医学の無力

この御蔭話の患者について言いたいことは、医学の余りに無力なことである。日本製の注射では効かない、アメリカの注射薬より外にないというので、それで治るかと訊くと、請合われないという。只それだけの話でどうしようもないのである。としたら医学の余りの心細さに驚かざるを得ないのである。この事実によっても医学進歩の程度は分るであろう。としたら実に問題である。とはいうものの、それは医師にも分っているに違いないが、ウッカリ言うと忽ち顎が干上るから、要領よくお茶を濁しているのだろうが、この精神的苦しみはお察しするのである。

大石に押しつけられた様な
強度の頭重短期間に癒さる

兵庫県 H・T

明主様謹みて御守護の数々御礼申し上げます。

過去を振り返って見まするに私は幼少の頃より病弱で、特に脳が悪く床についている時が多く、気分の良い時でも部屋の片隅で小さくなっていたり、又冬になれば湯タンポの上に坐った儘という状態で生活して参りました。無論血色とて無く魂の抜けた人形の様で、食事の仕度することがあってもトンチンカンなこと許りして、近所の人達は気違だ!馬鹿だ!と蔭口どころか私の目の前でハッキリ言う人さえありました。病院で診察して頂きますと「貴女は幾ら日本の注射をしても駄目だから、アメリカの注射をする外に術は無い」と申され、主人が「米国の注射をしたら全快するでしょうか」と尋ねた処「アメリカの注射を少し打った位では効果は無いが、長く続ければ効果があるかも知れない。又費用も日数も大分掛かるが、それで宜しければ取寄せて上げるが気安め位だ。それより放って置いた方が宜しかろう」と医者よりも見放され、親類の者達は気違病院へでも入れた方が、ずっとよかろうと迄あざけり笑い、いっそのこと死んだ方がましだと幾度か思い、毎日毎日枕の乾く間の無い位幾夜となく泣き明したこともございました。その上息子(Q)は年中胃が悪く、嫁は結核で入院して困っておりますし、本当に私達は地獄の底にうごめいておりました。

その時、昨年の七月頃より尾道から来ておられたY先生に尊い御道の話を聞かされ、御浄霊をして頂く内に段々と気分も落着いて物の判別もつく様にまで御蔭を頂きました。息子は元来疑い深い方でしたが、御蔭を見て半信半疑のまま昨年八月、名古屋のS中教会の会長先生より入信さして頂き、その後私に御浄霊に来てくれ、又病院へ行って嫁にも御浄霊している内に体の工合が非常に良いので、早速退院させ、九月に入信させて頂きました。二人より交る交る御浄霊をして頂く内に、何回とも無く御浄化頂くその度に楽になり、一〇月教会へ御参りさせて頂けるようになりました。その時或信者が来ておりました(以前腸結核の方)が再度の浄化とのことで、とても苦しみ始め、傍で見ておれない位でしたが、口から何か変なものを出され、その臭いたるや消毒薬の臭いでした。丁度先生の御留守で奥様が御浄霊しておられましたが、間もなく患者はいびきをかいて寝て仕舞いました。本当に御浄霊の尊さ、それに引替え薬毒の恐しさに今更乍ら驚きました。

一一月二日に姫路のN先生がQの宅へ来られ、私も飛んで行き度く思えども体がはっきりせず困っておりましたが、Y先生に御願いして頂くとずっと楽になり、早速バスで後ればせ乍ら御参りさせて頂きました。沢山の御参りの方がありましたが、私程重い病人はございませんでした。私は最後に御浄霊がお願いできました。御浄霊して頂く内にウトウトと良い気分になり、ふと気が付くと今迄三〇年間重かった脳がハッキリとして、目が覚めた様に軽くなりました。その時の嬉しさと言ったら筆舌には言い表わせません。我知らず涙が流れ、思わず大声で「明主様有難うございます。三〇年間の脳中の重い石を取って頂きまして有難うございます」思わず知らず何回も何回も……私はこの時の嬉しさを一生忘れる事はできません。傍にいた人々も水を打った様にしーんと静まり返り、私の過去を知っていた人々はもらい泣きした人すらあったと後で聞きました。

一一月一五日主人始め私、兄、妹と会長先生より入信さして頂きました。先生より御浄霊もして頂き、この時も少し眠くなったかと思うと、今迄腰が冷えて困っていたのが一辺に治して戴きました。

今日では私もQも近所の人達に御道の話をしたり新聞を問配りに歩いたり、御浄霊もさして頂きすっかり元気にしていただき、神様の御用がさせて頂ける身体にさして頂きました。これ偏に明主様の御守護の賜物と、偉大なる御神力には只々感謝感激の外なく、御蔭様で嫁の肺病も父(八三歳)の永年の神経痛も治して頂き、今では野良仕事はおろか御正月の餅もつかして頂ける様になり、一家揃っての病人の家が今年の御正月は本当に嬉しく楽しく過させて頂きました。今年は自然農法に切換えて作るのを楽しみ乍ら、仕事の寸暇を利用して藁を切っております。

この上は御教えに従い、Qも私も御神業に励まして頂く覚悟です。

明主様、誠に有難うございました。拙文にて御守護の一端を御報告さして頂きました。

今後共罪多き吾々に御守護下さいますよう、伏して御願い申し上げます。

(栄光二百一号 昭和二十八年三月二十五日)