一 哲人ソクラテスの思想略説
一人の偉大なる人間の伝説が、単に疑問の余地のない事実の記録に終始するような事は非常に稀であり、特にその人が遼遠の昔に属している場合には殊更そうである。ソクラテスも決してその選に漏れるものではない。
ソクラテスは西暦紀元前四六九年乃至四七〇年に、彫刻師を父とし、産婆を母として、ギリシアのアテネに生れた。彼は其の時代の混乱せる社会を慨歎し、街頭、市場、集会等に出て痛烈な論法で因襲と阿世とに対して戦い、時流に投じて修辞能弁の術策に堕したソフィスト達に反対し、其の独自な問答法を以って相手の矛盾を暴露し、その無知を自覚せしめたのであった。
しかし乍ら、それは各自の反省と覚醒とを促す、いわば激励法であったのである。
終始三〇年自ら国民の精神的指導者を以って任じ、市民の精神的向上、道徳的革新を実行せんとした。この熱烈なる行動は青年の胸底を揺がし、彼の下に多く集って正義を主張し、時の権威に敢然と対抗したので遂に七十余歳、青年を惑わし、国家の神を否定するものとして告発せられ、従容として毒杯を傾け、真理の為に斃れた。時に西暦紀元前三九九年であった。
洵にソクラテスは知識と実行の合致に努力した行為の人だったのである。従ってソクラテスを概念規定による学問の改新者と見るはアリストテレスより発する後世の誤解であると説くものすらある。 ソクラテスの最高価値とするアレテイア(真理)及びプレネシス(智慧)は、単なる学問のみでは得られず常に積極的徳行の実現の中に於いて初めて獲得される、そしてその知徳合一の境涯に於いて初めて真の幸福は存すと説いたのである。
世界に於ける害悪の存在が神の全能、善良、正義等に矛盾せざることを証明せんとする貴重な試みが古来数多く、種々なる人々によってなされて来た。ギリシアに於いても、それ迄国民の精神的指導者であった詩人等にとって解決困難であった。神義論乃至弁神論の問題は、このソクラテスの「徳即福」の確信によって漸く解決されたと言われている。
彼は良心の声としてダイモニオンの神霊の忠告を既に聞いていたが、更に神の摂理の信仰を得たのである。又ソクラテスの論法である無知の告白は相手を誘い出すための仮面であると共に、単なる物識りを以って真の知識と信ずるものに対する皮肉であり、真知の理想への不断の努力の要求であった。これが史上有名なソクラテスのイロニー(皮肉)である。
これよりして、ソクラテスはデルフォイのアポロンの神殿に掲げられた「汝自らを知れ」を自己の活動の標語とした。而もこのソクラテスの帰納法に於いて、其の真理の絶対性を基礎づけるものは彼の善の確信であった。善は美と厳密に一致した最高のもので、之の獲得が徳であり、又知であったのである。従ってそれは愛智を意味していたのである。
二 弟子エウテュデーモスとの神々の愛についての問答
当時ソクラテスは、ソフィストが横行して真理を破壊し道徳を攪乱せんとするに抗し、終日街頭や集会場等に出入し、人を捕えて質問を発し追究して相手の論を矛盾に陥らせ、自己の無知を自覚させんとした。この問答により真理を見出させる方法を所謂ソクラテスの問答法というのであるが、又この方法をソクラテスは真理を産み出すのを助ける方法として彼の母の業になぞらえて産婆術ともいった。
従ってソクラテスは弟子達が弁舌に長じ、行動に巧みとなり、或いは技巧に秀でることを少しも奨励しようとしたのでなかったことが容易に窺われる。それよりも先ず、思慮を涵養して、心を整えることを先にしなくてはならぬと考えていたのである。というのは、思慮を伴わずにこれらの力を備えたならば、却って不正を増し、悪事を行う力を加えると信じていたからであった。
されば先ず第一に、弟子たちを神々に対して思慮ある人間にしようとつとめたのであった。ソクラテスの弟子クセノフォンが師の追想録を書いているが、その中に、同じソクラテスの弟子の中でも才人と考えられていたエウテュデーモスとソクラテスが交した神々の愛についての問答が見出される。これを通して、ソクラテスのダイモニオンが果してどんなものであったかが窺知できるのである。
