光明如来様に救わる
岐阜県N・T
昭和二一年の夏、御守様を戴き二三年一一月一五日光明如来様を奉らせて戴き、ひたすらお縋り致しておりました。
一昨年四月長男Kを出産しましたが、この子は生れ落ちるから衰弱甚だしく親としてはこんな児程尚更ら可愛さが加わるもので、何とかして一人前に育ててやり度いと努力しましたが、段々衰弱するばかりなので本年七月家の者の勧めに止むを得ず医師に診断して貰ったところ余り衰弱がひどいので駄目だといわれました。焼野の雉子、何とかして助けたいは親の心、この上は光明如来様にお縋りする外はないと決心、七月二十二、三日頃から岐阜市H中教会長U先生にお願いして御浄霊を戴く事五日間、会長先生も「この児が助かる様なら、それこそ枯木に花だ」と言われました。色々事情もあって会長先生は七月二七日最後の御浄霊をして下されて「最早浄霊もこれ迄だ、兎に角一心に母親がこの児の為め光明如来様にお縋りするより外に道は無いのだ」との事でしたから帰宅の電車の中でも一生懸命にお救い下さいますようにと、精魂込めてお縋りしました。先ず十人が十人共助かると見たお方はないでしよう。
帰宅して早速天津祝詞、善言讃詞を一心に奉誦していました。私は妊娠四、五カ月でしたが、どういうものか急に流産したのです。ところが不思議な事には流産すると同時に瀕死の長男がメキメキと良くなり生気を取り返しました。そうして日に日に衰弱がなくなり元気になるではありませんか。牛乳等与えても飲もうとせず私共と同食の麦飯にみそ汁やジャガ芋等を好んで唯今では大丈夫になりました。生れ出んとする腹の児の命を長男に賜わったのでしょうか。何か私の流産と瀕死の児との間には神秘なものがあるのではないでしょうか。余りの嬉しさに産後間もない体ではありましたが、八月一〇日の会長先生宅の御祭日には此の不思議な御救いを皆様に聞いて戴きたいと思い、出岐して体験談をお話し申上げました。
奇蹟的御救いを得させて下さった明主様に厚く御礼申上げ御報告申上げます。
右の批判
之は全く、お腹の子が身代りになったのである。神様の御利益が、大難を小難にまつり替えて下さるといふ意味の具体化である。又此原因は貴方の家に何か特殊な罪穢があったのを祖霊がこの罪を払拭の為子供を身代りにしようとしたのを本教信仰のおかげで小難にまつり替えて下さったのである。
(救世五十九号 昭和二十五年四月二十二日)