神示の医学 浄霊の原理 -第三-

前項に述べた如き霊の曇の本質は一体何であるかといふと、これは人体保有の水素中に発生した毒菌である。此毒菌は恐らく数百万倍の顕微鏡でなくては見えない程の極微粒子であって此微粒子発生の原理は別の項に詳説する事とするが、茲では右の毒微粒子を死滅させる原理を説くに止めるとして、此死滅法こそ言ふ迄もなく霊の力である。

然らば浄霊とは、霊の曇り即ち毒素を人体放射能の力によって如何にして死滅させ得るかと言ふに、その放射能の原素は光の本質である火素から発生する光波である。之は恰度水素中の毒菌とは反対の元素で、一言にして言えば善と悪である。勿論此光波は光の極微粒子で、此活力こそすばらしい殺菌力を発揮する。

とすれば此光波の本質とは一体何であるか、今それを解説してみるが、此光波の極微粒子こそ、神霊からの放射能であって、本教の浄霊によって奇蹟を表はす現当利益の根源で、之に対し信徒も第三者もただ不思議の感に打たれるだけで、其原理を知りたい意欲は誰もが同様である事は、私もよく知ってゐた。故に之までとても大いに解明したかったのであるが時期尚早の為、今迄発表は出来なかったのである。処が愈よ時期切迫最早発表するの止むを得ない時となったのである。

私は浄霊の方法として現在行ってゐる方法は、光の文字を大書した紙片を与えるのである。それをお守りとして懐へ入れる事によって効果を発揮する。それは光の文字の墨色から強力なる光波が放射し、術者の身体から腕を通して掌から放射される。此放射力は数尺乃至数間位が最も適当としてゐる。

そうして此光の文字から光波が放射されるといふ事は一体如何な訳かといふと、私の体から霊線を通じ個々の光の文字へ一瞬にして伝達するのである。恰度放送の無線電波とよく似てゐる。私の霊体から、霊線を通じて光波が放射するとすれば、一体私の霊にはどういふ仕掛けがあるかといふ事になるが、それを知る事によって疑は解ける訳である。

それは私の腹中に平常は直径二寸位の光の玉がある。之は見た人もある。此玉の光の塊から光波は無限に放射されるのである。然らば此光の玉の其本源はどこにあるかといふと、之が霊界に於ける観世音菩薩の如意の玉から、私に向って無限光を供給されるのである。之が即ち観音力であり、不可思議力妙智力とも言はれるものである。如意輪観音が持し給ふ玉も之である。

(光新聞号外 昭和二十四年五月三十日)