「おかげ」の批判 毒素を排泄せよ!

信ずるところから光明

兵庫県 O・I

昨年九月一〇日頃突然三男K(生後六カ月)が背中に瘍のような物が出来、医師に診断して戴くと瘍との事で切開致しました。その日より二日間は昼夜の別無く痛み切口が赤くはれ上り、医者は筋炎との事でペニシリンを注射して戴き、又切開致しましたところ、始めはガーゼ一五本も入り、一時は駄目とまで思いましたが御蔭で少しずつ良くなり、五〇日程医師に通い、いま少しで全快という事、喜んでおりますと、今度は足に玉子大の前と同じようなのが出来、その時の私達の心配は何んに喩えようもなく、前の切開当時の子供の苦痛を思う時再度の切開の勇気も無く、その時思い浮かんだのは妻が切開後毎日医者に通っておりました折、Y先生に三度道で御逢いし、三度目に先生より「どうしたのですか」との御尋ねに右様に御話し致しますと、「切開しない前でしたら私が良くして上げるのにね」と言われ、それきり御別れ致していた事を思い出し、溺れる時は藁をもつかむの喩えで半信半疑で医師にかくしてさっそく先生に浄霊致して戴きましたところ一回で痛みが取れ、手で押しても苦痛の様子も無く不思議に次第に小さくなって来るではありませんか。 御力の偉大さに家内一同の喜びは申すまでも有りません。そして一カ月程で跡形も無く全快致しました。

その上私も一九年来の痔と腰痛で色々と手当を致しましたが次第に悪化する一方で、もう死なねば治らない物とあきらめておりましたが、Y先生の御浄霊を受け始めてより二カ月程で痔も腰痛もすっかり全快致しました。その間色々と観音様の有難い御話しも御聞かせ願い、ただただ感涙のほかはありません。私も昨年九月御光を拝受致し妻も今年二月入信させて戴き、色々と不思議な御利益を戴き、その上Y先生の御世話にて、分会長先生N先生の度々の御光来を仰ぎそのつど色々と不思議な御力を拝見さして戴き、その上光明如来様の御光をも拝受、余りの有難さに泣けました。この上は数々の御利益の万分の一にても御報い致すべく現職を捨てて本年二月二〇日より日夜努力致しております。そして浄霊に廻らして戴いておりますうちに自分の胃病まで知らぬ間に全快いたしております。そして新しく自分という者が生れて来たような感じが致します。これも大先生諸先生方の賜と深く深く感謝の外はございません。

大先生の御歌に

越え難き此の現世の大峠安く越えなむ神の恵みに

ああなんという有難き御言葉でしょう。日も早くこの喜びを皆様に御頒ちして地上天国実現の一時も早からん事を御祈り申上げ御礼の御報告申上げます。

愛知県 Y・C

私は昨年一〇月入信させて頂きました。その前生まれて半年になる愛児の足の付根にいま思っても恐ろしいおできが出来ました。驚いてさっそく近くの病院に行きますと化膿しないようにとペニシリンを打って頂いて帰りましたが益々大きくなり、赤味をおびたところも段々広くなり心配でたまりませんでした。私は先に生れた子供もおできを切開手術して死に致らしめておりますので一層心配は募るばかりでした。その時ちょうど近所のUさんという観音様に熱心なお家にI教会の会長H先生がお出での事を承り、早速お伺いして色々と有益なお話を承っているうちに何か気持が楽になったような感じが致しました。子供可愛さに入信させて頂き、最初の事とて自信はありませんが一生懸命に観音様にお願いして浄霊をし、またUさんにもお願いしておりましたところ、入信致して三日目に恐ろしいほど沢山の膿が出てすっかり跡形もなくきれいに全快し、家内一同吃驚するやら嬉しいやらなんとも言葉に表わしようもございません。観音様、本当に有難とうございました。

その後にまた今年の二月の末に室で遊んでおりました子供がセルロイドの玩具をあやまって火鉢のなかにとりおとしましたのでたまりません。アッという間に愛児の顔一面をやいてしまい、見るも恐ろしい顔になってしまいました。またまたどうなる事かと心配しながらもさっそく顔に水を掛け、思わず観音様と念じつつ生懸命浄霊を行いUさんにも来て頂き、色々御協力を頂きましたが余りに重いので分会長先生を通じて御守護の電報を打ちました。一時はどうなる事かと取り乱しましたが痛みがとれたか子供も泣きやみましたので、一切は観音様にお任せして日夜浄霊を続けました。その間近所の方々や親類の方々もそんな事でよいか、医者に行かなければ不具になるなどと、どれだけやかましく言われたか知れません。それでも先のおできの時も傷もつかずきれいに治して頂いた覚えがありますので、私は観音様の浄霊のみにお縋りを致しました。ある時など兄の忠告も聞かないので兄妹の縁迄切ると言われました。その頃子供の顔も一部は化膿してとてもいやな匂いの膿がどんどん出ておりました。火傷をしてからちょうど数えて四〇日程で元よりも美しい愛児の顔に治りました。全くこれこそ全快以上のものと言うのでしょう。傷跡一つ付いてはおりません。とにかく色々言っていた近所の人や親類の人達も二度びっくり致しました。この大いなる御恵みにいかにして報ゆべきや日夜忘れた事はございません。その後光明如来様もお祭りして頂き、文字通りの安心立命と感激の日を送らせて頂いております。

批判のお言葉

前者は、最初背中に出来た腫物を何にもせず放置しておけば順調に化膿し膨大し、自然に孔が開いて膿血を出し完全に治癒すべきに拘はらず手術した為の法則である化膿不充分の結果再び足部に腫物が出来た訳で幸にも浄霊によって治ったからよいが、もし右の足部の場合手術したなら又別の所へ出来たかも知れないのである。

後者は、最初腫物の出来た時先の子供の切開、死に至らしめた失敗があるので、本教に縋るようになったのが倖せであった。而も浄霊三日目沢山の膿が出て跡形もなく治った事は全く手術を躊躇してゐた為、充分化膿したからで、浄霊するや間もなく排膿した訳である。

之によってみても如何に腫物は手術に悪いかが判るであらう。処が世人は腫物は切開する方が早く治るように思うのが大間違いで、自然放置なれば早く治り、再発や痕跡も残らないのである。全くその愚や及ぶべからずである。

次の火傷の場合も浄霊一方で治り前よりも綺麗になったという事は、火傷によって顔面部の毒素が排泄したからで、血が綺麗になった為である。処がそれを知らない為に薬をつける。すると薬毒が滲み込んで醜い顔となり、それが何年も続くのであるから困ったものである。

(救世四十八号 昭和二十五年二月四日)