嗚呼この奇蹟

本教は奇蹟の宗教としているが、段々神様の威力が増すにつれて、奇蹟が増えると共に素晴しくなりつつあるのは、信者は常に経験しつつあるであろう。左の御蔭話はよくそれを物語っており、この奇蹟だけでも誰も昔から聞いた事も、見た事も、文献にもない程のものである。従って遠慮なくいえばこれからの人間は、どうしても本教信者にならなければ、絶対幸福者とはなれない事を、広言して憚らないのである。

医師の失敗せる子宮癌の大手術
御浄霊にて救わる

大阪府 W・M
私昭和二五年二月頃より下腹が張る様で気持悪く思って居りましたが、大した事もないのでその儘にして居りました処、三月末頃より茶色がかったものが下り出しました。日の経過するに従い段々下り物が多量になり、食欲不振、衰弱して行く様にありますので、近所の医師に診て貰いましたが、はっきりした事は分らず、警察病院へ紹介されました。診察の結果「子宮に小さい出来物が出来ているから取って調べて見なければ分らない。暫く通う様に」と言われ、それからというものは、毎日不安な気持で通いました。

五月一五日出来物を取って貰い「子宮癌」と聞かされた時は、谷底へ突落されて行く様でした。医師は手後れしないうちに手術を勧められますので、医学を信じ、よくなりたい一心から手術をしました。手術は順調よく五日目に糸を取って貰い喜んで居りましたが、一週間経過し一〇日経過しても、 尿道より管を差し込んで貰わなければ、尿が出ません。医師は、「手術後尿が出にくくなるが、出来る丈自分の力で出す様に」と申されますので、色々と気分を変えたり、神様に念じ毎日毎日泣く様にして出す様努めましたが、一滴の尿も出ません。手術して一八日夜半、尿の様なものが下ります。若しや膀胱を傷め、そこから尿がもれているのではないかと驚き医師に様子を話しますと「別に心配する事はない」と言われる丈ですが、段々酷くなる一方で、尿道へ管を差込んで貰っても一滴の尿も出なくなってしまいました。

助かりたい一心から手術をしたのに、反って動きの出来ない身体になってしまって、余りの情無さに、手術の時、いっそ知らぬ間に死んでしまった方が良かったと思った位でした。

手術後一ヵ月の時医師は退院してもよいと言われましたが、どうして、こんな身で退院出来ましょう。その儘入院致して居りましたが一向よくなりませんので、手術して五〇日目退院致しました。退院後は、肉体的精神的に苦しみは増すばかりでした。

或る日、知人に勧められて町の医師に診察を受けました処「医者の失敗です。膀胱に一カ所傷穴があります。お気の毒ですが仕方ありません。出来る大好きな物を食べ、好きな事をして自分の身体の事は忘れるように」と言われます。最後の一厘に希望をかけていた私は、あふれる涙を拭いもやらず、どうして帰宅したのか分りませんでした。医師の無責任に憤りを感じましたが後の祭りの事とて如何様ともし難く、毎日毎日が地獄の様な明け暮れでございました。八月初め義妹が「神様にお縋りしては」と申しますので半信半疑の中にお願いし、信者の方よりA先生を紹介して戴きました。御浄霊を戴くうち今までにない身も心も軽くなって行く様です。先生に有難いお道のお話を承り、唯々救われたい一心から八月一六月妹達に手を引かれ教会に参拝させて頂き、T先生より教修を頂き入信させて頂きました。

それからは薬注射一切止めて、妹に連れられ教会へ参拝させて頂くのが楽しみとなり、家では日に二回、三回と御浄霊を頂きました。お蔭で入信後軽い御浄化を度々頂き、食事も美味しく、少しずつ身体も楽にならせて戴きましたが依然として膀胱の傷は治りません。医師に見放された身体をこれ程元気にさせて頂き、有難いと思いながらも、せめて今一度昔の様な身体になりたいと、自分の罪をお詫びして、一生懸命お念じ申しました。「唯一心にお縋りなさい。必ず神様は御救い下さいます」と仰言って下さる先生のお言葉を頼りとし一心にお縋り申しました。一一月二二日午前三時頃より右の横腹から腰にかけてひどい痛みです。妹に浄霊を頂いて居りましたが、段々激しくなり、寝ても起きても居られず、夜の明けるのを待って先生に来て頂きました。早速御浄霊を頂き、一時間程で痛みを取って頂きました。

二三日三時丁度前日御浄化を頂いた同じ時間にふと目を覚ましますと、尿の漏れがいつもより少く御不浄へ行きたくなりますので行きますと尿道より尿が出ます。余りの嬉しさに夢ではないかと思い、一時間程たって又行きました。膀胱からも漏れますが、やはり尿道から出ます。余りの嬉しさに思わず明主様、大光明如来様(御神体)有難うございますと嬉し泣きに泣いてしまいました。

この時の嬉しさをお察し下さいませ。半年ぶりに尿道より尿が出るようになったのです。天にも昇る思い、到底拙ない私の筆では書き表わす事は出来ません。それからは嬉しさに寝られず夜明を待ってT先生宅へお電話で御守護頂いた事をお知らせ致しました。T先生、A先生は御自分の事の様に喜んで下さいました。

主人より妹と二人で御面会を頂く事を許してくれました。しかしその喜びの後に今まで一心に御面会を頂きさえすればと思い、他の事は忘れ勝ちになって居りました私が、夢から醒めた様に未だ私は尿が半分漏っている事に気が付いたのでございます。しかも三月一八日春季大祭は真近に迫って居ります。教会の先生方は「御心配いりません。神様は宜しくして下さいます」と。しかし人事ではありません。又も私は「明主様どうぞ御守護下さいませ」と一生懸命念ずるのみでした。処が又々私は大御守護を頂いたのです。

ああ明主様有難うございます。それは三月一五日朝より今度は何事もない様に完全に尿道より尿を出して頂く事が出来るようになりました。然も御面会三日前日であります。

このようにして待望の一八日、初めて思いが叶い、明主様に御面会させて頂きました私の嬉しさは、どう御報告させて頂いてよいのか全く感慨無量でございました。

三月一九日無事御参詣を済まして下さった御礼参りに教会へ参拝し、その帰途、警察病院へ紹介して下さった医師の奥さんに偶然出遇い問われるままに有難い光明如来様のお蔭で救われた事を話しますと、不思議そうに「手術の所がです か?」「本当に良くなられたのですか」と言われ、手術の時医師の失敗で膀胱にも傷つけられ、尿道も切られ、医師達も助かる可能性はないと言われていた事を聞きました。今更作ら驚き、二の句が出ませんでした。

この時以後今日まで七回コーヒーの様な吐き物を出しまし たが、その大浄化の都度神様は私を幸福にして下さる為だと喜んですごさせて頂いております。

明主様に霊体共に救って頂き、真の幸福者にさせて頂き、人様まで御助けさせて頂いて唯々有難さ勿体なさに感激の涙に浸るのみでございます。

明主様有難うございました。

(昭和二七年五月二七日)

(世界救世教奇蹟集 昭和二十八年九月十日)