左の御蔭話は、結核信仰療法の著書の広告を読売紙上で見て本教浄霊を受ける事になり、それが機縁となって早速入信し、救われたという極く最近の生々しい事実である。そればかりかその事が入院中の患者に知れた為、次々退院、浄霊に縋る事となったのであるから、結果からいえば宗教が科学に挑戦し、勝利を得た訳である。しかし私はそんな考えは毛頭ない。只医学の誤謬の為に多数の患者が言うべからざる悲惨な運命に沈淪している事実を知る以上、神の代行者として救わなければならないからである。従って今後もこの様な事は至る所に起り、療病転向者も続出するであろうが、これも右の如く万止むを得ないのである。それに就いて考えてみて貰いたい事は、昔から医は仁術なりと曰われ、正業としているに違いないが、それが逆である事に気が附かないので、結果からいえば善意の悪徳者である。故にこの人達に対しても一日も早く目醒めさせ、救わなければならないと痛感するのである。というのは真理の光は必ず逆理を打ち消す事になるからで、結局医学の滅亡も時の問題でしかないのは断言出来るのである。としたら医業者諸君も、その時になっては時已に遅しで、今の内考え直すべきでそれをお奨めする次第である。
結核で二年一カ月
入院中を救われ入信す
大阪府 F・S
私は二五歳までは真面目な青年でしたが、その後芸能団に加わり、日本全国は固より朝鮮、満州から台湾、樺太と転々と廻り、至る所で酒と女に耽っておりました天罰で、昭和二六年二月ふと風邪に罹り、近所の医師に診察を受けましたら、「一度阪大病院でレントゲンを撮って診察を受けるように」と聞かされ、私は何のためにレントゲンを撮るのかと不思議に思いました。それはその筈です。私は今日まで医者に一度も手を握って貰った事もなく、二日と病気で寝込んだ事もないので、渋々阪大病院に行ってレントゲンや、血沈をした結果を医者から聞かされて驚きました。「貴方の肺は両方共浸潤がひどく第二期だから、パスとマイシンで一カ年以上療養所で安静になさい」との事にて、私はその時大きなショックを受けました。まるで死刑の宣告を言い渡された如く前途暗闇になり、帰途頭がぐらぐら熱が出て家に戻ると直ぐ床に就きました。その後毎日熱は高くなるばかりで到頭三月一日に大阪市立北市民病院に入院しました。
なかなか快方に向いませんので病院から生長の家のお話を度々聞きに行きましたが、そのうちに天理教の人で入院患者にお授けに廻っておられる人が喧ましく私に勧められるのでお授けを受けました。その時私はすでに結核の他に神経痛を病んでおり、両手が動かなくなっておりました。やく一カ年程一週間に二遍は天理教のお授けを受けては毎日病院から注射や薬を飲んでおりますが、なかなか快方にむかわずだんだん悪化するばかりで、また新薬のヒドラジドも服用しましたが、初めのうちはとても効果がありましたが、だんだん菌に抵抗力が出来て何の効果もなくなり二年一カ月も過ぎました。
丁度その時私の病室は二人で、室になっておりますので他に私より三カ月も以前より入院していられるTさんが、去る三月二五日の読売新聞に世界救世教の『結核信仰療法』と言う本の広告を見て、早速その本を買って来られて、読んで直ぐ全快者の記事中のS中教会Y様のお宅へ尋ねて行かれて御浄霊や明主様の有難いお話を承って病院に戻られ、翌る日にK大教会M支部H先生にお逢いして御浄霊や明主様の有難いお話を承って病院に戻られ、明日愈々退院するとの事に私は驚きました。Tさんは日頃から信仰は大嫌いな人で、とても衛生家で医者を信じ、明日でも肺切開の大手術をするべく待っておられる人が急にベッドを蹴って、医者も薬も捨てて信仰の道一本で行くとの事に私も少なからず動かされました。なお私にも信仰する様に勧めて下されたので、私も其時は半信半疑で行く気になりまして共に参拝し、H先生より御浄霊を戴き、色々とお話を聞いている中に何となくこの宗教を信仰したくなりました。
それから病院に戻って二人共丁度一八〇度の転換と申しましょうか、退院する事を決心しました。早速受持の医師に相談しましたがとても反対しました。その筈です。当時私達の病状はとても悪化しておりましたが無理矢理に退院しました。その時はすでに午後九時でした。今から考えますと、二年一カ月も何の為に入院生活したかとぞっといたします。それだけ長い間療養して良くなる処かだんだん悪くなるばかりで、他の患者も皆同じ事を繰返しておられます。たまたま医者から全快したと退院命令が出て喜んで退院して働いているうちに、一カ年も経過せぬうちに再発して再び入院へカムバックしている人が日に日に増して行くのに驚きました。全く今日の医学の無智な事と医者が病気を作り、医薬では絶対に病気は全治せぬ事がはっきりわかりました。
私はその後四月一四日に入信させて戴きました。全く日も浅いが毎日毎日本当に楽しい日を送っております。一カ年も苦しんだ神経痛も僅か一五、六日間の御浄霊で治していただき、結核も日に日に快方に向っておりますので、入院中は安静で寝てばかりおりましたが、退院した翌日から毎日R町のH先生の許へ御浄霊やお話を聞きに通っております。又帰ってから直ぐ元の病院に行き、入院中知り合いの患者さんに有難いお話を聞いた通り告げてその人達を一日も早く一人でも多く、医師医薬に頼る恐ろしさよりお救いしたいとお勧めしております。最近ベッドを蹴って入信する人が五、六人出来ております。今後共ますます明主様の厚き御守護の下に、一人でも多く病魔よりお救いさせていただき、又入信をお勧めして、尊き御神業に邁進させていただきますよう何卒御守護御願い申し上げます。
明主様誠に有難うございました。厚くお礼申し上げます。
(栄光二百十四号 昭和二十八年六月二十四日)