其心理状態は実に不可解である。何故なればまさか前以て、そういう答弁を打合わせた訳でもあるまいからである。其時私は斯んな事が思われた。此事件の様に役人の都合の為に、無辜(ﾑｺ)の人民を罪人にすべく、凡ゆる悪辣な手段を許されるとしたら、之程の重大問題はあるまい。日本は民主国家となり、役人は公僕となった今日、封建時代のように役人が威張って、人民を見下すとしたら、実に怪しからん話である。又裁判が決定する迄は罪人扱いはいけないとする事も聞いているが、そんな殊勝な点は片鱗だも見られない。
愈々訊問答弁が終って、私もヤレヤレと思った。するとそれから弁護人が交る交る立って、證人に対し色々な質問をしたが、先ず歯が立たないと言ってよかろう。中には可成鋭い舌鋒(ｾﾞｯﾎﾟｳ)で、Ｍ警察官に攻め寄ったが、何しろ例の知らぬ存ぜぬの一点張りなんだから、暖簾に腕押しで、テンデ掴え所がない。そんな訳で幾人もの弁護人の質問は、空砲を打っているようなもので、手応えなどありはしない。寧ろ斯んな質問は時間潰し以外の何物でもないと、誰しも思った事であろう。彼は斯ういう場面は馴れ切っているという調子で、弁護人の方が寧ろタヂタヂである。察するに之では今迄にも嘸ぞ多くの罪ない罪人を、作ったであろう事も想像されるのである。茲で思い出したのは先頃の三鷹事件である。大勢の死刑求刑が一転して、無罪となった事なども分るような気がする。そうして今日検察側の此やり口を見ていた私は、長い間疑問にしていた謎が解けたような気がした。それは何かというと、昨年の事件の時法難手記にもかいてある通り、私を虐め抜いて調書を作り上げたＭ警察官のやり方である。先程からの創作と嘘だらけの答弁でも分る如く、最初から計画的に此事件を起し、不法の手段を以て私を罪人にデッチ上げようとする其意図である。というのは一年以上を経た今も、何等変っていない彼のやり口で、私は寧ろ恐ろしいとさえ思われた。実を言うと昨日迄私は斯ういう期待をもっていた。それは昨年の取調べが余りに不当であった事に気が付き、流石の彼も後悔したであろうから、今度證人訊問された場合、相当反省の色が見えるに違いあるまいと思っていた事も、見事裏切られて了ったのである。
そこで私は、之程の執拗極まるやり方に対し、次から次へと想像してみて段々分って来た事は、事件始まって間もない頃薄々感じたアノ事件の因である。それは相当以前から教団内に或野心家が入り込んでいて、陰謀的計画の下に教団の乗っ取りを策していた事である。其必要からどうしても私と渋井氏を追放して了わなければならないという訳で、種々な巧妙な手段を尽して、遂に当局を動かしたらしいのである。そこで当局も以前から新聞雑誌のデマや、反対派の悪宣伝、ユスリ輩の為にする策謀等に迷わされ、そういう怪しからん宗教は大いに弾圧し、岡田を社会的に葬らなければならない。それが国家社会の為であると思ったからであろう。アノ武装警官八十人を動かした大袈裟なやり方である。そういう意味から特に凄腕のＭ警察官を選び、本尊である私の取調べの担当者に任じたのであろう。そう思ってみると彼の其恐怖的辣腕によってもよく分る。それは私が二回も卒倒したに見て想像がつくであろう。つまり彼は舌の暴力を以て、犯罪製造の手腕を発揮したのである。そうして本当から言えば、先ず被告人を正当に調べ上げた結果起訴すべき罪状が発見されたなら、起訴すべきであるに拘わらず、そうではなく最初から起訴を計画して掛かったに違いないのだから、罪の有無など問題ではない。只起訴に価いすべき理由を作りさえすればいゝので、それは昨年の恐怖的調べ方と、今回の驚くべき偽證の連発にみてもよく分るのである。最もそう思える点は、卒倒した時の取調べの骨子で、それは税務官を買収したという運動費の件であった。彼は『運動費をやったろう。確かに記憶がある筈だ』というので、私は全然記憶にないといっても『そんな馬鹿な事があるものか』と言って、此一つ事のみを三日も続けたのであるから、私は遂に屈伏せざるを得なかった。其苦し紛れがアノ神憑答弁となったのである。処がＫ検事の場合も同じように、運動費の件で執拗に攻め立てた。其時検事と私との間に、斯ういう問答が交された。検事『君は運動費とはね、どういうものか知っているか』私は考えていると、曰く『君運動費ってものはね、酒を呑ましたり、芸者を招んだりする事なんだよ』私『そうでしょうね』検事『すると君は其時運動費など使わない方がいいと、言や言えるんだろう』私『そりゃ言えない事はありません』検事『じゃー何故言わなかったんだ』私『渋井氏に委せた以上、何にも言わない方針でしたから言わなかったのです』というと『それじゃ君は運動費を承諾した事になるんだぜ』というような事もあった。恐らく之も起訴の有力な理由となったものであろう。
