近代人に特有の脳に関係ある疾患を説いてみよう。今日最も多いのは、何といっても脳神経衰弱であらう。症状としては、頭痛、眩暈、圧迫感、朦朧感、焦燥感、憂欝症、不眠症等である。
右の中最も多いのは慢性頭痛であるが、之は何が原因かといふと、最初、感冒其他による発熱時に、頭痛に対し氷冷法を行ふが、之が主なる原因である。それは、発熱時には大抵頭痛がある。それは頭脳の毒結が浄化作用によって溶解し、流動を起すその為の痛みであるが、それを氷冷すると溶解が停止し、再び凝結する為、その再凝結に対して、緩慢な浄化作用が常に起る。それが慢性頭痛である。故に、斯ういふ人の頭に掌を宛てると必ず微熱がある。そうして、全頭部もあるが、前頭部又は後頭部又は一局部の場合も多いのである。これも、自然療法によれば、完全に治癒するのである。
又、右とは別の原因による頭痛がある。それは脳貧血であって、その原因は、感冒の項目で説いた如く、淋巴腺附近の毒結が血管を圧迫し、貧血を起すのであってこれは頭脳に掌を宛つれば、反対に無熱であるばかりか反って普通より冷いことがある。そうして、発病するや、発作的に顔面は著るしく蒼白となり、強度になると意識を失ふことさへあり激しい嘔吐感もある。これを治癒しようとするには、出来るだけ運動をし、浄化作用をおこさせ発熱をさせ、それによって、淋巴腺附近の毒結を、溶解排除させなければならないのである。
圧迫感は頭脳全体に滞溜してゐる毒素が、第一浄化作用による凝結作用と、それによって血液の循環を妨げられる為である。又、脳貧血に因る血液不足の為もある。
不眠症及び朦朧感は、病気症状の項目に説いてあるから略すが、焦燥感に就て、説明してみよう。元来、人間の頭脳の作用は、大別して理性と感情とであり前頭部は理性を、後頭部は感情を司る。理性とは、智慧、記憶、考慮等であって、学者の如き例外なく前頭部が発達してゐるのは、常に理性的の仕事をするためである。又感情即ち喜怒哀楽を司るのは後頭部であるから、後頭部の発達した人は、感情が優れてゐるのである。故に男子は前頭部が発達し、女子は後頭部が発達して居り、白人は前頭部が発達し、東洋人は後頭部が発達してゐる事実をみても明かである。従って前頭部に毒素があり微熱がある人は、考慮が散漫で精神集注が困難となり、記憶も鈍く且つ物に倦き易いのである。学生なども成績の不良なのは斯ういふ症状によるので、私が治療した頃、此前頭部の毒素を解消するに従ひその成績が目立って良くなったのである。又後頭部の毒素と微熱は、感情を惑乱させるから、焦燥感が起り易いのである。
よく小児で癇が強いとか、虫気があるとかいふのは右の理によるのであって、斯ういふ子供の頭脳に掌を宛つれば必ず微熱がある。その微熱が解消するに従って虫気がなくなり、学校の成績も佳良になるのである。然るに、世間右の理を知らない為、虫下しとか禁厭(マジナイ)などに頼る人もあるが、あまり効果がないのは見当違ひであるからである。
次に脳膜炎に就て説いてみよう。これは前頭部の浄化作用であって、前頭骨膜部に溜結せる濃毒素に対し、激烈なる浄化作用が起るのである。症状としては、堪え難い激しい頭痛があり、又患者は眼を開け得ないが、それは、眼を開けると非常に眩しいからである。故に、前頭部が火の如き高熱と、眼を開け得ない症状は、脳膜炎と断定して差閊へないのである。特に幼児に多い病気であるが、幼児は痛みを愬(ウッタ)ふる事を知らないから、高熱と瞑目(メイモク)とによって、脳膜炎である事を判断すべきである。此場合医療は氷冷法を何寄りとして行ふのであるが、これが最も悪いのである。これがために治癒しても痴呆症の如き不具者となるのである。その理由は如何なる訳かといふと、本来、順調の経過をとるとすれば、溜結毒素が、浄化作用によって液体化し、下方へ流動し、目脂及び鼻汁となって排泄され完全に治癒するのである。