御守の偉力

先日はレントゲンよりも御守から発する光の方が、強力であるという実例をかいた記事は、読者は今更乍ら感激したであろうが、今度更に、別な奇蹟の報告があったので、左にかいてみると共に、其解説をしてみるが、之は実に珍しい、今迄にも例を見なかった事である。之によってみても、如何に霊界が変って来たかという事で、それは神威が益々発揮されるようになったかである。

報告の通りとすれば、御守から発する偉力が、颱風の如き響きを発し、それが隣家に迄及び、隣家の主人は、塀が倒れると思い、突支棒をしたというのであるから驚くべき奇蹟である。之は何が為に起ったかというと、神様は御守の偉力を色々な奇蹟によって、一日も早く人間に分らせ、信じさせようとされる一つの現われである。

という事は、愈々重大時局となり、何時原子爆弾の如き、危機に見舞われるかも知れないという、深刻な心配に対し、神様に御委せすれば、安心であるという事をお知らせになるのである。それは仮令、原爆たりとも、御守を身につけている以上、驚くには当らないという事を、如実に示されたのである。

相つぐ奇蹟

京都府 K・S

今迄が典型的な無神論者とも申すべき私が、ペンをとる事自体が既に一大奇蹟ではないでしょうか、以下簡単ですが御報告させて戴きます。

忘れも致しませぬ昨年一二月・九日に私と致しましては、初めての結核患者をお預り致しました、然し大分衰弱がひどく心配致します事もございましたので、幹部のY様に一緒に行って戴きましたのが、同月二四日の午後一時頃でした。早速Y様は御病人の枕元に坐られ、御浄霊の為祝詞を奉唱し始められました、私と御病人のお母さんはY様の左後方に坐り、私も一生懸命に大光明如来様をお念じ致して居りました、二回目の奉唱を終り、丁度三回目の奉唱の中頃から、私の右側に居られましたお母さんの様子が次第におかしくなり、合掌して居ります両の手が急に霊動し始めまして、私が呆然として居ります間もなく、ツツーと二歩許りいざり足で前に進まれ、Y様の方を向ってピタリと平伏されました、余りの事に私も驚きましてY様の肩を突いて知らせようとしましたが、平然として最後迄奉唱され、その間お母さんは、平伏し続けていられました、奉唱が終り「如何されましたか」とYさんの声にお母さんはハッと我に帰り、感極った様子で語られるには、「私は何気なく眼を閉じて居りましたが、三度目の祝詞の中頃より前方に金の光が一杯に差し込み、目もくらむ許りの中から丁度此位(手で示されたのは約一尺七、八寸位)の観音様が急にスーッと現れまして、Yさんの右側に立たれました、両眼は涼しく開けて居られ、畳の上から約四、五寸位浮きになって両手は静かに合していられる、金々満々とした、それは立派な観音様でした」との言葉に私は全くボンヤリして了いました、そして心の底から勿体ない有難いという感情が湧上って参りました。

扨てそれからというものは奇蹟の連続でありましたが、到底一々書き表わせません、兎に角T様(患者さん宅の姓)のお宅に前から御祭りしてあります神棚の前に置いてある色々なものが、私達が寄せて戴いている中に、全部消えて無くなる様な事が起りました、それでT様も翌月二八日よりの教修を受けられまして、三〇日にお守を戴かれましたがその晩不思議な事が起りました、翌三一日に私がお伺い致しますと私の顔を見るなり家の方達が口々に語られるのは次の様なことでした。「私が昨晩寝みます時、お守をかけたまま寝るのは何だか勿体ない、息苦しい感じがした為床の間に掛けて寝みました。処が、漸く寝付いたと思われる、二時少し前頃でしたか、物凄い程の音と家鳴りが聞え始めましたので、家中が皆起きました処、音は丁度二階の床の間の付近より聞えます、それはゴーッという様な汽車が蒸気を噴き出す時とよく似た音が絶間なく聞え、その付近は震動を続け、物凄いばかりの音は丁度掛けてある御守から噴き出ている様に思われました、余りの物凄さに暫く皆呆然として居りましたが、私もやっと気が付き、心の中で一生懸命自分の不注意をお詫び致しまして、お守を首から掛けました処今迄の音が次第に四方に遠ざかって行き、震動も止り元の静かな状態に戻りました、翌日聞いたのですが隣の家では、真夜中に高塀が倒壊しそうになり、皆が綱をかけて倒れるのを防ぐのに一生懸命だったそうです。「私は夜中に風吹いた等少しも存じません」のに横から平常無口な御主人までが「あの音は物凄かった、終りに西の方に消えて行ったのは不思議でした」と言われる位ですから、お家の方達が如何に驚かれたかがよく解ります。

それを聞いた私の手は無意識の中に胸に戴いた「御守」をしっかりと押えて居りました、噫々! 御霊力の偉大さ! 私は救われゆく自分の幸福を思い、神様の道具となって人類救済の為に働かせて戴く決心を益々強くしたのでございます。

(栄光八十七号 昭和二十六年一月十七日)