本教の奇蹟の多い事は、宗教史上空前である事は、信者は誰も知っているが、左記二例の奇蹟に至っては、どう考えても大奇蹟である。危険を免れた奇蹟の報告は、馴れっこになる程常に知らされているが、強いて疑えば、偶然という理屈をつけられない事もないが、此報告通りとすれば、どう考えても奇蹟というより外に、理屈はつけようがないのである。従って此様な厳然たる事実にみても、本教信者は何等心配なく、常に安心立命を得ている事は、一点の疑う余地はないのである。
十四米落下、奇蹟の生命拾い
山梨県K・S
明主様、日々の御守護を戴きまして誠に有難うございます。ここに奇蹟中の奇蹟、当然ない一命を、御守護によりましてお救い戴きました喜びを、御礼申上げますと共に、到底、筆舌には表現出来得ません事を遺憾と存じますが、余りにも偉大な御守護を体験させて戴きましたので乱文をも省みませず、感謝の御報告をさせていただきます。
本年一月二〇日から長野県の篠ノ井線、明科、西条坂北間の鉄道ケーブル架設工事に出張致しておりました、二月二八日には、仲間の一人が梯子から落ち、相当腰を打った人がありましたので一同注意しておりました、三月八日午後四時四〇分頃の出来事でございます、その朝、御獄山信者である宿の主人が、「まだ一つ大きな災難があるから皆様も高い所の仕事故、呉々も怪我のなき様に」と特に注意してくれました、現場迄一里余り、此日の作業はケーブルに中乗して、銅線に金車を三米おきに掛けて行くのでございます、 其金車の中をロープが入り、ロープの尻とケーブルの先を縛ってケーブルを延ばすのです、此場所は川を横断しますので、電柱と電柱の間が普通の倍(八〇米)もあり、たるまない様に、もう一本上から吊ってあるのです、従って仕事が面倒で途中迄行き上から来た線と下の線が合致する所で掛けかえをしなければなりません、 右手で線をつかみ、 左手でかけかえるのですが、掛けてある線からはずすのに、一尺ぐらい上にあげなければならないのです、丁度私がその仕事に当っておりました時、一方をはずして上にかけ様としましたら一時に体の重みが左片方にかかり、掛けかえ様としてもかからず、
初めの中は肘でこらえていましたが、段々力がつき右手だけになりました、其間、 約七分、 体は伸びきりになりました、 一四米下には川が流れ、川淵は石の入った蛇籠になっております、その気持は何とも言い表わし様がございません、他の者が助けに来て、手を出すか出さぬ中、こらえにこらえた力も尽き明主様、明主様と唯お念じしつつ手を離してしまいました、下に居た人達も何しろ高いので、どうする事も出来ず、あっと思ったまま見るに耐えず、皆眼を伏せたそうです。
ドシーン、と落ちた瞬間ああ、と吾にかえった時、「御守護だ、 救われたのだ明主様」 と呆然としておりました、 その中、皆死んだものと思い大騒ぎして駈けつけて参りましたが、非常に驚ろき「医者へ、医者へ」と心配して下さる時は平常な気持を取り戻し、「大丈夫です」と、ことわり、お尻をドシーンとついた響きで、胸が少々痛んでおりました処を、その場で自分で浄霊いたしました、 背負われて宿に帰って参りましたが、お尻が内出血し真黒にはれ上り、左手首の骨にちょっとひびが入った程度で痛みが全然ありません、余りの御守護に只熱いものが流れ出るのを、どうすることも出来なかったので御座います、他に信者は居りませんので、唯一人で御浄霊をいたしました、内出血は血尿となって出まして三日日には二階の上り下りが出来る様になりました、
後で落ちた現場へ行ってみましたら、その場に居合わした人の話によりますと、線の真下に蛇籠があり、当然そこに落ちるべき所、不思議なるかな身体は斜に落ちて土の傾斜面の上に落ち、三回ころがって蛇籠のところで止ったそうです、落ちた場所から一尺左にはコンクリートで出来た堰があり、一米右の所に電柱の切ったのが上にとんがり出ておりまして、どちらに寄っていましても大怪我をするか、生命がなかった事と思います、思い出しても慄然とする程でございます、何としましても奇蹟というより外に言葉が御座居ません。
有難い御守護に感謝感激何物にも替え難き命をお助けいただきました喜びの御礼を申上げさせていただきます。今後は一層地上天国建設に、微力ながらも御役に立たせて戴き度く存じます。明主様、本当に有難うございました。
爆源地に見る無傷の救世教信徒
広島県F・J
布教中数々の奇蹟談に接した中で、物理現象を超越した奇蹟を御報告申上げます、体験者は前記の通りO町に中国鉄工所を経営致して居りますF氏であります。
昭和二六年一月六日F氏は修理の為め軸の抜けないエヤーチューブ(肉厚五分直径一尺五寸)の頭を火に温め乍ら寒中の事とて椅子に腰を下し其側で暖を取って居りました所、突然一大音響と共にエヤーチューブが爆発したのでございます、工場の付近に居た人々の群は突如静寂を破った鼓膜も破れんばかりの大爆音にびっくりしてしばらく爆源地の方向も解らない有様でした。
やがて濛々と上る黒煙にその源泉を知り、其瞬間黒煙の中から黒い人間大の塊が岸に繋いであった船を飛び越して海中に落下するのを目撃した人も居りました。馳せつけた付近の人達は何の手も施す術がなく唯呆然と、もくもく上る黒煙を眺めているのみでした、其内次第に薄れ行く煙の中にぼんやりとして立っている工場の職人達と椅子に座したまま身動き一つせぬF氏の姿を見出したのでした。
夢中で馳せつけ「Fさん」「此処に居りましたか」「怪我は」の声に漸く我れに反ったF氏は静かに手を上げて真黒になった顔をなでながら「ああ顔にも傷はない眉もある……耳も鼻も……ああ助かった、私は助かったのだ」の感激の声は、何とも言えない感無量の響きとなって居並ぶ人々の耳に入ったのであります。
見るとチューブは真二つに裂けて、一方は海中に吹飛び片方は静かに其処に横たわって居たのであります。其辺りは爆風で綺麗に掃除された如くになり、F氏の顔は真黒く灰と塵がくっついて居りました。あの爆源地に在り乍ら破片一つ受けず、当然飛び来る筈のチューブの残片は、 其位置すら変えず前方に横たわって全然無傷の自分を発見した時のF氏の心は瞬時にして熱海、明主様の御前にひれ伏し感謝と感激に胸をふるわしたのであります。
此様な突然の災害にも、かかる偉大なる御守護を垂れ下さった御神霊に対し、聞く人をして畏敬の念を起させずには居りませんでした、私達は常にかくも厚き御恵みに浴しているのだと思えば、何と幸福では御座いませんか、此喜びと感激を微力乍ら御聖業にお尽くしさせて頂こうではありませんか。
御恵に報ひ奉らでおくべきや
生きし此身の幸を思へば
皆様と共に御神徳の有難さを喜ばして戴きたいと拙き文をかえりみず、喜びの一端を御報告申上げます。
(栄光百十一号 昭和二十六年七月四日)