然るに、氷冷をすると、溶液化した毒素は、外部への流動を転じ、内部へ向って浸透し、前脳の組織にまで入って凝結するのである。これは、曩に説いた如く、中耳炎を氷冷し、頭脳へ方向転換させるのと同一の理である。すべて、溶解毒素の運動は氷冷の如き強力なる浄化作用抑止はその流動を阻止して、別方面に転換させるのである。そうして右の如く、前脳組織機能に於ける毒素溜結は、機能本来の活動に支障をおこさせるから、予後不具同様となるのである。故に、脳膜炎は治癒しても不具になるから恐ろしいといふのは、実は誤れる療法のためである。私は、脳膜炎を何人も治癒さしたが、治癒後反って発病以前よりも頭脳明晰となって、児童等は教師が不思議と思ふほど、成績優良になるのである。
次に、脳溢血に就て説いてみよう。此病気も近来非常に多いのは、人の知る所である。而も此病気は、肺患が青年期に多いやうに、之は壮年以上-老年期に多いのであって、社会上幾多の経験を重ね、事物に通じ、円熟の境に達し、人により事業の基礎も出来、社会的地位も獲、これから大いに国家に尽さんとする頃に発病するといふ、厄介極まる病気である。実に個人の不幸は素より、国家社会にとっても、其損失は蓋し少なからぬものがあらう。そうして、一度此病気に罹るや、忽ちにして生命を奪はれる事も多いが、万一僥倖にして生命だけは取止め得たとしても、中風になって、左右孰れかの半身は不随となり、悪性は舌の運動にも支障を来し、言語を操る能はず、又頭脳に支障を来す事もある。而も完全に治癒するものは殆んどないといっても可い位で、稀に幾分軽快に赴く事がある位である。それのみか、此病気の特質として、経過は頗る長期間に渉り、終に斃れるといふ洵に悲惨な病気である。搗(カテ)て加へて、身体の自由を失ふから、その看護や取扱についても家人の困苦や費用の莫大等、実に同情に堪へないものがある。そうして、現在医学に於ては、治療の方法は全然ないとされてゐる。勿論、予防の方法も無く、原因も適確に判ってゐないやうである。
此病気に就て、私の研究した所によれば、左の如きものである。先づ左右孰れかの延髄附近に溜結せる毒素又は毒血と、左右孰れかの頸動脈附近に溜結せる毒素又は毒血の浄化作用が原因である。そうして、一度浄化作用がおこるや、溜結せる毒素又は毒血は、発熱によって溶解し、一旦脳中枢部に侵入し、忽ち流下して、反対側の動脈を通じ、腕及び脚部に溜結するのである。そうして、そうなるまでの過程は、実に速かであって、一瞬の間であると言ってもいい。故に、発病するや、ほとんど同時位に、半身不随となるのである。そうして発病時をみるに、初め、俄然として顔面紅潮を呈し、間もなく反対に蒼白となるのである。それは、紅潮は、脳に侵入した毒血が、直に、顔面に氾濫する為であり、蒼白は、それが何れへか凝結して貧血するためである。此場合医療に於ては、血管を速かに収縮させ、内出血を止むる目的を以て、氷冷を行ふのであるが、それはその目的に対しては何の効果もないのみか、他の悪化作用が恐るべきである。それは先づ溢血するや、溢血しただけの血液は速かに何れへか流下又は凝結し、血管は瞬時に自然収縮し、溢血は停止するのである。即ち氷冷を行ふや、溢血後、頭脳内に残存せる毒素を、より硬結させるといふ事になり、機能に支障を来さすのである。而も、氷冷期間永き場合、頭脳は麻痺し、そのため斃れる事さへある。又、脳溢血後、人事不省期間が永い事も、氷冷の影響が大いにあることを想ふべきである。
