この人は新聞広告で見た結核信仰療法の著書が機縁となって救われたのであるから、信者を介してではなく、言わば無縁の患者であり乍ら、いとも順調に快復したのであるから驚くべきであろう。然も全治後医診を受けた処以前あった空洞もなくなり、完全に治ったというのであるから、浄霊こそ理想的結核療法である。然も本人自身の言う通り、医学から見れば乱暴ともいうべき、自由奔放な日常生活を続けつつ全治したのであるから、医学の養生法など何等意味ない事が分る。
従ってこれを読んでもまだ疑ったり、納得が出来ないとしたら、全く縁なき衆生で気の毒な人である。
気胸一カ年の肺結核
空洞消えて全快
大分県 T・S
昭和二六年夏感冒で半年臥床、全快後ひどい肩凝りを生じましたが、大して気にもとめず勤務を続ける内、一二月の集団検診で右の肺浸潤の宣告を受け「まだ初期だから勤務し乍らの療養でよかろう」との医師の言葉で、明けて二七年一月から週一回の人工気胸を続ける事一カ年余、その間教職に在る身ではございますが、学校長や同僚の理解を得て、身体に無理の行かぬようにと細心の注意を配り乍ら、これで健康になれるのだと期待しておりましたのに、二八年三月の年度末検診で予期せぬ休職療養二カ年の強制発令を受け茫然自失。私の場合完全気胸でその一カ年は、発熱、喀痰ともに皆無の状態でしたので病状は良好の一路を辿っているものとばかり思っておりましたのに、この結果、精神的ショックで二、三日は食も喉を越さぬ程でした。
当座は、医師は勿論同僚知人などから、しきりに入院を勧められましたが、発病以来読み漁った結核関係の医療書から、医療の限度というものを感じさせられており、又見聞する入院療養者の実体を思う時、入院して医療に総てを委ねるという気にどうしてもなれず以前から気を魅かれていた有名な民間療法の書物から塩灸と摩擦それに日光浴を加えて抵抗療法をやろうと決意、早速実行にかかりましたが、これは随分根気を要する事でして、果して成功するかどうかという自分自身に対しての不安を抱いておりました。
抵抗療法を始めて一週間足らずの忘れもしませぬ四月三日、ふと目に止った毎日新聞広告欄の『結核信仰療法』。無神論者で救世教の名さえ知らなかった私ですが、不思議にこの広告に魅きつけられました。「何かこれは在り来りの精神修養というだけのものでなく、具体的なものを持っているのかも知れない。一つ研究してみようか」と、気の動くまま、夕食後市内の主な書店を尋ね歩いたが無い。無いとなると妙なもので是非入手したいという気になって、翌日デパートの開店を待ってその書籍部へ。あった、一冊きり。棚から抜出して何かホッとした。パラパラ頁をめくってあちこち目を通す。思った通り一般の信仰書とは大いに違った内容らしい。購入帰宅、むさぼるように一気に読了、心中「ウーン」と唸った。明主様の御論説の卓抜さ、夢にも知らなかった神示の病気理論、こんな素晴しい奇蹟がそう容易く行われるとは一寸信じ兼ねるようでもあったが、付録の一〇〇人の体験談ははっきりした住所入りだから、まさか作り話でもあるまい。先ずこの体験者に当ってみれば早分りだと、翌五日朝一〇〇例中の一つである市内U町I様宅を訪問、これで体験談は正真正銘のものと分明、その上運良くもその日から資格者であるI先生から御浄霊頂く身となりました。
御浄霊三度目位から頭部に霊線の透るのが感じられ始め、これで掌から霊波が放射されるということも納得出来、その後ヌラ、喀痰、鼻血と多くの体験談通りの経過を辿り、御浄霊の威力が確認され、気がついた時には、長年の頭重と慢性の鼻づまりが一カ月程で忘れたように癒されていたのには全く驚いてしまいました。この間、毎日I先生のあらゆる角度からする本教に関するお話を承ることが出来、日一日と私の信仰の眼も開けて来たようで、五月一八日から三日間の教修を経て、尊いお守様拝受の栄に浴することが出来ました。以来引つづきI先生の御浄霊を頂きつつ、支部・中教会・本部と参拝、諸先生の御指導を仰ぎ、日を重ねるにつれて血色も見違える程良くなり、益々自信の持てる身体にして頂きました。
一カ所ではあるが空洞を生じているということも医師から知らされていたのですが、現実に体力がついて来ることをハッキリ体得した私としては、恐ろしい空洞ということばにも、不思議に不安を感じることなく、毎日気の向くまま市内や郊外を二里、三里と歩きまわり、特別な栄養食を摂るでもなく、医学から見たら実に乱暴きわまる生活であり乍ら、発病以来医薬を入れておらぬ為か、大きな浄化もなく全くの極楽療養でございました。時にはI先生の御布教のお手伝いもさせて頂きつつ四月以来ここに一〇カ月、年が明けて二九年二月、レントゲン写真を撮って診察を受けましたところ「全快」との医師のことばを聞くことが出来ました。空洞も写真に出て来ませんでした。
嗚呼、一カ年にも満たぬ期間で全快のことばが聞かれようとは……。何という偉大な御浄霊の御力でございましょう。
御指導頂いたI先生、支部長先生を通じて明主様の御神格に只々ひれ伏して感謝申し上げるのみでございます。この感激を冷ますことなく、今後一人でも多くの人に御浄霊の威力、明主様の尊い御神業をお伝えし、御守護の万分の一にもお報い致す覚悟でございます。
尚入信以来家族にも数々の御守護をいただきまして、二八年一〇月二三日妻H(二八歳)叔父Y(五八歳)同時に入信のお許しを頂きました事を謹んで御礼申し上げます。
(栄光二百五十九号 昭和二十九年六月二日)