憑依霊の種々相

其頃小山某なる三十歳位の青年があった。此男も霊媒として優秀なる資格者であった。此男は大酒呑みで酔ふと精神喪失者同様、物の見境ひもなく、一文の金も持たずして近所の酒屋を一軒々々飲み廻るのであるが、その尻拭ひを親父がいつも、させられるといふ訳で、その悪癖を治して貰ひたいと頼みに来たのが動機であったが、面白い事にはその男に種々の憑霊現象が起り、私に価値ある霊的資料を提供して呉れたのである。その中の興味あるものを選んでかいてみる。

或日憑依した霊は数ケ月前死亡した近所の酒屋の親父で、非常に角力が好きであったとみえ、憑霊するや肘を張り、四股を踏み、「サア、どいつでも掛って来い。俺に敵(カナ)ふものはあるまい」といって威張るのである。私の家の書生は癪に触って打つかってゆくと忽ちに投飛ばされて肱の関節を折られ治癒に一年以上かかったのである。或時は屈強の男が三人掛りでやっと抑えつけた事もあった。

又或日の事である。老人の如き霊が憑依したので、聞いた所、「俺は此肉体の伯父に当る者で、埼玉県の百姓であるが、俺は酒が好きで堪らないから此肉体に憑いて酒を飲むんだ。」といひ酒を要求するのである。私は、「酒を飲ませるから此肉体を出るか?」と言ふと「ヂャア、成丈大きいので一杯呑まして呉れろ、そうすればすぐ出る。」と言ふので、其通りしてやった所彼は、「もう一杯。」といふ。又その通りしてやると「又一杯。」と言ひ、都合三杯飲んで肉体を去ったのである。此霊が最初憑った時部屋中を見廻し、怪訝(ケゲン)な顔をしてゐた。私は質ねた処、彼は「此処はどこだんべ。」と言ふ。私は、「東京の大森といふ処の私の住宅である。」と言った処、「俺が居る彼世とは余程異ふなア。」と言ひ、「煙草が喫みたい。」といふので巻煙草を与ると、「こんな煙草はいけねえ。煙管で吸ひてい。」といふのでその通りしてやると、彼はヤオラ腰を上げたが、その姿は老人其ままである。やがて縁側へ出て庭を見廻し乍ら、うまそうに煙草を喫んでゐる。私は聞いた。『彼世には煙草はありますか?』と言ふと、「煙草もねへし、銭もねエので喫む訳に行かねへから、人間の身体に入エって喫むんだよ。」といふ。『成程--。』と私は思った。

右の老人が出ると入れ替って又何かが憑依したらしく頗る慎ましやかな態度である。聞いた処「妾は近くの煙草屋の娘で○○といふ。今から二月ばかり前に死んだものですが、竹ちゃんが好きだったので(此男の名は竹ちゃんといふ)今晩来たのです。」といふので、「何か用がありますか?」と訊くと、「喉が涸いて堪らないから水を一杯頂戴したい。」といふので私は、「未だ新仏である貴女は毎日水を上げてもらうんでしょう。」といふと「ハイ、上げてはもらひますが呑めないのです。」といふので私は不思議に思ひ、再び訊ねた処、彼女曰く「水を上げる人が私に呑ませたい気持などはなく、ただ仕方なしお役で上げるのでそういふ想念で上げたものは呑めないのです。」との事で、「成程霊界は想念の世界」といふ事が判った。故に仏壇へ飲食を上げる場合、女中などにやらしたり、自分であってもお義理的に上げるのでは、何にもならない事が判った。彼女の霊に水を呑ませると、うまそうに都合三杯のんだのである。

(自観叢書三 昭和二十四年八月二十五日)