私と病気

私は十月廿九日の朝、眼が醒めるや身体中が懈(ダル)く、どうしても起きる気にはなれない。手で身体中を触ってみると熱も相当あり、特に下腹の辺りが一番熱い。尤も前の晩寝る時、少し変だなと思ったが、さては其時から始まったに違ひない。別段他に異常もないが便は水便で、相当赤色を帯びてゐる。ハハァー軽い赤痢だなと思った。赤痢なら半日か一日で治るのだから安心だ。といふ訳で、蒲団を敷きっ放しにしてゴロゴロしてゐた。昼頃になると大分いいのでいつもの半分位の昼飯を食った。元気をつける為、小さい台コップに葡萄酒をついで一杯だけ飲んだ、処が一二時間経った頃から、再び工合が悪くなり、軽い腹痛さへある。夕方から夜にかけて益々面白くない。自分でも何回となく浄霊したのは勿論で、夜は映画が見られた位だから大した事はないが、赤痢ならもう大方快くなってゐる筈だのに、余り渉々しくないのは、些か変だと思ふと、ハッと気が付いたのは、何と葡萄酒の中毒だといふ事が判った。之は古くからある和製だが、有名な葡萄酒で、気の毒だから名は書かずにおくが、赤色甘味のもので、便が赤いのは其為である。それでよく考えてみると、前の晩いつもの倍も飲んだのでそれが原因である。といふのは前述の如く、発病の朝から自己浄霊で稍々軽快に赴いた処、昼の一杯で再び悪くなったのもそれで判った。妙なもので原因が判ると半分以上苦痛が減るもので、全く神経が手伝ふのである。そうして翌三十日東京に行ったが、大儀で仕方がない。我慢して杖に縋り乍ら上野の日展などを見たが、それで反って快くなり、翌日からは大体平常通りになった。

之は平凡な軽い病気でかく程の事もないが、実は書くべき二つの理由がある。一は葡萄酒の中毒である。世間如何なる人でも薬用として飲む位の葡萄酒に、中毒などありやう訳がないと思うであらうが、事実は右の通りであるから、大いに注意すべきである。原因は防腐剤の量が多すぎる為かそうでなければ何等か外の毒性が含まれてゐたのであらう。此葡萄酒は廿数年以前も私は一度中毒した事があるので、長い間飲まない事にしてゐたが、昨年頃から少しづつ飲んでみた処、別段何ともないので、安心し段々量を多くしたのが、今度の中毒となったのである。

今一つは、前述の如く、赤痢なら安心だと思った事だ。これを普通人が見たら、大いに驚くであらう。世人は赤痢などといふと大騒ぎするからである。処が病気といふものの本体が判れば、恐ろしくも何ともない。誰でもそうなれるのである。又私も偶には発熱する事もあるが、其場合発熱するやもう安心だと言って、飛び起きて平常通り仕事にかかる。勿論、下痢でも、頭痛でも、寒冒でもどんな病気でも、凡て浄化作用であるから、全快するに決ってゐるからで、少しも心配はない。而も毒素がそれだけ減るのだから、後を楽しみに喜ぶ位である。従って黴菌なども一向頓着しない、仮え伝染しても血液を清浄にしてくれるのだから有難い訳だ、皮肉なもので、此原理を知ってから一回も感染した事がない。

右は、私だけではない。家族や部下、近親の者など合計すると、私の周囲に居る者だけで数十人に及ぶが、一人残らず私と同じやうなやり方をしてゐるが、病気で寝る者など殆んどない。偶に風邪引きか、腹下し位の場合、自分で浄霊するか、友達にして貰ふかで、一日か二日位寝れば治って了ふ。

以上は理屈ではなく、事実のままをかいたのであるが、病気の本体を知り、健康の原理を覚り、神を信じてゐれば、誰でもそうなれるのであるから、吾等は如何に大安心を得て日々を楽しく暮してゐるかで、それを知らしたい為、此文をかいたのである。

(栄光八十号 昭和二十五年十一月二十九日)