序文

知人須江孝雄氏は科学者にして又仏教研究家で、洵に異色あり透徹せる唯物史観を有してゐる人で、該博なる智性の下に宗教批判家でもあらう。当代稀に見る学者である。

頃日、余の人物評及び余の事業の批判をしてみたいと申入れたので、余は快諾すると共に些かの阿諛(アユ)弁護などは御免蒙る。ただ君の眼に映じたままの卒直なる意見と、縦横無尽なる第三者的批判なら結構であると言った。

それによって出来上ったのが此著であって余は一読するや、その眼光の鋭さ正確さと文章の巧緻なるに敬虔の念自ら禁じ得なかった。大体に於て余自身が余を批判するの心地さえする。敢て江湖に奨むる所以である。

(自観叢書第六篇 昭和二十四年七月十五日)