本教発展の主因

我救世教が宗教法人として、表面的活動に発足したのが、昭和二十二年八月であった。何しろそれまでは官憲の圧迫が甚だしい為、知っての通り日本浄化療法の名によって、民間療法を営業としてやっていたのである。といっても信仰が伴なわないと病気の治りも悪いので人によっては私の描いた観音様を拝ませていた。これなら昔からある信仰だから差障りがないという訳で、それ程当局は新宗教を嫌ったものである。処が幸いなる哉世は民主主義となり、信教の自由も許されたので、茲に天下晴れて宗教団体として活動が出来るようになったのである。そのような訳で、当時としては信者といってもいい位な人は、先ず二、三百人位であったであろう。

それが知っての通り、今年の八月で満六年になるが、驚く勿れ現在信者は数十万に及び、教師の数三、二四二人、大教会四、中教会八八、支部五二四というように発展し、しかも日に月に教勢益々拡大しつつあり、その上今年春から布哇(ハワイ)、夏からアメリカというように拡がると共に、布哇の信者数僅か半カ年にして千人を突破するという盛況で、最近相当立派な本部としての土地家屋(五万弗)を買入れると共に、土着の人々の中で熱心な人が支部長となり支部の数も数カ所に及んで、尚続々各地に出来つつあるという現状である。又アメリカの方も八月羅府に支部が出来るや、日に日に教修者の数も増えつつあるという報告も先日来た位で、将来は予想もつかない程の発展の兆も見えるとの事が書き添えてあった。

次に箱根の地上天国も完成し、昨年出来上った美術館は益々充実すると共に、漸く天下に知れ渡り、今夏の如きは昨年の数倍の観覧者があった程である。特に外人間にも知れ渡り、毎日数人はかかさず見えるので、この分でゆけば何れは日本の名物となる日も余り遠くはないと思えるのである。又強羅の中央箱根第一の位置を占めている土地約一万坪を数年前手に入れてあったが、此処へ将来総本部を造るべく計画中である。

次に目下造営中の熱海の地上天国並びに救世会館、景観亭、美術館等の建設も着着進捗しつつあり、京都嵯峨の地上天国も土地だけは手に入ったので、何れは建造の運びとなる予定である。右の如き数々の素晴しい発展振りをみても、到底人間業とは思えない。私自身でさえ予想以上の大規模に進展しつつあり、その速度に於ても只々驚くの外はないので、恐らく世界の宗教史上にも例はないであろう。ではこの原因は何処にあるかというと、これこそ本教独特の浄霊医術と、そうして奇蹟の多い事である。重難病で医師から見放され、死を覚悟した者が忽ち快癒に向い、健康となり生命までも恵まれたのであるから、その感謝感激は並大抵ではない。どうしてもそれに酬いざるを得ないので、先ず金銭を献げる事になる。しかも本教の方針として搾取は禁じてある以上、自発的献金である。それらの人が非常に多数に上る事とて、その額も相当になり、以上の如き諸般の建造物が次々出来るのである。

これによってみても本教の御利益が如何に驚くべきものであるかが想像出来るであろう。然も悉く奇蹟であるから、本教位奇蹟の多い宗教は、未だ嘗てないとさえ曰われている。つまり大きな御利益、奇蹟、発展というように進展するのである。処が右は日本だけの事であるが、何れは米国始め他の国々へも教線は拡がる事になろうから、その発展の勢は到底想像もつかないであろう。茲に到って予期の如く世界的大宗教となり、全人類救われる日も左程遠くはないと思うので、それらを考える時血湧き肉躍るの感なくんば非ずである。

(栄光二百二十八号 昭和二十八年九月三十日)