十年の結核一カ月で治る

結核が浄霊によって治った例は、余りに多いので書くのも気乗りもしないが、この患者なども随分色々な療法をしたに拘らず、効果あったものは一つもないのであるから、現在世の中に本当に結核を治す療法は絶無である事はよく分る。それを治るかのように思わせ多額の療養費や苦痛を与え乍ら、進歩したと思っているのであるから困ったものである。故にこの世に神様があるとしたらそれを許される筈はないので、ここに我救世教の出現となったのであるから、これも必然である。

次に注意したい事は、結核などの長い病気になるとよく脊髄カリエスが起り易いが、これこそ多量の薬毒が溜り、膿化排泄される為であってこれがカリエスである。勿論医療が作ったもので、これが分ったら愕然とするであろう。

十年の結核より救われて

東京都 T・H

丸三カ年という長い入院療法も、みるべき成果もなく、体重こそは一〇キロ近くも増えたものの、血沈は入院時、一時間値五一というのが、退院の頃は五〇から八〇と上り、それに気胸肋膜炎を起し、続いて腹膜炎を併発するという状態で、ストマイ、ヒドラジド等による一時の小康を潮時と退院したのが、二七年の九月三〇日でございました。薬でかろうじて安定を保っていた体は、退院後次第に悪化の状態を辿り、日々微熱、喀痰、胸痛、食欲不振等になやまされるようになりました。退院のよろこびも束の間、家族への精神的経済的負担を思う時、全く悲歎の明け暮れでございました。あまつさえ、一年程前からの腰椎の痛みは一段と加わり、わずか乍ら排膿する状態となりました。とうとう本物のカリエスだ! 前々からそれとは気付き乍らも、この時の驚きは何物にも譬えられませんでした。肺結核にカリエスの二重の苦しみに、何時ともはてぬ悲惨な前途を思う時、絶望と言う外はございませんでした。併し乍ら再び入院ということも叶わず、又今は医療への期待もなく、思案の末始めたのがT先生指導による抵抗療法でございました。ハブ草、ハトムギ、ゲンノショウコを煎用し、生姜湯で毎日午前、午後一時間宛全身をマッサージして貰いました。こうして年を越したものの、折からの寒さに風邪引の連続で、抵抗療法もこれという効果があがりませんでした。たまたま今年の一月二〇日頃、読売新聞で『アメリカを救う』の広告を見、内容の目次に心を引かれましたので、早速購入しましたが、もとより信じられようはずもなく一読投げ出してしまいました。

ところがそれから間もなく風邪を引き、今までにないような咳と痰と胸痛に連日連夜悩まされ続けるようになり、抵抗療法にはかない望みをかけ必死の努力をした甲斐もなく、遂にその期待の夢も破られてしまいました。その時です「そうだ、もう一度『アメリカを救う』を読んでみよう。そして体験記の著者に手紙を出してみよう」こうして臥床のまま、M様に手紙を認めたのが二月の初めでございました。M様からは早速お返事を戴き「迷信でもインチキでもない。美味しい物は食べて見なければ判らない。二、三週間御浄霊をいただけば必ずインチキでないことがわかる」とのことでございました。そしてK町の支部を教えて下さいましたが、お手紙をいただいても信じられないばかりか早速の返事に反って不信を抱いたような次第でございました。そして生来くどい私は重ねて手紙を出しましたが、又もM様はすぐにお返事を下さいました。今度は『天国の福音』の一部のみを謄写して……。それから約半月許り経ちましてから「疑い乍らも救われるものならば、例えそれが如何なる方法であろうとも」と、疑い父と共に駅の階段もやっとの状態で、はじめてK町の支部にお参りしたのが三月七日でございました。支部でN先生から御浄霊を戴き、色々とお話を承って帰りました。処が不思議な事に、何時もなら終日起き続ける事は大儀で毎日必ず午後は安静をと言っておりましたのにその日はバスや電車でもまれて帰っても非常に気分がよく、疲れも覚えず夜分は九時すぎ迄も起きてしまいました。

翌日、翌々日と引続き気分がよく、三日からはK町のO様方に御厄介になって、再びつづいて支部で御浄霊を戴くことになりました。胸痛、食欲不振等の長い間のいやな徴候も日毎にうすらぎ、三日目にはK町のお寺まで往復一里の道を散歩できるようになりました。こうして、不安と猜疑の中にも、救われたい一心から試してみようというような気持で支部へ通っていましたのが、日に日に元気にならせて戴く事実と、支部での色々な人々の奇蹟的事実を目のあたりにしては、もはや疑う余地もなく三月二二日には感激の内にお守様を戴きました。そして四月二日には鎌倉の中教会本部に、五日には熱海の御本部へお参りさせて戴きました。この間教会で御浄霊戴くこと僅かに二二日、翌六日からは元気で元の職場へ復帰致しました。それから約半年、その間時々かるい御浄化を戴き乍らも、欠勤することなく、その都度飛躍的に元気にならせて戴きます。全身の重量が押しかかっているような腰椎の痛みも、腰椎のコブも何時の間にかよくなり、現在も日々元気にならせて戴いています。

昭和一九年の春、発病以来今日まで足掛一〇年という暗黒にとざされた過去。そして入院時には断層写真で小空洞があるから、整形手術をと、手術の予定日まで決められていたのが、わずか半年にしてこのような元気な状態にならせて戴きましたことを思うと、全く夢のような気が致します。このお道でお救い戴くまでに尽くした主な手当は、漢薬一カ年連用、ストマイ六八グラム、パス・キログラム、ダイアジン一カ月、気胸一年三カ月、それにお灸一年半等でございました。これらへの期待は次から次へと裏切られ、何一つとして見るべき効果はなかったのでございます。思えば随分長い迷いでございました。今日こうして元気に働かしていただけることを思うと只々感謝の極みでございます。よろこびのあまり、拙文を顧みず、茲に今までの経過を御報告させて戴きまして、御礼の言葉に代えさせて戴きます。明主様誠に有難うございました。厚く厚く御礼申し上げます。

(栄光二百五十四号 昭和二十九年三月三十一日)