おかげばなし批判 事実が示す浄霊の優越性

盲目から光明へ 難症が快癒し感激

岩手県K・F

私は八歳の年から二四歳迄目を病み一人歩きの出来ない人間となりました。勿論入院致し手術も眼球注射も致したつもりですが、すればする程見えなくなって行くのでした。私は見えない眼も一生懸命に医師に通ったならきっと見える様にして戴ける事と信じていました。また其れが医者の仕事だと思ったのに事実はそれと反対でその悔しさはたまらない思いでした。

或る時病院通いの途中バスの中で見知らぬ人に「貴女は目が悪いのですね」と尋ねられ、私は「はい」と答えますと、「病院へ行って前より悪くなりませんか」と笑いながら言うのです。「通えば通う程だんだん見えなくなるのに気が付きませんか。それ以上通えば全然見えなくなりますよ、見えなくなったらF町に光明如来様の教導所がありますからそこへお出でなさい。そこは眼に見えない神即ち光明如来様の御力に依り貴女の様な方や医者が治せぬ難病を殆ど全快させて下さる所ですよ、是非行って御覧なさい」と親切に教えて下さいました。またその時は恐ろしくて何もいう事が出来ませんでした。

見ず知らずの人の親切にうっかり乗ってどこかへ連れて行かれてはと思いそれが怖ろしかったのです。私はそのまま気にも止めず、病院通いをせっせと続けました処がその方のお言葉通りついに目が見えなくなってしまいました。

私はあの時の事を今更の様に思い出し教えられた教導所へ妹に手を引かれて行きました。早速先生にお願いして浄霊をして戴きました。

「一週間位続けて御覧なさい」とおっしゃられましたが、一週間どころか丁度三日目より一人でふらふら乍ら歩ける様になりました私は、先生のおっしゃるままに光明如来様にお縋りしました。先生のお話に依りますとお守様を戴けば如何なる悩みも何んな病気でも短期間で治ってしまいます。急性肺炎、盲腸の手後れ、日本脳炎又は馬の脳炎是等の病気なら一週間位で治ってしまいます。百発百中心配無用、而も教修うければ貴女にもそれが出来るのです。相手の患部に向い手を振る丈で良いのです。先方の身体の曇りを浄霊に依って浄めますと相手の苦しみは取れまして絶対に再発する事は有りませんと聞かされ早速お守り様を戴きました。其の後一人歩きも自由に出来るようになり余りの有難さに光明如来様迄お迎え、御祭りをさせて戴いて居ります。其の後私はY町A会教導所へ感謝の御奉仕をさせて戴いて居りますが、其の間医者で治らぬ重病人の実地にあまりにも多く治って行くのを見て驚歎のほかありません。そればかりか、自分は一七年間悩み苦しみ続けて来たこの目が見えるようになった事を如何にして否定出来ましょうか。事実の現われない理論を私は無論インチキ迷信と言いたくなります。

理論を信じて事実を否定する人以外の皆様に光明如来様の御力に救われて喜ぶ人々の余りにも多い事を御紹介致しますと共に、事実を信じて一日も早く悩みから救われたい皆々様に是非眼に見えない神、即ち光明如来様の信徒になられる様おすすめ致します。

右の批判

此実例は、現代医学の無効果を示すばかりか反って治療すればする程、悪化するといふ事実で、之は何を物語るものであらうか。吾々は決して医学に怨恨がある訳でもないから医学を非難するのは実に辛く、医学を賞める方がどんなに気持がいいか知れないと思ふ。然し、事実は飽迄枉げる事は出来ない。世には医学による被害者が如何に多いか判らない程であらう。然るに此真相を知らず、医学を無上のものと心得専心する者や、犠牲になる患者等を見る時、涙なきを得ないのである。

とはいふものの、吾等は、難症が快癒し感謝感激の報告をみる毎に、右と反対の涙を制える事は出来ないのである。

(救五十四号 昭和二十五年三月十八日)