国民体位の低下の真因

抑々、文明国民の体位の低下は、西歴千八百年頃からであって、彼の英国に於ても十八世紀中に、最高一ケ年百弐十万の増加をみた事さへあるが、十九世紀の初頭より漸次増加率の逓減を表はし、近年に到って弐十万位といふ驚くべき減少率を示してゐる。英国の有名なる統計学者アルマルヒの予想によれば、千九百五十一年より真の減少時代に入り、加速度的に非常な勢を以て、逓減するであらふとの事である。フランスは特に甚しく、数年前より減少時代に入っており、独逸、伊太利、英国も同様、逐年増加率減少の傾向を表はし始めたので、独伊に於ては周知の如く、結婚奨励法や出産保護法を制定し、専心増加に努めつつあるが、その為最近僅かの効果はあったといふ事であるが、之等と雖も原因未知である為、結果に対する末梢的であるから、軈て復び低減の傾向を辿る事は、火を視るよりも瞭かである。我日本に於ても数年前から増加の趨勢が停頓状態となり、昭和十三年に至り、同十二年に九十六万余人の増加率が、翌十三年に六十七万余人といふ、約三十万人の大減少を来したのである。然し、支那事変は十二年七月に発ったのであるから、十三年の人口へは左程影響はなかったので、全く原因は不明だといふ事で、当局もいっておったやうである。次いで翌十四年の統計は、今以て発表にはならないが、或は十三年よりも減少率は大であったであらふ事は、想像し得らるるのである。

然らば、此謎の如き不可解な原因は何所に在る乎、私は断言する、それは人類が救世主の如く感謝し、今も尚敬仰措く能はざる種痘そのものである。嗚呼、此種痘こそ、文明人の体位を年一年衰耗させつつある恐るべき毒魔であるといふ事である。

(医学試稿 昭和十四年)