クセノフォンはソクラテスがエウテュデーモスに次のように話したのをその場にいて聞いたのであった。
「エウテュデーモス、君は今までに神々が人間の要求を充たして下さろうとして為さるいろいろなことを考えようとしたことがあるか、言ってご覧」
するとエウテュデーモスは言った、
「そういうことは考えたことがありませんでした」
「だが君は知っているだろう、我々は何よりも先ず光が必要であるが、これを神々は人間のために備えて下さってある」
「まったくです。光がなかったら我々の眼は見えないで、我々は盲目同然になることでしょう」
「そうしてまた我々は休息を必要とするのであるが、神々は我々の為に夜という見事な休息の時を与えてくれた」
「全くこれも感謝しなくてはならぬことです」
「また我々は食物が必要であるから、神々はこれを地より生ぜしめ、その目的に適う適当な季節を用意し、この季節がただ我々の必要とするもののみか、また楽しみの材料まで豊富に、また多種多様に供給してくれる、これは何うであるか」
「全くこれも人間に対する愛の行いです」
「それからまた、我々に水という無上の価値ある賜物を与え、これが大地並びに季節と力を協せて人間に必要な一切の物を生ぜしめ、成長せしめ、そして我々自らをも養い、且つ我々の栄養となる一切の物に混入して、これを一層こなれ易く、健康によく、また味いよくし、そして我々がこれを頗る多量に必要とするので、惜し気もなく豊富に供給してくれるのは」
「これも人間を思う神慮のあらわれであります」
「それからまた、火という寒さを防ぎ、暗黒を防ぎ、あらゆる技芸の助けであり、人間が便益の為に考案した一切の事物の製作に助けとなるものを、我々の為めに得てくれたのは、どうであるか。助けになるとは、一口に言えば、生活上有用な事物のうち少しでも価値のあるものは、火がなくてはこれを人間が工夫することが出来ないからだ」
「これもまた人間を愛する心の特別大きいものです」
「それから太陽は、冬その方向を転じてからは、次第に近づいて来て或る物は熟させ、また時期の終ったものはこれを凋ませ、そしてこれが終ると最早やこれ以上は近寄ろうとせず、必要以上の熱を与えて我々を害うことのないように、用心して隔たってゆき、そして再び遠くなって、もしそれ以上遠のいたなら、寒気の為に我々が凍えてしまうことが歴然となるに至ると、再びまた方向を転じて近づきはじめ、こうして我々に最も利益のある天空の位置を廻転している、これは」
「全くこれも人間の為にそうしてあるもののようです」
「それからまた、我々は暑さにしろ、寒さにしろ、これが急激にやって来たならば、到底これに堪えることが出来ないのが明白であるから、太陽は極めて徐々に近づいて来て、また極めて徐々に遠のいて行くために、人間は何時の間に両極端に来ているのか気がつかないくらいであるが、これは何うであるか」
するとエウテュデーモスは、
「私は既に神々には人間の世話をするより他に仕事がないのではないかと思うのですが、只一つ邪魔になるのは、人間以外の動物もこれらの恩恵に仲間入りをしていることです」
と言った。
このときソクラテスは、
「これも、彼等が人間の便益のためにこの世に生じてそして育てられているということが明らかではないか」
と答えた。
「何となれば、どこの如何なる生き物が人間ほどに、山羊や羊や牛や馬や驢馬や、その他の動物から、多大の利益を受けているだろうか。私には植物から受ける利益よりもなお大きいように思える。少くとも食料とし、財産とするのに、少しも植物に劣りはせぬ。人間の種族のうちには地面から生えた物を食料に用いないで、家畜から取れる乳やチーズや肉を食料として生活しているのが沢山ある。全部の人類が動物の有用なものを馴らして訓練を施し、戦争を初め多くの仕事の協力者にするのである」
「これにも同意見です。こうした動物が或る点では我々人間よりも遙かに強いのに、実によく人間の言うことを聞き、人間の思う通りになるのを見るからです」
