医薬断片集 或る未亡人の話

此婦人は、年は四十五歳三年前、夫君が死亡し孤独となった。そこで親戚へ身を寄せようとしたが、どの親戚も、テンデ寄せつけない。といふのはこういう原因がある。此の婦人は数年前からの肺結核で顔色は青く、痩せていて一見それとみえるのである。従而、進退谷りどうする事も出来なかった。それを聞いた私はあまり可哀相だから、私の家へ引とって、台所の手伝などをさしているが、時を経るに従い、漸次健康になりつつあるので、本人は喜びと感謝の日を送っているという訳だ。

之だけでは、甚だ平凡な話であるが、実は一つの重大な事をいいたいのである。というのは、結核とさえいえば、感染を恐れて、世間は寄せつけないに反し、私の方は平気で引とり、而も台所で、食事の手伝をさせるのだから、普通からいえば狂人としか思われまい。処が、結核は感染しない事がはっきり判っている私としては、普通の処置をとったまでである。

全く、右のような悲惨な事実は、世間到る処にある話で一度結核に罹るや、病苦の外に右の婦人のように誰も構ってくれないという悲しい運命におちるという事は何たる憐むべき事であろう。之によってみても結核は感染しないという原理を医学が一日も早く発見されたいのである。之だけでも如何に人間の幸福を増すかは今更いうまでもあるまい。

(光新聞三十三号 昭和二十四年十月二十九日)