大いに注意すべき事

私のかいた文字を粗末にすると、必ず御気づけがあるから注意して貰いたい。之は御守に限らず、凡ての文字がそうである。というのは其上へ他の品物を載せると、霊的に大変な御無礼になるから必ず御気付けがある。何となれば一字々々に神霊が宿られているからである。その位の偉力がなければ、万民を救う事が出来る筈はないからで、つまり私の文字は生きているので、其つもりで扱うべきである。左の御蔭話は其事を神様が御示し下されたものである。

祖霊の戒告
お守様のお箱の上の位牌に立腹

大分県 F・N

私は昭和二五年一二月に入信した者でございます。 此度戴きました御守護の一端を御報告さして頂きます。昭和二六年一一月二二日家の例祭を済ませた翌朝の事でございました。中教会から一寸お寄り下さったI先生に、胸の辺りが苦しいので御浄霊を御願いし、 一〇分程で汽車が来ましたので私も左程の事もありませず、すぐ御帰りになりました。帰られまして三〇分位すると突如吐気を催し、 沢山の生つぱの様なものが出ました。それから全身がだるくなり、腹部が猛烈に痛くなり、居ても立ってもいられなくなりました。五分か一〇分毎に出産の際の陣痛の様な痛みがおそって来ました。初めは食当りでもしたのではないかと軽々しく考えていましたが、翌日になっても依然として痛み続け、堪えられなくなりましたので、中教会へ自動車にて連れて行って貰い、M先生奥様より御浄霊を戴きました。

丁度長女H(五歳)も麻疹がはっきりせず、肺炎になりかけていましたので非常に苦しがり御浄霊を戴き楽にして頂きました。 四日目に会長先生の奥様が態々お出で下さいまして私の浄化につき「何か霊的な事があるのでしょう、貴女が人工流産された水子の位牌をお造りなさい」とおっしゃられまして、私も其日便所に行ってのかえり、廊下で急に頭から引張られる様な感じがしてクラクラと目まいがして倒れ、意識不明となりましたので、不図あの子供が知らしているのかも知れないと思っていた矢先でしたので、早速位牌を造る事を心に決めました。すると不思議にも四日間痛み通した腹痛と全身のけだるさはスーッと軽くなり、四日目に初めて夕食を頂きました。奥様よりHと共に御浄霊を戴きまして其晩はよく眠りましたが、翌日になりますと前にも増して痛み出し、四、五分間おきに下腹をえぐる様に痛み、 全身がフラフラとしてだるく、今迄に味わった事のない苦しみでございました。仰向いていると腹痛がひどく、うつ伏していると腰が痛く頭が‥重くて起きれないのでした。お産の時以上の苦しみでございました。

お見舞に来て下さる方々には何とかして医者に連れて行こうとして下さる方もあり「若しもの事があったら」と主人に忠告をして下さる方も沢山ありましたそうですが、只光明如来様にお縋りする私達は最後迄お縋りすれば屹度お守護頂ける事を信じていました。毎日の激痛に心身共に疲れました。丁度一週間目の二八日中教会の奥様にお出で下さる様お隣りのAさんの奥様(信者)に電話をお願いしました。其間主人が床を片付けるからと掃除をしている間別の部屋で座っていますと、何かしら気分がよくなり、Aさんが帰って来て下さった時には笑声も立てて話せる様になり、奥様が来て下さいまして「今来る途中何かしら胸が苦しくなり、何か霊的に知らせて来たのではないかと思います」とおっしゃって、すぐ光明如来様に天津祝詞を奏げられてお願いして下さいました。そして仏壇の方を御覧になり「ああこれで分りました。もう楽になりますよ」とおっしゃって下さり、吃驚しました。

それは仏壇のお位牌の下に、最初私が戴きましたお守様を桐箱に入れて置いてあったのでございます。それから嘘の様に元気になり、一週間痛み続けた腹痛もよくなり、食事も沢山頂け、本当に生れ変った様に元気にして頂きました。後で分ったのですが、よくなる朝の二時頃に急に胸が苦しくなり、沢山の青いにがい薬の様なものを下腹からつき上げて吐きました。それから下腹が楽になった様でございました。奥様からお聞きして分らせて頂いたのですが、私の下腹にある薬毒に祖霊が憑って来たのだろうとの事でございました。

お隣りの奥様に電話をお願いすると同時に私の体が楽になったのでございました。再度の祖霊の知らせに如何に霊の偉大なるかを分らせて頂きました。

(栄光百五十六号 昭和二十七年五月十四日)