昔から盲目は先づ不治とされてゐる。浄瑠璃の壷坂霊験記にあるお里沢市の御利益談などは、一種の作り事としか思えないのである。如何に医学が進歩しても、こればかりは治らないと、長い間思はれて来た。処が最近、死人の眼を移植して効果があったとの医学の報告であるが、これ等の報告は甚だ軽率といってもいい。というのは治癒したとしても数年を経てみなければ確実とはいえまい。何となれば吾等の見解によれば一時は見えても、暫くして見えなくなる事は必至であるからである。然し、万一成功し得たとしても死人の眼を手に入れる事は容易なものではない以上実用的には余り意味はあるまい。故に吾等からみれば殆んど問題にはならない発表である。
処が、本教浄霊によれば何等死人の眼玉も機械も、薬剤も要せずして完全に健康眼と同様に治るのである。最近此驚くべき生きた事実の報告が来たので左に掲載する事にした。
浄霊一年半盲目に遂に開眼す
島根県I・S
『救世』新聞紙上に、また『地上天国』誌上に拝見するおかげ話の数々は救世神様の御神徳を遺憾なく人々に告げ知らせる福音でありますが、その殆ど総てが難治の業病が奇蹟的に短時日で治されて行くものが多く、またそれ故にこそ感激のあまりの手記となって表れたるものでありましょうけれど、病気が霊の曇りであり、その曇りの原因が敢て当人の事由にのみ帰すべからざるものもある関係上、御浄霊により浄まりつつ、或る時期が来る迄は御恵みを戴けぬものもあるのは当然で、当人及び関係者の信仰心の如何が至大の影響ある事も申す迄もありません。最後迄信ずる者は救われるとか、此処に涙ぐましい美談を御報告申上げます。
島根県美濃郡T村のI氏(二〇歳)は六歳の時不図した事から両眼失明され、あらゆる治療も空しく青春を暗黒の中に過されて居りましたが、二三年八月入信、爾来熱心なる信仰を続けておられます。隣村の信者のS氏がI氏に同情し、両人の信仰と熱意によりお蔭を戴こうと決意され、八月以来毎日御浄霊を為されることになりました。一カ月、二カ月と経過しても眼には何等の変化もありません。しかし御両人の信仰は高まるのみです。雨の日も風の日も、師走の寒さも何のそのお互に訪ねたり訪ねられたりして一日も休みなく御浄霊を続けられました。一年は経過しました。何等の変化もありません。村人の悪罵は嘲笑となり果ては狂信者として憐愍の的となりました。しかし信者の方々は驚嘆と共に尊敬の念を以て陰に陽に声援の手を差伸べたのであります。
そして二四年一〇月、さしも頑固な眼に御浄化が起き始めました。充血し、目ヤニが出だしそして一一月には益々猛烈となるとともに、見え出しました!見え出しました!光が見える、道路が白く見える、御両人の喜びは如何ばかりでしょう、想えば永い辛抱でした。軈ては完全に視力を恢復することも近い事と私共信者一同只感激あるのみで御座います。右謹んで御礼申し上げます。
(救世六十二号 昭和二十五年五月十三日)