「それからまた、善いこと、役に立つことは無数に存在し、而も種々様々であるから、その各々に応ずる感覚を人間にお与えになり、そのお蔭で人間は感官によって識ったことを推理し、且つ記憶し、そして各々が如何なる利益を有するかを知り、そして善を享受し悪を避ける沢山の工夫を案出するのである。それからまた、我々に説明の力をお与えになり、これによって我々は一切の善い事を互いに教え合ってこれを分ち、共通のものとし、法律を定め、国を治めるのである。これらのことは何うであるか」
「全く、神々は人類の為めに何から何まで心を用いて下さるようです」
「そうしてまた、人間は将来のことに就いて、何が利益であるかを予知できない時には、神々は人間に助けを与え、何うすれば最良の結果が得られるかを教えて下さるのだ」
このときソクラテスは明らかに自己の心底に響き来るダイモニオン(神霊)の声のことをいっている。
すると、
「ソクラテスよ、若し本当に神々があなたから訊ねられないであなたに行うべきこと、行うべからざることを、お告げになるのでしたら、あなたには殊に他の人々よりも神々が好意を抱いているように思われます」
とエウテュデーモスが言ったのである。
それは明らかにソクラテスが、現代心霊研究学者の所謂霊聴能力の秀でた所有者であったことを伝えている。
するとソクラテスは、これを肯定して答えている。
「そうだ。私の言うことが本当であるのは、君が神々の姿を目のあたりに見るまで待とうとせずに、神々のなさる聖業を見るだけで満足し神々を崇め且つ敬うならば、君にも直ぐ解るであろう」
といい、更に語をついで、神界、霊界の存在の仕方がどんなものであるかを極めて巧妙に説いている。
「……神々も自らそのわけをお示しになっているのを思いたまえ。何故といえば、普通の神々も人間の善い物を下さるとき、決して姿を顕わして持って来て下さりはしないのだ。まして一切の美なるものの存在する森羅万象を、整然と配列してこれを維持し、そして永久にこれらを無瑕な、健やかな、老いざる状態に置いて、何時でも要る者がこれを用いることが出来、想いよりも速かに確実に用を弁ずるものとして下さるところの神は、その偉大な仕事をなさることは見えるけれども、それを整え治めている姿は我々には見えぬのである」
といって、宇宙を保つ神は最高にして唯一者なる存在であり、他の一切の神々は、この神の部下として世界を治めるのであり、各種の善きもの(宝)を我々に与える神々はこの低き神々なることを説いているのである。
更に語をつぎ、人間霊魂の本質に言及している。
「また考えたまえ、太陽は万人にその姿を顕わしているようではあるが、而も人間がこれを凝視することをお許しにならず、もし誰か厚かましく、これを視つめようと試みる者があれば、その視力を奪ってしまうのである。また神々のお使い達も眼に見えないのがわかるであろう。人間の霊魂は、人間に属する物のうちで何物よりも神の性質を帯びているものであるが、我々に君臨していることが明らかであるのに、その本体は見えない。これらのことをよく心にとめて、我々は眼に見えぬものを軽んずることなく、諸々の現象の中に神々の力を認識して、神霊を敬わなくてはならぬのである」
かように語り、また自ら実行することによって、ソクラテスは弟子達をいよいよ神の念あつく、益々思慮ある人間に薫陶したのである。
三 ソクラテスのダイモニオン(神霊)と入神状態
ニーチェは彼が永劫回帰の思想を獲得した時のことを回想して、次の如く記述している。
「昔の詩人が霊感と呼んだものに就いての明確な概念を有する人があるか? 何等迷信的な意味でなく、自己が超人的な力の単なる傀儡に過ぎないと感ぜざるを得ない時があるのである。人を深奥から揺り動かす何物かが言う可からざる明確さを以って、見られ聞かれるという意味での天啓なる概念は、体験された事実その儘の描写に過ぎない、求めるのではなく聞くのだ。誰が与えるのかを訊ねることなく受取るのだ。電光の如くに、必然性を以って、何等の躊躇もなく考えが閃く、すべては極度に不随意的に、然も自由無条件、神的なるものの嵐の中に起る」