前述の如く、凡ゆる不合法手段で、起訴が成立つだけの證拠を作って起訴し、公判になるや今度は検事側の證人訊問になると、前述の如く創作と嘘とで有罪にしようとするのであるから、之では正が邪にされ、邪が正になるような訳で、石が流れて木の葉が沈むという昔からの譬の通りである。従って吾々は被告ではなく、被害者である。
そうして数人の弁護人の質問が終ったので、先程から我慢に我慢をしていた私の質問の幕が切って落された。私は起ち上った。時間は五時四十分頃と思う。最早時間も少ないので、予定したよりも出来るだけ縮めて質問する事とした。私は證人に向って『貴方は先程当時私が十万二十万と贈賄の金を渡したと、スラスラと述べたと言われたが、そんな事は絶対ない。寧ろ反対だ。貴方は私に向って罵詈讒謗(ﾊﾞﾘｻﾞﾝﾎﾞｳ)、脅迫によって言わそうとして、シツコク攻めるので私は遂々それでは貴方の方で、好きなようにかいて下さいといったら、貴方はそんな事は出来ない。言わない事をかく訳にはゆかない。というので私もそれでは仕方がない。何しろ貴方の言う事を諾かなければ、五人の部下も出る事が出来ず、私も早く出たいと思って、貴方の御気に入る通り喋舌ったのであるが、それを貴方は御存知でしょう』と言うと彼は『そんな事は全然知らない』という。私は又『訊問中卒倒し、気が付いて起上ろうとしても起上る事が出来なかったら、貴方は見兼ねて私を背負って、調室から留置所迄運んで呉れたのを知っていますか』というと彼は『そんな事は知らない』という。又『私は背負れ乍ら、之は言葉の拷問だといったら、貴方はギョッとして顔色が変ったのを覚えているでしょう』と言うと『全然覚えがない』と言う。私は何を訊いても右の如くで、丸で何かを叩くと音だけするようなもので、呆れて其都度笑った処、傍聴席からも何人かの笑い声が聞えたのである。最後に私は『貴方が今日喋舌った答弁全部は、嘘が八○パーセント、本当が二○パーセントと思うが、貴方はそう思いませんか』と訊くと、彼は『そんな事は知らない』というので、私は馬鹿々々しくなって止めて了ったのである。
以上によってみても、昨年の事件当時の調べ方の無理であった事や、今度の誰が見ても馬鹿らしい程の、嘘や創作を並べて、犯罪を作ろうとして骨を折っている其熱心さをみれば、如何に私の方に罪がないかを證明している訳である。従って此様な不法な行り方が、仮令民主的国家でないとしても、決して成功する筈のない事は、常識で考えても分る筈である。ましてや民主国日本となった今日、猶更そんな非理が通る筈のない事は分りそうなものだが、分らないと見えて、一生懸命にそうしようとするのは、私には分らないのである。強いて言えば吾々を甘く見すぎ、法の精神も、自己の職責も忘れて、只自己本意一点張りの人間としか思えないのである。私は今迄、検察関係の人と言えば、何しろ人の善悪を調べるという、聖なる仕事に従事している以上、他の職業人よりも或程度の良心を有ち、信用を払える人とばかり思っていた処、余りの意外に自分の耳を疑った位である。而も訊問に当った検事としても、事の詳細は百も承知していながら、何にも知らないような態度を、初めから終り迄続けて来たのであるから、證人の答弁も予め検事の指示した事ではないかとさえ疑わざるを得なかったのである。然し又考えてみると社会の悪人を反省させ、社会悪を減らす其功績は大いに認めていいが、一面此様に良民を罪人たらしめようとするとしたら、折角の努力もプラスマイナスとなるであろう。何しろ役人という鎧を着、法律という武器を自由に振り廻し、相手の抵抗力のないのをいい事にして、赤児の手を捻るような行為をするのであるから、之程危険な話はあるまい。
又斯ういう事も考えられる。それは新宗教を見る場合である。曩にかいた如く新聞や雑誌のデマを始め、世間の悪口、噂等を信じて、新宗教に対し頭からインチキと決めて了う態度である。それは戦後の社会混乱に乗じて、迷える人々を巧く瞞して金を捲き上げ、巨額の資産を作るとは怪しからん奴等だから、国家社会の為にも大いにやっつけなければならないという考えから、少々不確実な材料でも之を利用して、大々的に弾圧を加えてやろう。而も大袈裟にやる程社会に知れ亘るから瞞される人間も救われるからという訳で、思い切った手段を採ったのであろう。という事は種々の点によっても想像されるのである。然しそれも一面無理はない。全く今日如何わしい新宗教が余りに多いからで、結局玉石混淆、十把一紮の中に本教も入れられたに違いない。それが此事件の動機の一つとも思えるのである。
