はしがき

私は日本流に数えて今年六十八歳となるが今日迄凡ゆる世の中の辛酸は嘗め尽したつもりである。恐らく私ほど異色ある波瀾重畳の境遇を経たものはあまりあるまい。或時は高い山の上に乗せられたかと思ふや、忽ちにして谷底へ突落され、そうかと思うと又高い山の上に乗せられるというように、実に千変万化極りなき、数奇の運命を究めたもので、世間並的ではなかった。人よりも面白い事もあったし、又辛い苦しい事もあった。それ等の経験の中から掴み出した、成可興味あり心の滋味となるようなものを、想ひ出すまま書き綴って一冊の著書としたので、処世上何かに役立てば幸ひである。

(自観叢書五 昭和二十四年八月三十日)