と、深遠なる思想深き体験生活の産物である。
ソクラテスは実に屡々この様な魂の体験をしていることが伝えられている。換言すれば、屡々入神し、深い法悦状態を体験したのであった。
その内最も有名なものは、ソクラテスが兵士として従軍し、ポテイダイアの前線にあったとき彼を捉えた所謂「二四時間のエクスタシス(恍惚)」である。このときソクラテスが果して如何なる守護霊と何を物語り、如何なるダイモニオン(神霊)と何について話したかは、今これを明らかに知ることはできない。
しかし乍ら、それがソクラテスの使命に関するものではなかったかと臆測し得るのである。
我々はともすればソクラテスの使命が人間、特に当時のアテネの有名人たちの吟味と、それの結果として彼等の無知の暴露に終始した如く考え易い。これは青年層に於ける広汎な彼の人気の原因でもあり、従って彼の告発者たちの憎悪の原因でもあったが、しかしソクラテスにとっては決して固執するべき任務ではなかった。
却ってかかる吟味は、寧ろ真の使命の果されるための一つの準備作業に過ぎなかったのである。
ソクラテスの真の使命は、愛智の道を進むことであり、人間特にアテネ市民同胞の一人、一人、その第一の配慮を、肉体や財産の事にではなく、その魂の事に向け、これを出来るだけ善ならしめることに努力すべきを勧奨することであった。所謂「魂の世話」である。浄霊である。
そして配慮さるべき第一のもの、即ち自己が真実には人間の魂であるとの主張が、その当時彼の使命の前提となっていたのである。
斯く、ソクラテスとダイモニオン(神霊)との関係は実に深いところにあったことがわかるのである。
ソクラテスは言う。
「さてダイモニオン(神霊)については、諸兄がしばしば自分がいうことをきいたところの原因がある。即ち自分には或る神に関すること、ダイモニオンに関係あることが起って来るということである。これはメレトスもその告発状において揶揄しておることである。
併しこれは自分の子供の時代からあったのです。つまり一つの声がきこえて来て、それがきこえて来るときには、いつも自分を、自分が為そうとして居ることから、ひきとめるのである。それが自分に或ることをすすめたということは決してなかった。この声こそは自分が国家の政治に関与することをひきとめたものなのである」
と。
このようなソクラテスには、早くから、肉体的にも精神的にも、所謂「一風変った」所があったに違いない。
彼の肉体の頑丈さと耐久力とは弟子達が皆注目するところであり、彼の徹底した節欲と飲食の節制、そして又特別の場合にはどんな深酒をしても酒杯に酔って乱れることを知らない力が強調されている。
壮年に及んでは夏冬を通じて同じ一着の衣服を纏い、素足であるくのが常であった。弟子のプラトンによると、冬期戦陣の寒気凛烈なる中にあってさえも同じであったといわれている。
「生れ付いての靴屋泣かせ」と綽名された肉体的な頑健さ、優秀性が現わされているように思われる。
精神的にも亦ソクラテスは一風も二風も変っていた。
その最も著しい特質は、子供の頃から彼に付纏っていた神秘な「声」であり「不思議なダイモニオン」であった。これは突発的に又屡々極く些細なきっかけで示現する。而してそれは常に突如たる制止の形をとったのである。
そして経験の示すところによれば、この警告の無視は通例好ましからぬ結果を招くのであった。
要するにこれは(凶事)に対する一種「無気味」な嗅覚とも称すべきものであろう。そしてこの事も亦ソクラテスが実際に所謂「霊視能力者」の素質を有していた事をも示すのである。
尤も大抵の霊視者と違って、彼は恰も聖パウロが「異言を語る」才能に対する場合と同様に、この方面の素質をよく制御することが出来たのである。
斯かる霊視能力に次いで、弟子のプラトンが特記するもう一つの点は、ソクラテスが時として全く無意識状態或は「忘我」にも等しき熱中乃至放心の発作に陥り易かった事である。
かかる発作は、明らかに通例短時間に経過した。これを人々は、或は冥想といい、或は忘我、恍惚放心状態というが、本当のところは入神統一状態であり、幽体脱離であったことと推測できる。
