種痘の効果は、天然痘に罹らないといふ事は知らぬものはない程明かである。然し是に稽(カンガ)ふべきは、天然痘に罹らないといふ事は、天然痘の毒素が解消したといふ事ではない。チフス菌があっても発病しない人が往々あるのと同じ訳である。 人間は生れながらにして、先天的に有してゐる遺伝毒とでもいふ毒素を持ってゐる。それは天然痘、麻疹、百日咳等で、之等は誰もよく知ってゐる所である。そうして、之等の毒素が或時期に至り、浄化作用が起って体外へ排泄されんとする、それが発病である。然るに、種痘はその毒素の排泄を停止させるのである。つまり、その毒素の浄化作用を弱らせるのである。言ひ換へれば、陽性毒素を陰性毒素にする事である。決して種痘によって毒素そのものが消滅したのではない。陰性となって体内に滞溜する事となったのである。従而、此陰性天然痘毒素は、人体に如何なる作用と如何なる影響を与へる事になるか、次の項に詳述する事にする。
(医学試稿 昭和十四年)