この人は七年間の慢性頭痛が、只の三回で治り、その他の持病も次々快癒したというのであるから到底信じられない程の奇蹟である。恐らく一般人は固より、特に医学に携わる人達は、猶更信じ難いであろう。というのは唯物科学に固った頭脳で、神霊の医力を解し様とするのは無理である。丁度未開人に対し寝ながら千里の先へ飛んでゆく飛行機や、千里先の人間の声が聴けるのと同様で、到底分る筈はないのである。といって分らなくとも事実は厳然たる事実である以上、否定する事も出来ないのは勿論である。
処が成程飛行機や無線は、驚異的ではあるが、人間の生命に比較すれば桁違いであるにみて、本教浄霊の価値が如何に素晴しいかは、論議の余地はあるまい。これこそ人類救いの神の力でなくて何であろう。
七年間の慢性頭痛、盲腸治る
--有難い御浄化による健康快復--
広島県 M・H
明主様日々の御守護厚く御礼申し上げます。私は本年三月二九日に光栄ある信者とならせて戴いた者でございます。
二歳の時壊血症、疫痢、肺炎と三つ重なった病気に死を宣告されてより医者よ、薬よと、そればかりを頼りに育てられた私は小学校二年生の時、一寸した風邪引をジフテリヤと誤診され、これより他に方法がないと言われて血清注射を受けたのが原因で人事不省に陥りその時に居合せた六人の博士の診断の結果「今夜限り」と死を言い渡され、再び死の寸前を彷徨った私はそれでも生命だけは取り止められたものの、以前よりも増して病弱な身体になってしまったのでございます。
それからというものは人の作った医学は何か欠陥があるということがよくよく身に染みたのか、医者で診て戴くのが何だか恐ろしい様でございました。肺肋膜も丈夫でなかった私は或る定った医者でない限り何時も重い診断を受けておりました。女学校を卒業する頃から体の工合の少々悪い位自分の気持次第で病気は進むものと信じ、自覚症状によって用心致し乍ら病名を知られずにいる方が却って心配をかけずに済むことが嬉しかったのでございます。併しその苦しみは未だ耐えることも出来ましたけれど、七年間悩んだ頭痛、これこそ一生浮ぶ瀬の無いこととあきらめ、運命とはいえ時には捨てばちな気持も起る次第でございました。
忘れることの出来ない二月二三日、その日こそ明主様より救って戴けた私の第二の人生の出発日であった様な気が致します。母が或る信者様より有難いこの道のお話を伺って帰り、行くことを勧めたのでした。
併しその時母は救世教を戴る一種の拝み屋位に考えたのか今迄どんなに勧めても医者へも行かず、薬ものまない私を何か神憑式におがんで戴く様話しましたが、溺れる者藁をも攫むの言葉もございます通り、拝んで戴くだけでそんなにお力のあるものならばだまされたつもりで一度だけでもお参りして見ようと思い立って翌日早速R支部へお参り致したのでございます。恐る恐る入ったお部屋の様子がそれまで予期していたのと余り異っていたので何か物足りなくがっかりしました。それでも最初先生から「薬は毒ですよ」と言われた時は意外と申しますよりも、何だか嬉しいと思う方が強かった様でございます。良い薬が次から次から発明され、それをのまなければ病気は良くならない位に信じ切っている今日ですが、人はともかく私の病気だけは絶対医学では良くならないと決めていたのが、瞬間的に私も救って戴けることが出来るという安心感と、人生の喜びを与えて戴くことが出来ました。それでも実際御浄霊をして戴く迄は未だお道の有難いお話等を信ずることが出来ず、半信半疑の中に初めて御浄霊して戴くと急に熱が四〇度近くも出た様に顔が真赤になって、それまでは夜眠られない程に凝っていた肩がすっかり楽になって、自分の身体でなくなった様で唯不思議としか考えられませんでした。そして僅か三日間の御浄霊で七年間の頭痛が嘘のように忘れさせて戴くことが出来ました。過ぎてこそ一口に七年間と申しましても、その間の苦しかったことは到底言葉では現わすことは出来ません。「何時も額にしわを寄せてこわい顔ばかりして何が気に入らないのか、又何処か他に悪い所でもあるか」と母に聞かれる度に返答に困っていた私を、僅か三日間で本当に頭痛が良くなったと言ってもそんなことは嘘だと言って父も母も中々信じて呉れないのです。それでも一〇日、二〇日と過す中に自然の私の行動によって疑いない事実としてやっと信じて戴けることが出来ました。又何時手術をせねばならないかと心配していた盲腸も二日御浄霊をして戴いただけで一回の血便と一回の下痢によって以前の痛みはすっかり忘れる様にならせて戴きました。又女学校卒業すると同時に急に近視になり悩んでおりましたのに、今では誰にも負けない程遠くも近くも変りなく見える様にならせて戴きました。前に蓄膿を手術した事があり、その時に使用した消毒薬の恐ろしさは伺っておりましたけれど、丁度夕食の時お箸を置いた儘うつむいてその痛みのきついことは予期した以上でございました。手術後はどうもはっきりしなかった鼻も次々の御浄化に依って大分すっきり致しました。この様に次から次へと医者の手を煩わした所は殆んどと申し上げて良い位、入信後まだ日の浅いうちに私より早く入信なさったお方でも羨む位の有難い御浄化を絶え間なく戴き、日の過ぐると共に元気な身体にして戴き早く救って戴いたことを嬉しく思っております。以前の私と今の私とを一番良く知っている母も私より一カ月後れて入信させて戴き、御飯焚きさえも禁じられていた身体でしたが田畑へも行き有難い御浄化を戴きつつ元気にさせて戴き家中喜んでおります。
闇夜から抜け出た如く明るいさっぱりとした希望ある人生の喜びを筆や言葉では表わす術もなく、唯々有難い明主様の大恩に感謝致しつつ、この上は未だ病に苦しんでおられる人々に早く明主様にお縋り申すべくおすすめ致すのみでございます。何卒神意にかなうお手伝が出来ます様御守護の程お願い申し上げます。
明主様有難うございました。
(栄光二百十七号 昭和二十八年七月十五日)