これらの中に前述の、一日一晩続いた長い発作があるのである。
ソクラテスは又既に死刑の宣告が下された後に、法廷で自分のダイモニオン(神霊)について次の如く言った。
「自分の慣れている予感は以前には実にしばしば起って来て、且つしばしば極めて細かなことに対して反対したものである。即ち自分が何か正しからぬことをしようとする時には反対したものである。
ところが今は諸君が実際知っているとおり多くの人が最大の害悪を思い得ること、且又最大の害悪と見られるところのことが自分に起って来ておるのである。それにも拘らず自分が今朝家から出かけて来るときに、その神のしるしは何等の反対をもしなかったのである。
又自分がこの法廷に臨んだときも何の反対もしなかったのである。又自分が何か言おうとするところの言葉についても何等の反対もしなかった。他の場合に話をしたときには、その話の最中にすらその反対が起ったこともある。
然るに今はこの事件においては、それは自分が何かする場合にでも、又は言う場合にでも少しも反対をすることが無かったのである。このことについて自分はそこに如何なる原因を見なければならぬであろうか。それを自分は諸君に語ろうと思う。
自分に起って来たことは多分何か善いことであるらしいのである。吾々が死は害悪であると考えることは正しいことではあり得ないのである。その証拠がここにある」
と。
これらによって、ソクラテスがダイモニオン(神霊)と呼んだものが、ソクラテスの内心の奥から発するものであることを知ることができる。
そしてそれは物事を行わせようとする命令の声ではなく、事にあたってソクラテスが不正を行おうとするときに、これをひきとどめる力であった。
それは日常の行動の間にソクラテスを善に導く力であると共に、それはまたソクラテスの生涯の使命を決定するほどの力となったものでもあった。
それはソクラテスにとっては神のしるしであり、ソクラテスの心の奥に於いては、ダイモニオンはやがて神の顕現である。
神は彼のダイモニオンとしてのみソクラテスに顕現し、ソクラテスのために力となり、内感せられたものである。
かかるダイモニオンの声を聴くが故に、神々の御心にかなう儘にという大安心の言葉がソクラテスから発せられるのである。即ちダイモニオンはソクラテスにとっては神の絶対界からソクラテスの生命の底にひびき出るところの消極的指導者の声であった。
従ってそれは守護霊的なものの忠告の声であったと考えられる。
ソクラテスは弱年の昔からこの声をきいたと言っている。
ソクラテスが神々の世界というものを心から深く直観し始めた時代から、この声はソクラテスにひびいたのであろう。それは制止の声であった。
自覚時代以後のソクラテスはこの制止の声をきいて静かに雄々しく人生の行路を愛智の使命で貫いた。而して今や七〇歳のソクラテスが法廷に死の宣告を受けてアテネ人等の前にたったとき、このダイモニオンの声は最早やひびかなかったのである。
忠告の声は絶対界の声としてひびき来るものであった。
然るに今やソクラテスは相対的世界の存在をすててその絶対界の一味になろうとしている。今や絶対界のひびきそのものと一味となった。響き来るものを聞くという事ではなく、ひびきそのものとなったわけである。
そしてこの事はまたソクラテスの熱心な崇拝者の一人であったカイレポンがデルフォイのアポロン神に「誰かソクラテスより賢明な人があるか?」と訊ねたとき「ソクラテスより賢明な人はない」と答えた、その神託とも一致するのである。
ともあれ、ソクラテスのダイモニオンは、やむにやまれぬ生命の力であり、しかも同時にそれはひびき止むる消極の力であり、反省せしむる力であり、生命をして内面化せしむる力であった。
愛智の使命を果したソクラテスに、そのダイモニオンは彼の死に際してもひびかなかった所以である。従ってソクラテスにとって、死とは最早や霊魂解放のドラマの幕開きであるに過ぎなかったわけである。
(自観叢書十三 昭和二十四年十二月五日)