異食物に就て

薬毒の害及び異食物に就て詳説したが、今一層説かなければならない。それは人間の消化機能なるものは、人間の食物として自然に与へられたる物以外は、全部消化し終るといふ事は出来ないやうである。従而薬剤即ち洋薬も漢薬も天与の飲食物ではない。いはば、非飲食物であり、異物である。又薬と称し、蛇、蛞蝓(ナメクジ)、蚯蚓(ミミズ)等を呑み、其他生物の生血を飲む等はいづれも異物であるから、毒素は残存するのである。

又近来カルシュウムを補給するとなし、骨を食する事を推奨してゐるが、之等も誤りである事はいふ迄もない。凡ゆる魚は、身を食ふべきが自然で、骨や尾頭等は捨てるべきである。即ち人間の歯は骨の如きものは囓めないやうになってゐるにみても明かである。故に、骨其他は猫の食物として自然に定ってゐるのである。そうして骨の栄養として骨を食ひ、血液を殖やす為に血液を飲む等の単純なる学理は、一日も早くその誤謬に目覚めん事である。右に就て数種の実例を左にかいてみよう。

私は以前、某病院の看護婦長を永年勤めてゐた婦人から聞いた話であるが、四十余歳の男子、何等の原因もなしに突然死んだのである。その死因を疑問として解剖に附した処、その者の腸管内に黒色の小粒物が多量堆積してをり、それが死因といふ事が分ったのである。それは便秘の為、永年に渉り下剤として服んだその丸薬が堆積したのであって、それが為、腸閉塞か又は腸の蠕動(ゼンドウ)休止の為かと想像されるが兎に角、死因は下剤の丸薬である事は間違ないのである。

次に、右と同様な原因によって急死した五十歳位の男子があったそうである。只だ異ふのは、此者は下剤ではなく、胃散の如き消化薬の連続服用が原因であって、解剖の結果、胃の底部及び腸管内は、消化薬の堆積甚だしかったそうである。

次に、私の弟子が治療した胃病患者があった。それは、胃の下部に小さな数個の塊があって、幾分の不快が常にあったのである。然るに、本療法の施術を受けるや間もなく数回の嘔吐をしたのである。それと共に右の塊は消失し、不快感は去ったのである。然るに嘔吐の際、ヌラの如きものが出て、それが蛞蝓の臭ひがするのである。その人は十数年以前蛞蝓を数匹呑んだ事があったそうで、全くその蛞蝓が消化せず残存してゐたものである。

又、前同様、歌ふ職業の婦人で、声をよくせん為、蛞蝓を二匹呑んだそうである。然るに、数年を経て胃部の左方に癌の如き小塊が出来、漸次膨張するので、入院し手術を受けたところ、驚くべし一匹の蛞蝓が死んで固結となってをり、一匹の方は生きてゐて、腹の中で育って非常に大きくなってゐたそうである。右の如くであるにみて、人間の食物以外の異物は消化し難く、何年も残存して病原となる事は疑ない事実である。

故に、曩に説いた如く、人間の食物はすべて味はいを含み、楽しく食ふ事によって全部消化し、健康を保つのである。然るにそれを知らずして、不味、臭味等を薬と思ひ、苦食し、それが病原となって、苦痛は固より生命まで失ふに至っては、その愚や及ぶべからずと言ふべきである。

(明日の医術 第一篇 昭和十八年十月五日)