人口問題

抑々人口問題は第二次世界大戦以前、例外なく各文化民族は増加率減少といふ不安に悩まされ、各国為政者は固より心ある者の危惧措く能はざるものであった。何となれば此問題の帰結として、畢にはその民族の滅亡といふ恐るべき運命を約束されるからである。然るに第二次大戦の勃発によって一時的此問題は閑却されるの止むなきに立到ったのであるが、大戦終結後は復(フタタ)び抬頭する事は必至である。否戦争に於ける悪影響も拍車をかけるといふ意味によって、前よりも一層急迫的問題となる事は予想さるる処である。

然らば大戦前世界に於ける主なる国の人口動勢はどうかといふに、英吉利(イギリス)のヱニッド・チャールス女史の研究によると、英吉利の人口が之までと同じ様に出生率と死亡率とが一緒に下ってゆくとすれば、英吉利今日の人口約四千六百万人が、百年後にはその十分の一以下の四百四十万人になってしまふといふのである。又独逸の人口統計学者として知られてゐるブルグドヱルフワー氏の推計によると、今から約百拾年を経た西暦二○五○年頃になると、独逸の人口は約弐千五百万人になってしまふといふ事である。之は現在独逸の人口六千七百万人に比べると殆んど五分の二に近い数に激減してしまふ事になる。又日本は如何であるかといふと、統計学の権威中川友長博士の推算によると、昭和拾五年の現在数七千三百九十三万九千弐百七拾八人が、今日迄の割合で推移するとして六十年後には約一億弐千万人となるが、之を極点として減少し始め弐拾年後の昭和九十年には一億一千万人となり、五百年にして零(ゼロ)の計算になるのである。故に英国は向後弐百年にして四拾四万人となり独逸は五百五拾年後には百六拾万人となる訳である。

右の如く統計は洵に冷やかであるが、之はどうしようもない現実である。然し私の推計によれば、右の統計よりも危機は一層早く来ると思ふのである。何となれば人口増加率減少の根本原因としては現代医学の進歩による以上、此誤謬に目覚めない限り危機の増大は当然の結果であるからである。

そうして以上の如き人口増加率減少といふが如き、不可解極まる現象が起り始めたのは十九世紀以後からの事であって、十八世紀以前には或一部の国家の特殊原因を除いては、文化民族国家全体が歩調を揃へて、此問題に悩ませらるるといふやうな事はなかったであらう事である。何となれば仮(モ)し十八世紀以前の何時の時代かに始ってゐたとすれば、それは滅亡か滅亡に近い運命を辿ってゐなければならない筈であって、今日の如く世界をリードする程に文化民族の発展はあり得なかった筈である。尚十八世紀以前には何れの国も統計が完備してゐなかったから、私は右の如く推定するのである。

そうして先づ此問題に対して疑問を起さなければならない事は、人口増加率低下が始ったのは十九世紀初頭からでありとすれば、その時から余り遠からざる以前-そうしてそれは十八世紀以前には全然無かったであらう何等かの方法を、文化民族全体に対して施行せられたといふ事が考へらるべきであらう。従而問題の鍵はその方法なるものの本体を突止める事である。勿論文化民族全体に施行せられるといふ事は、何の疑ひもなく可と信じたからである。然るに可と信じた事であっても、それが何年か何十年かは可の成果を挙げ得たとしても、それより一層長年月に渉るに於て可が転じて不可となるといふ事も考へらるべきである。然し乍ら人間の弱点として一度可と信じた以上、仮令それが不可の現象が起ったとしても、強い先入観念に打消されて気の附かないといふ事もあり得る訳である。

右の如き或方法といふ謎を私は発見し得たのである。鍵を探し当てたのである。然らばその鍵とは何であるか。それを露呈する前に先づ現在に於ける世界各国の人口動態の趨勢を示してみよう。

(天国の福音 昭和二十二年二月五日)