科学迷信

一般世人は迷信といえば科学と関係がないように思い別個の存在としているが之は大きな誤りである。科学にも相当迷信があり、科学迷信によって少なからず被害を蒙るものがあるばかりか、中には生命を失うものさえある。というと眉をひそめる人もあらうが、事実であるから仕方がない。然らば一体どういう訳かというと近来流行している麻薬中毒である。ヒロポンを主とし種々の薬剤がある。最初之を用いるものはそれ程有害とは思はないらしい。中には、恐るべきを知ってやめるものも相当あるやうだが、大抵は漸次深入りしてどうにもならなくなる。

然るに、此様な事態を生む原因は勿論昔から薬に対する強い信頼感で、薬とさえいえば効き目の方ばかりが頭にあって毒の方は軽視し勝ちである。現代人が如何に薬剤に憧れを以てゐるかは日々の新聞紙上多数の売薬の広告をみても判るであらう。処が吾等からいえば麻薬中毒とは現在はっきり分ったもののみではない、凡ゆる薬剤は麻薬中毒と殆んど同一の作用である。

ただ麻薬中毒の如く、短期間に強烈に来ないで至極緩慢な経過を辿るので、誰も気がつかないだけである。勿論中毒であるから一時は苦痛緩和の効果がある為、医師も患者も、それで治ると錯覚するのである。此結果薬剤によって病気を造る人や、生命を短縮する人の如何に多いかは測り知れないものがあろう。吾等が常に薬毒といふ事を唱えるが、右の如き薬害を世人に知らしめんが為である。

以上によって考えればよく判るのである、即ち今日の薬剤は、科学の産物であり、現代人は科学とさえいえば信頼するので、生命を縮めるものを知らず知らず用いるのである。という事は、科学迷信でなくて何であろう。アア恐るべき科学迷信よ。

(光新聞三十八号 昭和二十四年十二月三日)