正直にする方がいいか嘘をつく方がいいかといへば、正直にする方がいいといふ事は余りにも明かである。然し乍ら世の中の事はそう単純ではないから正直でなければならない場合もあり、嘘をつかねばならない場合もある。此区別の判り得る人が偉いとか利巧とかいふ訳になるのである。
然らば、その判断はどうすればよいかといふと、私は斯う思ふのである。先づ原則としては出来るだけ正直にするといふ事であるが、然しどうしても正直に出来得ない場合、例へていへば病人に接した時、「あなたは影が薄いから、そう永くはあるまい。」などと思っても、それは反対に嘘をつく方がよいので、否嘘をつかない訳にはゆかないであらう。処が世間には苦労人などと言はれる人で、案外嘘をつきたがる人がある。そうしてつくづく世の中の事を見ると嘘で失敗する場合は非常に多いが、正直で失敗するといふ事は滅多にないものである。
(自観叢書五 昭和二十四年八月三十日)