初めて無肥料栽培を実施した作物の、その殆んどは最初の数ケ月は、発育が悪く、茎も細く葉も黄色で、有肥の田畑と較べて頗る見劣りがする。といふ事は試作者の異口同音に唱える声で、中には夜も寝られない程心配する者さえあるといふ事実で、之に就て私は注意を与えたいのである。
元来、無肥料栽培といっても、その耕作する土壌も又種子も全然肥毒のないものはない。長年の肥毒の為両方とも極端に変質してゐるのである。それが為土壌本来の性能を発揮する力を失ってゐる。それと共に種子の方も土壌の真の成分を吸収する力がない。何となれば肥料を吸収すべく変質してゐるからである。此理由としては、如何なる物質と雖も対象物に適応すべき変質するのが原則である。仮え、誤った対象物であっても絶えず繰返すに於て、それに適応するようになるのである。之が所謂中毒である。
以上の理によって、急激に無肥料になった場合、土壌本来の性能を直に発揮し得ない。といって今迄の如く吸収すべく肥料もない、といふ理由によって一時衰弱するのである。然るに一定時を過ぎると、肥毒は漸次消失すると共に、その入れ替りに土はその本質に還元するのである。それと同様種子の方も肥毒の消滅によって、土性を吸収する本来の機能が活動を始めるので、両々相俟って収穫前頃俄然として本来の生育力を発揮するのである。
そうして中毒症状は、ひとり植物のみではない。動物に於ても同様である。例えば飲酒家が禁酒し、煙草喫みが禁煙をすれば一時は呆然として活動力が減殺する。下剤常習者が便秘症となり、消化薬常習者が胃弱者となり、解熱剤常習者がやめると一旦高熱が出るといふ事や、モルヒネ中毒コカイン中毒者も同様の現象を呈するにみても明かである。又借金のある者が期日到達の際借替えすれば小康を得るが、借替えをやめ一時に返済をすれば苦しむが其後に至って安定するのも同様の理である。
此理によって、真に無肥料栽培の偉力を発揮させるには、種子も土壌も全然肥毒が消失してからであって、それにはどうしても二、三年を要するのである。然し割合肥毒の少い土壌又は新規開拓地等は、最初から増収を得る場合も相当ある。
要は、汚穢のない最も清浄なる土壌であらねばならない。それによって驚くほどの効果を挙げ得るのである。故に無肥料栽培が全国的に行はれるとすれば五割の増収は容易であり、農民の収入は現在の倍額となり、労働時間は現在の半分で済む事にならう。
以上が五六七の代の農耕と、そうして農民の生活状態である。
(自観叢書二 昭和二十四年七月一日)