霊主物従

凡ゆる一切の物に霊があるが、然らば、霊と物質とに就ての関係を瞭かにしよふ。それは、眼に見えない無にも斉しい霊が主であって、物質は従といふ事である。従而、霊が物質を支配してゐるのであるから、人類社会に於ける如何なる事でも霊の作用であって、霊界に起る事象がそのまゝ現界へ移り、霊が動けばそのまま物質が動くのであって、恰度人間が手足や舌を動かす場合、それは手足や舌が先へ動くのではなくて、心が動き、後に手足が動くので、ただ霊主に対して起る物従の遅速はあるものであるが、多くの場合、非常に速いものである。茲に二、三の例を挙げてみよふ。人間が人を訪問しよふと思ふと同時に、霊の方はお先に先方へ行ってゐるので、其場合、霊と肉体とは、霊線とでも称すべき線が繋がれてゐるのである。よく“噂をすれば影”とやら-といふ事があるが、それは、其人の霊が来てゐる為に、その霊に噂をする人々の霊が感じる為である。彼の有名な那須の与市が、扇の的へ向って矢を番(ツガ)へ、一心に那須権現を祈念すると、何処よりか一人の童子来り、その矢を持って空中を走り、扇の的を射抜いたのが見えたので、直ちに矢を放ったのであるといふ由来は、那須権現記に書いてあるが、之は事実あり得べき事と思ふ。

(医学試稿 昭和十四年)