此患者の例は実に驚くべきものであって、医師から肺浸潤と曰はれ、気胸二ケ年続けなければ治らないとされてゐたに拘はらず、御神書を一ケ月間読んだだけで全快して了ったのである。而も一回の浄霊さへ受けなかったので、言はば読書療法である。此様な偉大な治病力は、古往今来嘗てないであろう。全快後医診を何回受けても、完全に治ったといふのであるから確かである。
之に就いて今一つの重要な事は、以前妻女の難病が浄霊で全快した事を忘れて了ひ、自分が肺浸潤と医師から診断されても、医療で治そうとしたのであるから、医学迷信の如何に根強いかが分る。それでも治らないので気が付きそうなものだが、目が醒めない為医師の方から信仰を勧められ、仕方なしに信仰へ向き直ったが、それでもオイソレと浄霊を受けやうとせず、御神書だけ拝読の結果治ったのであるから、物で治らない病気が、形なき読書で治り、有より無の方が勝った訳で、之を学者がみたら何といふであろうか聞きたいものである。之によってみるも、先づ学者の頭の切換へこそ先決問題であろう。
肺浸潤を救はれて光明生活へ
(本文省略)
(医学革命の書 附録(おかげ批判) 昭和二十八年)