薬剤亡国論 薬毒怖るべし

八月十六日付朝日新聞「大人の社会科」欄にヒロポンとアドルムと題し左の如き記事があった。

織田作之助、太宰治、ミス・ワカナいずれもヒロポン、アドルムと心中したみたいなものだが近くは坂口安吾狂乱?のもとは此興奮剤と催眠剤の中毒だという。

ヒロポンを五○瓱ものみ下してカン馬の如く原稿を書きなぐり、さて眠れぬからとアドルムを六○瓱もかんで、酒と共に酔い倒れる此反覆では、まるで中毒量と致死量の実験をしてゐるようなもの。ヒロウをポンと吹きとばすからのヒロポンではない。実はギリシァ語のフィロポノス(仕事を愛する)から発しているのだそうだ。科学的には1フェニル・2メチル・アミノ・プロパンという構造エフェドリンやアドレナリンと同族、長井博士がエフェドリン発見の途中漢薬麻黄からすでに明治二十年代に作り出しているが、一九三五年アメリカのベンゼドリン一九三八年ドイツのベルヴィチンが出て、その興奮作用が再発見され昭和十六年からヒロポンとしてデビューした。戦後、引っぱりダコになったのは出版インフレの作家と徹夜ロケの芸能人のおかげである。

ヒロポンは、コーヒーのように大脳を刺激して興奮させ、一方、エフェドリンのように血圧をあげる。だからネムケやユウウツ感をふっとばし、動作は活発意想はほとばしり出て、多弁となる。ミス・ワカナの愛好したところだが、それはなけなしのエネルギーを一時に切って落したようなものだから、後ではガッカリ疲れ、相当の養生がいる。しかし小手術でもすぐ虚脱する人や、麻酔が切れたあとの興奮や、急性伝染病など血圧の異常降下にはもってこいだ。同類の市販品にはゼドリンホスピタンなどがある。

アドルムはかつてのカルモチン、ベロナール、アダリンに代って登場した催眠剤。化学的には1・2チクロヘキセナイル・エチル・バルビツール酸カルシュームという舌をかみそうな構造。カルモチンなどよりよく効く。興奮剤、催眠剤ともに濫用すれば、量がすすみ中毒症を呈するのは常識だが、麻薬と違って普通の人なら、ちょっとした自制心で回復できる。ヒロポン、アドルムで松沢ゆきにまでなるのは、恐らく素質である場合だろうと東大神経科ではいっている。

以上の記事は私の説を裏書している。各界の有名人が近頃のように次々死ぬのは全く此薬剤中毒が最大原因である事は一点の疑ない事実である。右の記事にもあるように、薬剤の効果は一方に良ければ、他方に悪いという訳で、それが終に中毒化し薬剤が放せなくなる。処がそれだけならいいが、強烈なる効目がある以上、薬毒が多分に含まれているからその薬毒の為、頭脳が変質したり、異常な衰弱を来したり、心臓に故障を及ぼすので遂に死を招く事にならう。

嗚呼、薬毒の如何におそるべきかを一般に認識させたいのである。

(光新聞二十六号昭和二十四年九月十日)