処が段々調べてみると、最初の予想程ではなく、別段罪らしいものもないので見込違いに気が付いたものの、今更引っ込む訳にもゆかず、止むなくいくらかでも犯罪を拵え、面目を保とうとして、偽證人などを作ったのではないかと思う。とすると茲で黙止出来ない法の不備を発見するのである。それは一旦容疑を掛けた以上、仮令中途で罪のない事が分っても、綺麗サッパリ明白にして解決する事が出来ず、何とか曲りなりにも、格好をつけようとする其卑劣な考えである。処が一歩退いて考えてみると、本当の民主政治としたら、其場合自己の不明と軽率によって、良民に被害を蒙らしめた罪を謝罪し、人民の赦しを受くべきが本当ではなかろうか。それでこそ公僕の名に愧じない立派な民主的役人と言えよう。斯うみてくると、此事件の為巨額の国帑を費し、大勢の役人の時間と労力を無駄にし、多数の良民に損害を与えるとしたら、帰する処大きなマイナス的行為であり再建日本の発展を阻害する事甚だしく、非国民的行為と言われても、否とは言えないであろう。
以上の如く、現在検察行政機関の中に、一般世人が夢にだも思えない程の非立憲的人権蹂躪が、公然と行われているとしたら、其様な事実が何故今日迄世間に知られないかという疑問が、当然起らなければならないが、之に就て私は斯う思うのである。それは今度吾々に対して行われたような不法極まる取調べ方は、今迄にも吾々と同様な目に遭い、罪なき人間が罪人にされた場合も相当あったであろう。というのは先頃の新聞に出ていた二人の無期徒刑囚が、三年の刑期を経た今日、突如真犯人が現われて問題を起したという事だが、之などもありそうな話である。そこで考えてみると、斯ういう訳もあると思う。何しろ無実の罪を被せられても、裁判中もそうだが、間違った判決をされても、金がない為弁護人に依頼する事も出来ず、控訴する事も出来ないので、仕方なくなく諦めて了う気の毒な人も相当あるであろうし、又左程金銭に困らない人でも、不法な調べ方や、承知出来ない程の扱いを受けても、我慢しなければならない事情があろうというのは、今日の社会でどうやらしている人で、脛に傷のない人は殆んどあるまいからで、洗い上げたら誰でも若干の汚いものが出てくるに違いないから、それを恐れて弁護人にも骨折らせると共に、検察官に対しても、少しでも感情を害しないよう、幾分でも罪の軽くなるよう心配するからで、之も無理はあるまい。従って私のように思い切って真相の暴露と、其感想を赤裸々に発表する者など恐らくなかったであろう。右の如く常に横暴な事が行われているに拘わらず、案外世間へ知れなかったのもそういう訳であろう。従って本事件なども最初から検察側の考えでは、教団も岡田も充分調べたら、何かしら臭いものが出るに違いない。だから相当酷い目に遭せても大丈夫と、安心し切って始めた事であろう。
処が吾々の方は、教線が急激に発展した為全般に目が届かず、遺憾な点も少しはあったであろうが、それも末端の方で問題にはならない程のものである。吾々は元々正しい方針を以て終始している以上、罪になるようなものはないからで、先方は大いに期待外れとなったのであろう。
最後に一言、是非知っておいて貰いたい事がある。それは本教の方針であるが御承知かも知れないが、本教は病貧争絶無の世界を作るという建前となっており右の三つの内、最も主なるものは病気であるから、それを解決すべく、治病に力を注いでいる。処が病気というと、誰しも人間の病とのみ思うであろうが、実は大きく観ると凡ゆる面に病気がある。本事件の如きも、言わば検察行政面の一部にある病気であるから、此病気を治さない限り、今後如何に多くの人が、被害を蒙るか分らないのであるから、一日も早く之を救いたいと思い、それには出来るだけ世間に此事を知らせ、与論の力を以て革正すべく、此文を発表するのである。従って検察官諸君には御気の毒だが、之が動機となって検察部面の病根が削除され、明朗となるとしたら、諸君等の行為も一種の功績とさえなるのであるから、亦満足されていいと思うのである。
（昭和二十六年八月十日）