故に、この病気に罹っても、医療又は何等の方法も行はず、そのまゝ放任しておく時は完全に治癒する事があるのである。それに就て、斯ういふ例がある。私が以前扱った五拾歳位の婦人であったが、その人は、東北の小さな或町の資産家の夫人で会々(タマタマ)脳溢血にかかり、富裕なために、東京からも専門の博士を招きなどして、出来るだけの療法を行ったのであるが、更に効果なく、約弐年を経過した頃は、むしろ幾分悪化の状態をさへ呈したのである。然るに、その頃、その町の町外れの小やかな農家の、やはり五拾幾歳で右の婦人と同時頃、中風に罹った男があった。それが或日、その婦人の家を、何かの用で訪ねたのである。ところが、婦人は驚いて「あなたも中風で、半身不随との話を聞いたが今みれば、何等の異状もなく健康時と変らないのは、一体どうしたのであるか。どんな療法をしたのか、どんな薬を服んだのか」と質いた所、その老農夫曰く「儂等(ワシラ)は貧乏で、医者へかかる事も出来ず、薬も買へないから、運を天に任して、何等の方法も行はず、ただ寝てゐたのであるが、時日の経つに従って、自然に良くなったのである」-といふので、その婦人は、不思議に堪えなかったとの事であったが、私の説を聞いてはじめて諒解がいったといふやうなことがあった。右のやうな例は二三に止まらなかったので、これ等を以てみても、私の説の誤りでない事を知るであらう。
近来季節的に流行する疾患に、嗜眠性脳炎がある。これの原因に就ては、医学者間に於ても諸説紛々として、未だ真の原因は確定しないやうである。そのうち、割合信じられてゐる説に“蚊が媒介する”-といふ説である。もし、蚊が媒介するとすれば、冬季は一人も無いはずであるのに、偶には、患者があるといふことは、如何なる訳であらうか。
私の発見によれば、この病気にかかるや、先づ、高熱はもとより、特に著るしく左右いづれかの延髄附近に、たえず猛烈に毒素が集溜するので、集溜した毒素は、小脳へ向って流入するのである。そうして、延髄附近から小脳部へかけて施術するに於て、延髄部の集溜は、漸次、減退するのである。そうして、普通二三日を経て多量の目脂及び鼻汁が排泄しはじめてくる。重症は、それに血液の混入を見ることもある。そうして盛んに排泄せらるるに及び、漸次覚醒して恢復に向ふのである。右の如き経過によって、一週間位にして全治するのであって、この病気は、何等手当特に氷冷を施さなければ必ず治癒し、生命に危険はないものである。
右を説明してみよう。原因としては、夏日頭脳を炎天下に、長時間さらす場合、その刺戟によって、背部及び肩部附近にある毒素が急激に、頭脳に向って集溜するのである。そうして、其毒素が小脳中に侵入し、嗜眠作用を起こすのである。此病気が夏に多いこと、児童に多い事などは、右の理に由るからである。そうして小脳中に侵入した毒素は、尚進んで眼球部及び鼻孔から排泄し、治癒するのであって、勿論猛烈な浄化作用である。然るに此場合、医療は主として氷冷を行ふから、毒素は其局部に凝結して、排泄し能はざるに至り、嗜眠はそのまま持続し、終に衰弱死に到るのである。
又脳脊髄膜炎といふ病気がある。之は高熱と共に、後頭部から延髄附近へかけて痛み又は引吊る如く硬直するといふ、非常に苦痛を訴ふるものである。以上の如き病勢が執拗に持続し、食欲も不振となり、終に衰弱、死に到るのである。此病気の原因は、嗜眠性脳炎の一歩手前ともいふべきもので、即ち、毒素が小脳内に流入する迄に至らないで、その手前に集溜固結しようとするのである。故にこれが夏季炎天下に晒さるれば、嗜眠性脳炎となるのである。そうして脳脊髄膜炎も治癒に向ふ際は、その毒素は頗る多量の鼻汁となって排泄せらるるものである。
次に、脳震蕩であるが、之は高所から顛落するか、又は脳を強打された場合に起るのである。そうして内出血の甚だしい場合、生命を失ふに至るのである。内出血多量である場合は盛んに嘔吐をなし、又、耳孔へ血液が浸潤する事もある。二三回位の嘔吐なら生命に別条はないが、数回以上の場合は、生命の危険を想ふべきである。
すべて脳に関した病気の軽重を知るには嘔吐が一番確実である。
(明日の医術 第二篇 昭和十七年九月二十八日)